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【短編小説】セピアのメンバー

【短編小説】セピアのメンバー

 ふたりが君の親友になるのに、時間はそうかからなかった。きっかけはドラマサークルでの作業だった。
 ふたりは個性的で、魅力的だった。
 拓太は派手な見た目とは裏腹に、他人の懐にすぐに入り込めるやつだった。入学1ヶ月にして、キャンパス内を真っ直ぐ歩けないくらい友人がいた。彼に話しかける人間は、みんなタイプが違って、色々なグループに属しているように見えた。とにかく彼を嫌う人間はひとりもいないように思え

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【短編小説】風にピアス

【短編小説】風にピアス

「必ず読むよ、あなたの小説」

そう言って君は結婚した。相手がどんなやつだか、僕は知らなかったけれど。
大した人だと思う。その一言が聞けただけで、僕は死ぬまで書くことをやめられなくなってしまった。
チェーホフも、僕くらいわかりやすい人間ならば、それなりに可笑しく、誠実に、を僕を描写してくれるんじゃないかと思う。もう3年くらい、彼の小説を読んでいないけれど。

4月。
僕は上京した。新宿はまだ寒かっ

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【短編・書簡】僕のあげた赤ワインのグラス

【短編・書簡】僕のあげた赤ワインのグラス

 君たちに会いたいなぁ。学生の頃なんでも打ち明けられた、あの君たちに。どうして今はこんなにも遠くに君達がいるように感じているのだろうか。もちろん住んでいる距離も遠くなった。身分も変わった。なのに、僕たちの関係性だけは何の発展性も無い。だからワイングラスでシラーやらテンプラリーニョやらを飲む時、君たちを懐かしく思ってしまう。僕たちは、一人一人を見れば間違いなく変わってしまったのに、僕たち三人は、何も

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【短編】葬儀の帰りに

【短編】葬儀の帰りに

 車の中はやけに蒸し暑かった。残暑の季節に、珍しく雨が降っていたからだろう。あるいは深夜をとっくに過ぎてしまっていたからかもしれない。田舎はこういう時に車が無かったら本当に不便なんだろうなと思う。緊急時には、もう移動手段が車以外にないのだから。大体、普段の生活でもそうだ。

 車のフロントガラスは、幾度となく大粒の雨に打ちのめされていた。弾くワイパーを嘲笑するように、天井から大量の水がなだれ込み、

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【短編】もうひとつだけ

【短編】もうひとつだけ

 この景色も、もう当たり前の景色じゃなくなるのだ。次見るときは「懐かしい」という感情に襲われる事になるのだ。ミズキはこの日、これまでの人生においては、かなり長い時間を過ごした場所を去る事になっていた。それは、人生においてみれば大した出来事ではなかったかも知れないが、その瞬間に立たされた人は誰でもそう思うように、これは一大事だと思っていた。人生において大きな意味を持ち、これから先の自分の運命を変えて

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【短編】絶望するには小さすぎて

【短編】絶望するには小さすぎて

 レイはずっと待っていた。今日という、一年のうちの一日が終わってしまうその前に、彼自身に自由な時間が与えられる瞬間を待っていた。彼はこの時すでに、度重なるアルコール中毒とその回復に、人生の大半を使い果たしてしまったために、もう長編小説を書くことができない体になっていた。“もう”などと言っても、今までだって一つも書いたことがないのだ。それでも彼は作家だった。短編ばかりで、後々には詩ばかりを書く様にな

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【短編】レゾンデートールよ永遠(とわ)に

【短編】レゾンデートールよ永遠(とわ)に

 「今日でもうおしまいなんだ。もうみんなの先生じゃなくなるが、お互いに頑張って生きていこうな。」という台詞が教壇での私の最後の言葉だった。それは、彼ら生徒たちにとっても私からの言葉としては最後となるものだったし、私の教師人生としても最後となるものだった。

 私は定年を目前にしていた。そして時代に取り残された。グラウンド拡大、および最寄駅からの通学を楽にするために、改修工事が行われることになった。

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【短編】丘の裏の火事

【短編】丘の裏の火事

 その日の夜、青年はワイナリーに立ち寄り、テーブル・ワインとして、テンプラリーニョを買った。1000円弱の物の割にはラベルも見応えがあり、キャップではなくコルクで栓がしてあったのが決め手だった。
 青年はその日、大学の課題をした後で、彼女に電話をした。二日後の旅行の話をしていた。その話の途中でワインを開けて、電話先の彼女と乾杯をした。栓を開けてすぐの赤ワインはまだ尖った味がした。20分ほど待ってか

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【短編・書簡】キャンバスに色をのせるまで

【短編・書簡】キャンバスに色をのせるまで

 僕の高校の美術部は、その数年の間、県内では他校を圧倒していた。三年連続の県予選一位通過はもちろんのこと、県内のあらゆるコンクールで、この高校の名前が表彰台に乗らないことはなかったし、しかも一つに一人というわけでもなかった。
 僕はとりわけ、その中でそういったものにあやかる可能性は無いと思われた。美術部の他に兼部をしていたし、とにかく下手だった。自信はなかったが、それでも部活を続けていたのは、ここ

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【短編】レベッカ・フリーフォール

【短編】レベッカ・フリーフォール

 「なぁ、レベッカを覚えてるだろ?」とバーの店主は俺に話し始めた。
 「レベッカだって?」と俺は返した。レベッカと最後にあったのはもう5年も前だった。とにかく人目を引く美人で、赤みがかった長髪と、対照的に青々とした瞳を持っていた。レベッカ・フリーフォールという名前で、自由奔放な性格だった。

 5年前、彼女は俺の家の隣に住んでいた。そこはボロアパートだったし、彼女の家も築50年は経っていた。家主を

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【短編】疫病、そして、風が吹いている

【短編】疫病、そして、風が吹いている

 れいたは久しぶりに靴下を履いていた。シャツを着替えて、ジャケットを羽織って、ジーンズを履いていた。鏡の前の自分はなんだか時代遅れの亡霊のようだ。伸び切った髪に、メガネ。おしゃれとか、そんなものとはかけ離れている。しかし、これが今のれいたの精一杯の服装だった。外出だなんて、何年ぶりだろうか。

 いわゆるニート、というのがれいたの肩書きだった。

 中学の三年間は壮絶ないじめの記憶で埋まっていた。

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【短編】もう英雄を謳うまい

【短編】もう英雄を謳うまい

 学校で一番中のよかった男の子のしょうた君は、学校で一番の変わり者だった。

 彼はよく、赤いマントを首に巻いて、それをなびかせながら教室に入ってくる。
 「やーっ!」と走りながら嬉しそうにそれをはためかせ、そしてクラスの仲良しの友達のところに飛び込んでいく。みんな、変だなぁ、と思っていたが次第にそれが羨ましくなって、あちらこちらで好きな色のマントを首に巻く男の子が現れ始めた。時は大ヒーロー時代で

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【短編】愛は藍より出でて

【短編】愛は藍より出でて

 割烹着の店主からお釣りをもらって先生は暖簾をくぐった。私もその後ろに続くと、雲の切間から碧い空が広がっていた。夏空は、もっと風をよこせと急かしているようだ。太陽の下の雲は忙しなく動き、アスファルトは沸騰寸前の薬缶のようで、絶えず陽炎を揺らしていた。

 「珈琲が好きなら、一つ、この近くにとても美味しいcafeがあるんですよ。」と先生は言った。「よろしかったら、どうですか?」
 「私でよろしければ

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【短編】プロポーズの後で

【短編】プロポーズの後で

私の夫は頑固で割烹着が似合う男だ。もう結婚して二十年になる。三ヶ月後に二十一年目を迎えるという時に、その一報が入った。息子が結婚する。

かねてよりお付き合いしていた人のことは私たち夫婦も知っていた。
「俺らも、歳をとるよな。この日が来るんだから、当たり前だぁ。」
「そうね、あなた」と、私は涙がこぼれた。
「俺たちは出来なかったが…結婚式できるみたいだな。よかったよかった。」
「そうね、あなた」と

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