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おすすめ短編集

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#短編

【短編・書簡】僕のあげた赤ワインのグラス

【短編・書簡】僕のあげた赤ワインのグラス

 君たちに会いたいなぁ。学生の頃なんでも打ち明けられた、あの君たちに。どうして今はこんなにも遠くに君達がいるように感じているのだろうか。もちろん住んでいる距離も遠くなった。身分も変わった。なのに、僕たちの関係性だけは何の発展性も無い。だからワイングラスでシラーやらテンプラリーニョやらを飲む時、君たちを懐かしく思ってしまう。僕たちは、一人一人を見れば間違いなく変わってしまったのに、僕たち三人は、何も

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【短編】葬儀の帰りに

【短編】葬儀の帰りに

 車の中はやけに蒸し暑かった。残暑の季節に、珍しく雨が降っていたからだろう。あるいは深夜をとっくに過ぎてしまっていたからかもしれない。田舎はこういう時に車が無かったら本当に不便なんだろうなと思う。緊急時には、もう移動手段が車以外にないのだから。大体、普段の生活でもそうだ。

 車のフロントガラスは、幾度となく大粒の雨に打ちのめされていた。弾くワイパーを嘲笑するように、天井から大量の水がなだれ込み、

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【短編】もうひとつだけ

【短編】もうひとつだけ

 この景色も、もう当たり前の景色じゃなくなるのだ。次見るときは「懐かしい」という感情に襲われる事になるのだ。ミズキはこの日、これまでの人生においては、かなり長い時間を過ごした場所を去る事になっていた。それは、人生においてみれば大した出来事ではなかったかも知れないが、その瞬間に立たされた人は誰でもそう思うように、これは一大事だと思っていた。人生において大きな意味を持ち、これから先の自分の運命を変えて

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【短編】絶望するには小さすぎて

【短編】絶望するには小さすぎて

 レイはずっと待っていた。今日という、一年のうちの一日が終わってしまうその前に、彼自身に自由な時間が与えられる瞬間を待っていた。彼はこの時すでに、度重なるアルコール中毒とその回復に、人生の大半を使い果たしてしまったために、もう長編小説を書くことができない体になっていた。“もう”などと言っても、今までだって一つも書いたことがないのだ。それでも彼は作家だった。短編ばかりで、後々には詩ばかりを書く様にな

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【短編】レゾンデートールよ永遠(とわ)に

【短編】レゾンデートールよ永遠(とわ)に

 「今日でもうおしまいなんだ。もうみんなの先生じゃなくなるが、お互いに頑張って生きていこうな。」という台詞が教壇での私の最後の言葉だった。それは、彼ら生徒たちにとっても私からの言葉としては最後となるものだったし、私の教師人生としても最後となるものだった。

 私は定年を目前にしていた。そして時代に取り残された。グラウンド拡大、および最寄駅からの通学を楽にするために、改修工事が行われることになった。

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【短編】丘の裏の火事

【短編】丘の裏の火事

 その日の夜、青年はワイナリーに立ち寄り、テーブル・ワインとして、テンプラリーニョを買った。1000円弱の物の割にはラベルも見応えがあり、キャップではなくコルクで栓がしてあったのが決め手だった。
 青年はその日、大学の課題をした後で、彼女に電話をした。二日後の旅行の話をしていた。その話の途中でワインを開けて、電話先の彼女と乾杯をした。栓を開けてすぐの赤ワインはまだ尖った味がした。20分ほど待ってか

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【短編・書簡】キャンバスに色をのせるまで

【短編・書簡】キャンバスに色をのせるまで

 僕の高校の美術部は、その数年の間、県内では他校を圧倒していた。三年連続の県予選一位通過はもちろんのこと、県内のあらゆるコンクールで、この高校の名前が表彰台に乗らないことはなかったし、しかも一つに一人というわけでもなかった。
 僕はとりわけ、その中でそういったものにあやかる可能性は無いと思われた。美術部の他に兼部をしていたし、とにかく下手だった。自信はなかったが、それでも部活を続けていたのは、ここ

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【短編】レベッカ・フリーフォール

【短編】レベッカ・フリーフォール

 「なぁ、レベッカを覚えてるだろ?」とバーの店主は俺に話し始めた。
 「レベッカだって?」と俺は返した。レベッカと最後にあったのはもう5年も前だった。とにかく人目を引く美人で、赤みがかった長髪と、対照的に青々とした瞳を持っていた。レベッカ・フリーフォールという名前で、自由奔放な性格だった。

 5年前、彼女は俺の家の隣に住んでいた。そこはボロアパートだったし、彼女の家も築50年は経っていた。家主を

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【短編】疫病、そして、風が吹いている

【短編】疫病、そして、風が吹いている

 れいたは久しぶりに靴下を履いていた。シャツを着替えて、ジャケットを羽織って、ジーンズを履いていた。鏡の前の自分はなんだか時代遅れの亡霊のようだ。伸び切った髪に、メガネ。おしゃれとか、そんなものとはかけ離れている。しかし、これが今のれいたの精一杯の服装だった。外出だなんて、何年ぶりだろうか。

 いわゆるニート、というのがれいたの肩書きだった。

 中学の三年間は壮絶ないじめの記憶で埋まっていた。

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【短編】もう英雄を謳うまい

【短編】もう英雄を謳うまい

 学校で一番中のよかった男の子のしょうた君は、学校で一番の変わり者だった。

 彼はよく、赤いマントを首に巻いて、それをなびかせながら教室に入ってくる。
 「やーっ!」と走りながら嬉しそうにそれをはためかせ、そしてクラスの仲良しの友達のところに飛び込んでいく。みんな、変だなぁ、と思っていたが次第にそれが羨ましくなって、あちらこちらで好きな色のマントを首に巻く男の子が現れ始めた。時は大ヒーロー時代で

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【短編】父と弔辞と新聞紙

【短編】父と弔辞と新聞紙

うちの親父は変な人だった。信号が赤になった時に僕は親父のことを考えていた。車の後部座席には新聞を束にして積んでいた。

「いいか、付き合った女をどれだけ好きだったのかなんてのは、別れなくちゃだ。一番は離婚。」
なんでお母さんと結婚したの?と質問した幼き頃の僕にたいして、こんなことを言うような人だった。
「しょうもない理由で別れる奴らなんてのはな、そもそもしょうもないんだぞ。でも、愛が深いとな、きっ

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【短編】ありがとうって、あのこに言ってくるよ

【短編】ありがとうって、あのこに言ってくるよ

あるいは運が良ければ、こんなふうにふたりで歩くことはなかったのかもしれない。
ふたりにとって、この二週間というものは悲惨というと大袈裟だが、少なくとも穏やかではなかった。ふたりには大仕事が待っていたのだ。それは人生の中で大きな意味を持つものだった。これまでの人生は、このゴールに向かって一直線に伸びているようにさえ思えた。

店を構えて、一緒に働き始めるということ。新しいそれぞれの生活を始めるという

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【短編】飲むようになる頃には

【短編】飲むようになる頃には

ドーナツ屋に入ると、すぐにその子供は僕を見つけた。母親の膝の上に立って僕の方を見て、笑いかけてくる。思わず何度かウインクして、レジに向かった。

コーヒーとドーナツを受け取ってから席に着くと、ちょうど隣にその子がいた。母親は、友人とおしゃべり中で反対の方を向いていたので、僕とその子は、お互い睨めっこするみたいに見合っていた。
母親が気がついて、嬉しそうにしながらもその子を向こう側に向けて座らせた。

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【短編】アンティークになったら

【短編】アンティークになったら

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そのカフェがとにかく好きになったのは、飲んだ事もないほどの深煎りのコーヒーと、オーナーさんや店員の気さくさが、僕の居心地を良くさせたからだ。
本当に毎日のように通っては、そこでコーヒーを飲み読書をしていた。このお店を知った当時は、とにかく観光客で溢れ、何度も来店を諦めたものだが、今はその観光客は消え、比較的入りやすくなっている。しかし、そのためか、本当に美味しいコーヒーを求めて、あるいは素敵

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