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書評

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#人間関係

もちこ(2019)『「運命の恋」のはずなのに、どうして私の彼氏じゃないんだろう』KADOKAWA

無慈悲な失恋を経験した筆者によるツイッター文学の集大成たるエッセイ集。恋と失恋にまつわる様々な思いを同世代に向けて寄り添いながら伝えている。前向きな恋を応援していく基調に仕上がっている。

「最後は幸せになれるはず」、結局そう信じて腐らずに動き続けられる人が幸せになれるのだろうか。正解のない、無限の組み合わせのうごめく情動を、人間同士なんとかして乗りこなして皆で幸せになっていきたい。

青山美智子(2022)『月の立つ林で』ポプラ社

月をテーマに、同じポッドキャストの配信を聞く人たちのそれぞれの人生の一コマを描く群像劇。百人百様の課題に対して、なぜか沁みてくる配信の声とそれでも向き合わなければのは自分だという現実に、みんな懸命に立ち向かっていく。

現代文学に当たり前のようにスマホやタブレットが登場し、ラジオではなくポッドキャストが心と心を繋ぐ。時代が変わっても、それでも私たちの目の前にある苦しみはいつも変わらない。やりたいこ

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一穂ミチ(2022)『光のとこにいてね』文藝春秋

ある二人の女性の、幼少期、青年期、壮年期それぞれにおける短い出会いと別れを描き出す。記憶に鮮明に残るような、自分にとっての特別な人。そんな存在に巡り合えたことが、日常を華やかに破壊的に変える。

ここまで奇跡的な出会いは無いにしても、現代を生きる私たちにも皆、自分を変える誰かとの物語を持っている。「推し」というものだってそうだろう。個の確立した時代でも、厳かに存在する他者との交わりを大切にしたい。

池澤夏樹(1991)『スティル・ライフ』中央公論新社

仕事仲間の一人としてしか認識していなかった人間が、ある出来事をきっかけにして、自分のプライベートに入り込んでくる物語。プライベートに入り込むというのは、つまり、自分の内面を変える力となることを意味する。

突然現れた奇妙な展開を通して、この世界に対するまなざしを変えることになる。村上春樹作品と似ている。人は誰もが、他者からの影響を受けて自分自身を変貌させる。そしていつしか、他者は輪郭を失い、溶け込

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青羽悠(2022)『青く滲んだ月の行方』講談社

この変なこだわりというかプライドが自分をいつまでも縛り続けている。そんなことは分かっているのに、でもだったらどうすればいいの。若者のリアルを描く共作2部の男性視点からの一冊。いつか、積み重ねてきた今を認められるのか。

自分だけの秘めた悩みのように思えて、そばにいる人に実はあっさりと見抜かれている。孤高とか陳腐とかなんてのは思い込みで、ちっぽけな人間の人間同士のやり取りで物事なんて氷解してしまうか

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真下みこと(2022)『茜さす日に嘘を隠して』講談社

上手くいかないこと、どうしたって上手くいかないこと、そんなのばっかで押し潰されそうになる。若者のリアルを描く共作2部のうち女性視点からの一冊。分からないことばかりなのに、やりたい衝動は抑えきれない。

世の中と上手く折り合いを付けることと、自分を切り売りしないで大切にすること。重いことと、どうでもいいような軽いもの。疑心暗鬼で被害妄想、それでも話してみると案外思っていたのと違っていたりする世界。

瀬尾まいこ(2022)『掬えば手には』講談社

人の心が読める(という気がしている)主人公と心を閉ざしている同僚の物語。人に向き合うということの難しさ、それでも心に引っかかる違和感を大切にじっと見つめ続ける、寄り添うことの現実を温かく描いた小説。

手にあたるのは冷たい風ばかりじゃない、幸せや希望のような光の一粒一粒が掬い取れることにだって気づける。身の回りに起こることを観察して、愚直に向き合っていくことにエールを送っている。

蒼井ブルー・新井陽次郎(2022)『こんな日のきみには花が似合う』NHK出版

タイトルからして神。やさしい愛が溢れるかのような語り口調で、とある二人の過ごした一年が綴られている。誰かと一緒に暮らす日常の、ありふれた小さな幸せをひとつひとつ描き上げていく文章と絵のペアリング作品。

どんなに近くにいても内に秘めていては分からない考えを、どんな人だって抱えている。言葉が足りないぼくらには、試練に打ち勝てるほどの強さはないかもしれない。でも、共に過ごした時間と好きという気持ちが、

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山本文緒(2016)『なぎさ』角川文庫

海辺の街を舞台にした人間関係ドラマ。口に出さないならば、どんな親しい間柄でも分かり合うことは難しい。どこまでいっても他人である二人の人間同士、すんなりといかないことばかりだけど何処か愛おしくもある。

なぎさには、どこまでも開けた人やモノの行き来と無限の衝突が待ち受けている。時に得体の知れない存在と鉢合わせることもあるけども、広い空間には遮るものはなく、自分の決めた方向に歩みを進めることはいつだっ

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窪美澄(2017)『水やりはいつも深夜だけど』角川文庫

映画『かそけきサンカヨウ』の原作本。映画と同じで、読後にどことなく透明で爽快な感情になる。家族や結婚や恋愛の、決して状況が一夜にして好転することのない絶望感は厳然としてそこにありつつも、それでもクリアな気持ちになれる不思議。

作者の窪美澄さんは男女を中心とした人間関係の「どうしようもなさ」を描く作品が本当に秀逸で、本作も全く期待を裏切らない。人間に対するそんな眼差しをこの世界のみんなが持てたなら

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山内マリコ(2021)『選んだ孤独はよい孤独』河出文庫

虚栄と寂寥の短編集。人は誰も望み通りの人生は送っていない。孤独は常に付きまとう。日常にあふれる不快感を切り出して短編にして突き付けるような作品集。

ちなみに、「良い孤独」というのはなかなか日本社会に染み付いた悪い考えである。最近はよくそういう言説が出回るようになった。「つるむ」ということの悪印象もだからといって変わらない。何が正解か、分からない。

田村重信(2020)『気配りが9割:永田町で45年みてきた「うまくいっている人の習慣」』飛鳥新社



永田町の政治家を題材に、短編集のように人付き合いの妙を一つ一つ取り上げた一冊。多くの人物が取り上げられていることもあって、一つ一つの項目に対する説明や掘り下げは深くないが、さっと読める本ではある。

述べられている教訓の一つ一つは至極真っ当なものであり、自民党や永田町を掲げているのもあってオーソドックスから逸脱するような中身はほとんどない。精神論であることが多いので、なかなか詳細に検証をすると

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住野よる(2020)『この気持ちもいつか忘れる』新潮社



バクホンとのコラボ企画の小説。シンクロした世界観の音楽もとてもいい。内容は、どこか達観している男と周りの世界の軋みを描くもの。白石一文の物語に少し似ている。恋愛とは、社会的な武器も鎧も捨てて、ただ一人の人間として向かい合うということなのだと思わせる場面が描かれている。

気遣いとか思惑とか歯に衣着せたような会話をしている二人が、ある瞬間にふと剥き出しの感情をためらいもなくぶつけ合うことがある。

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灰谷健次郎(1998)『兎の眼』角川文庫



子どもたちとの過ごし方、教員間での議論内容などから、真っ当な教育者としての眼差しを感じる作品。子どもの持つ、一見して大人が理解できないような、立派な能力を、教師が見事に見つめ認めていることが良い。

本筋の処理場の子どもたちの話はハッピーエンドということだろうが、小谷先生の家庭事情はその後どうなっていったのだろうか密かに気になる。「仲が悪いのではない。生き方が違うの。」とは言い得て妙、人間関係

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