フォローしませんか?
シェア
山羊アキミチ
2022年1月8日 11:03
昨年10月17日に訪れた大森さんの個展を最近思い出す。もう秋を通り越して冬の寒さだった。北陸の空が似合う西田幾多郎記念哲学館。その時の記事を再掲。そして一枚の絵から言葉がきこえた。白桃の春の息吹き昇る緑の綿毛四つの季節が輪になって大合唱がはじまる(嵐)春を待っている自分がいるのかもしれない。待つ…バスを待つ少年だ。中乃波木さんの個展の記事も再掲します。
2023年4月16日 12:16
私はかねてより石川県と東京を詩で繋げたいと思っていた。(烏滸がましいことこの上なし)なぜ東京なのか。『東京都』ではなく『東京』。Tokyo……トーキョー……。やはり日本の中心は面積はさほど大きくはないがそこに収まりきらず溢れ出そうな可能性を孕んだ大都会・東京なのだ。東京は日本の心臓。この大動脈から文化や経済は毛細血管をたどり日本各地に巡る。血の巡りは必ずしも安定しているわけではな
2022年8月1日 22:25
ペラいなぁ、と、俺。チャラいんじゃなくてペラいんよ、なんか。ふざけるにもふざけきれてないし真面目って器じゃない。「人間にも山犬にもなりきれないもののけ姫」わしゃ、サンやな。詩人にも作詩家にもなりきれない。アシタカよ、こんな俺に何と言う?姫じゃなきゃモチベーションあがらんかもしれんが言ってみぃ。「生きろ!そなたは未完成でアンバランスで面白いかは別としてわけわかんないから
2022年6月25日 13:24
noteを利用していて良かった。超アナログだけどTwitterとnoteはなんとか使えてる。もっと使いこなせたらいいのだけど、大丈夫、今のままでも最低限は使えている。文字を打って、たまに画像をつけて。それでじゅうぶん。noteをしていてわかったのは世の中には私と似たような【文を書きたい&読んでもらいたい】人が大勢いるということだ。それはとても素直なことだ。正直のあらわれだ。日記に
2022年5月16日 20:33
朗読のプロフェッショナルに拙作「ウグイスが鳴いた日」を朗読していただきました。夢のようです。この作品は詩と小説のハイブリッド。【詩小説】です。そして、私にとって特に思い入れの深い大切な作品でもあります。私はかねてよりこの作品の朗読化を夢見ておりました。とはいえ焦っても仕方のないことでして、私は今のところ徹底的裏方にこだわりたく自ら朗読するという選択肢ははじめからなく、この作品が最
2022年2月3日 19:17
noteへの詩の掲載はおんぼら~っと(石川県の方言でのんびりの意味)させてもらってます。それでもなにかしらの形で詩は毎日書いてはいるんですよ。シナリオと詩を組み合わせた今手掛けている創作や、出来上がらなくても途中のものや、スマホにしてから(特にnoteをはじめてから)下書きという機能を使うようになり、いつでもどこでも上書きしたりと。言葉は線香花火みたいにゆーっくり最後はフェイドアウトしていく
2022年1月29日 22:31
なぜ過去のシナリオをお直ししたくなったのか日々少しずつわかってきた気がする。ひらめきの衝動にはやっぱり意味があるもんで、ざっくりと言えるのは生焼けの土を窯でしっかり焼き上げて在るべき所定の位置に置いてやらねばいけないと、ずっと昔からモヤモヤしていたものの凧紐がきれたということ。それが今だったということかと。それはどうしても焼ききれなかったもので、火力もなく、自分の手にはおえなかった。中途半
2022年1月24日 22:39
方言愛を解放したくなった。私の知っている宮尾登美子作品は映画にしてもTVドラマにしても高知県の土佐弁で脚本が作られている。作中で聞きなれない言葉が出てくることもあった。でも、それは話の流れで意味を想像できたし、見終わった後に調べて確かめた。だから、行ったことのない高知県の言葉なのに多少詳しい方だと自負している。全国的に土佐弁は認知度が高い。坂本龍馬や歴史の偉人が多いからということもあるだ
2022年1月16日 23:03
今日は詩を三篇プリントアウトした。プリントアウトしたものを読むとパソコンの画面では見落としていた誤字脱字等々に気がつくことがある。今回はお直しする箇所を前もって頭にあったもののデータを開いた。それがどういうわけかほとんど消しながら書き直しの繰り返しを繰り返していた。結果、原形の面影はあるんかえ?なことに。たまにあることだけどこれは想定外の疲労が襲ってくる。それは前菜でどうしても今日書き
2022年1月7日 17:10
たまに日記めいたものを書いて思考や言動を整理する機会をもたねばということで、そんな時は【山羊日記】と題して記していこうと思います。昨日noteに詩をあげて丁度50篇になった。あらかじめ予定していたわけではなかったけどたまたまそのきりの良い50篇目にクラシック曲に詩をつけたものをあげることが出来た。なんかちょっとした記念になったようで嬉しかった。(全ては一人で騒いで一人で喜んで楽しんでいる