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エッセイ

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#詩

【エッセイ】花はグロい

【エッセイ】花はグロい

  花は、グロテスクだ。
 
 断じて詩的な意味ではない。花を美しい、きれいだなんて思うのは、我々人間の、一種の思考停止だ。まやかしだ。花そのものを、見ていない。
 
 試しに今度、花を改めて観察して花びらのひとつひとつや茎や根や、花弁のなかをじっくりと見てみてほしい。花が発する臭気を感じてみてほしい。

 生々しくて、仕方がない。花は、生きることの、生の、かたまりみたいな形をしている。臓器のよう

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【エッセイ】詩人カメラ

【エッセイ】詩人カメラ

  詩が最もその力を発揮するのは「フォーカス」する力だ。ひとつの詩のなかでも、急にレンズを振り、アングルを変えることのできるカメラのように、縦横無尽に視点が変化する点が面白い。
 
 読者はその唐突さに、最初はついていけない。日常ではあり得ない、断片みたいなことばの羅列と、論理の飛躍や跳躍。心情やシーンについて詠っているくせに、一体他人に分からせる気があるのか、と憤慨したくなるほど、詩は不親切であ

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【エッセイ】テンプレートの乱

【エッセイ】テンプレートの乱

 
 わたしたちは、テンプレートを生きている。
 
 朝起きてから夜眠りにつくまで、テンプレートなことばが、毎日ひしめき合っている。
 人と話したり、メールしたりする内容なんて似たり寄ったりで、相手を怒らせないように気を遣って、常套句を吐き出す。世間仕様のわたしが発することばは、口に出す前に粒をそろえている。わたしの口は、わたしの意志とは別の生き物のようににゅるにゅると、自動運転で蠢く。
 
 大

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【エッセイ】ミノタウロスの首、の付け根

【エッセイ】ミノタウロスの首、の付け根

 未来というものは、新幹線に乗る乗客が時速300kmを体感せず、数時間後に目的地に到着してしまうように、今との境界があいまいなものだ。
 過去、現在、未来という区切りだって、一蘭のパーテーションみたいなものだ。ただの仕切りであって、ぼくらが勝手に区切って呼んでいる。だから、今も未来は無意識に進んでいる。

 現在から地続きに進んでいく未来を想像してみる。僕が最もわくわくするのは、未来の「職業」につ

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浄土

浄土

初夏の不忍池は、極楽浄土のようだ。敷き詰められた蓮の葉が、風に揺れる。死のうと思っている人は、一度見に来るといい。死に近い場所は、生の喜びに満ちている。

【エッセイ】文体は、指紋である

【エッセイ】文体は、指紋である

文体、というものは指紋である。

同じ言語を用いているのに、ひとそれぞれその世界の切り出し方が異なる。捉え方が異なる。そういった点で、文体というものは実にユニークである。


己の筆跡を他者と判別するものであるはずなのに、実体があるようで無い。その人の文体と呼ばれるものは危ういものであり、常に隣の誰かとくっつき、また離れ、危篤状態の患者の心拍計のように揺らぎ続けている。

文体自体には判子のよう

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【エッセイ】AM5:30のディストピア

【エッセイ】AM5:30のディストピア

明け方の街並みは、西暦2300年、人類滅亡後のディストピアに似ている。

ぴたりとくっついた二つの影。新築のマンションも、戦前に建てられた家屋も、遠い未来を起点にすれば大差ない。通り過ぎた公園の遊具に貼られた『5/6まで使用禁止』のテープ。

散歩は人が動き出さないうちに。
できるだけ、ゆっくり、ゆっくりと歩く。

生後5か月の息子・時生(ときお)は、花や緑や、停まっている車、そして風そのものに目

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【エッセイ】一生の寝顔に捧ぐ

【エッセイ】一生の寝顔に捧ぐ

きみの名前は、「一生(いっせい)」と言います。これは、きみだけに宛てた手紙です。 

これからきみが大きくなって、自分の道に迷ったとき、静かにでも確かに、内から温かい力をもらえるように、きみの名前の由来を記しておきます。

「ひとつの生、ひとつの命。君だけの一生を。」 

それがパパとママがきみの名前に込めた、シンプルで、たったひとつの願いです。 


ひとりの人間の生は、長いようで短いものです

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【エッセイ】脳内師匠と星の見えない夜

【エッセイ】脳内師匠と星の見えない夜

私が小説家について語るとき、放課後の誰もいない小学校の、音楽室を思い出す。

バッハ、モーツアルト、ベートーヴェン。
壁一面にずらりとならんだ作曲家たちの肖像画。生きた時代も、生まれた国も、世の評価を受けた歳だって皆ばらばらなのに、彼らは一団として、ぞろぞろと教室を見守っている。
ましてや、死んでから生前の楽譜を掘り起こし、再評価され、額縁に収まった人もいるというのに。

正装に身を包んだ彼らは、

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【エッセイ】花屋

【エッセイ】花屋

職場の恩師の送別会。
憎んだこともあったけど、これで終わりだと思ったら、何だか悲しくてたまらなかった金曜日の夜。 

笑って送り出そうと、柄にも無くはしゃぎ過ぎたか。三連休は電池が切れたように、こんこんと眠り続けてしまった。
起き上がる度に目眩がして、心が折れて、結局何もしないで迎えた月曜日。
約束も守れず自己嫌悪。 

やっとこさ夕方起きて、近所の商店街の中にある花屋に向かう。 

明日は妻の誕

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