マガジンのカバー画像

歴史本書評

67
オススメ歴史本の読書記録。日本史世界史ごちゃ混ぜです。
運営しているクリエイター

#書評

【書評】藤えりか「ナパーム弾の少女 五〇年の物語」(講談社)

【書評】藤えりか「ナパーム弾の少女 五〇年の物語」(講談社)

 ベトナム戦争中の1972年、ある写真が撮影されました。「戦争の恐怖」と題された一連の写真ですが、ナパーム弾で服を焼かれ、大火傷を負った少女の写真が突出して有名です。

 罪のない子供に犠牲を強いる戦場の現実を伝えたこの写真は、世界に衝撃を与えました。ベトナムでの苦戦に加え、世界的に反戦運動が広がったことで、アメリカはベトナムから撤退することになります。

 歴史を変えた写真といえますが、写真の詳

もっとみる
【書評】金子拓「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」(中公新書)

【書評】金子拓「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」(中公新書)

 天正3年(1575)に起きた長篠の戦いでは、織田信長・徳川家康の連合軍が武田勝頼を撃破しました。
 教科書に載る「長篠合戦図屏風」には、織田・徳川連合軍の馬防柵と鉄砲隊の活躍が描かれています。いわゆる「三段撃ち」が後世の創作ということは一般にも知られてきましたが、「織田信長が鉄砲を活用した戦い」という認識が普通でしょう。

 昨年発行されたばかりの本書は、これまでの長篠合戦の研究をコンパクトにま

もっとみる
文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

前回はこちら。

 パレスチナを代表する作家ガッサーン・カナファーニーを紹介する本連載は、今回が最後です。最終回は、1969年発表の「ハイファに戻って」を取り上げます。
 作品を紹介する前に、前提となる知識を説明しておきましょう。

「ハイファに戻って」の背景知識 ハイファは、現在のイスラエル北部、地中海に面する港町です。アラブ人(パレスチナ人)の土地でしたが、1948年にイスラエル領となりました

もっとみる
文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

前回はこちらです。

 1963年発表の「太陽の男たち」は、現代アラブ文学を代表する傑作として高く評価されています。

パレスチナとクウェート「太陽の男たち」は、イラク南部の都市バスラから、クウェートへの密入国を試みる三人の男たちの物語です。

 イギリスの植民地であったクウェート(1961年独立)は、真珠の生産が主力産業でした。しかし、御木本幸吉が真珠の養殖に成功するとクウェートの経済は打撃を受

もっとみる
文学からパレスチナ問題を知る②〜「路傍の菓子パン」

文学からパレスチナ問題を知る②〜「路傍の菓子パン」

前回はこちらです。

 パレスチナを代表する文学者であるガッサーン・カナファーニー作品の日本語訳は、河出文庫の「ハイファに戻って/太陽の男たち」に7編が収録されています。今回は、同書の収録作品のうち、「路傍の菓子パン」という短編を紹介します。

ダマスカスでの生活 1948年、故郷パレスチナを追われた難民たちは、近隣の国々で暮らすことになりました。ガッサーン・カナファーニーの一家は、シリアの首都ダ

もっとみる
【書評】小川剛生『兼好法師』(中公新書)

【書評】小川剛生『兼好法師』(中公新書)

”今から五百年前、「兼好法師」は捏造された――”

 帯に書かれていたセンセーショナルな文言に惹かれて購入しました。

 兼好法師(吉田兼好)といえば、鎌倉時代末期の随筆『徒然草』の作者として有名です。しかし、よく知られた彼の生涯については同時代史料の裏付けが乏しく、実態は違っていた、というのが本書の主張です。

吉田兼好? 卜部兼好? 兼好法師? そもそも、なぜ彼は「吉田兼好」と呼ばれるのか。兼

もっとみる
【書評】加藤理文・中井均「オールカラー 日本の城を極める」(ワン・パブリッシング)

【書評】加藤理文・中井均「オールカラー 日本の城を極める」(ワン・パブリッシング)

 城は全国各地にあり、大勢の観光客が訪れるところも多いです。しかし、城の細かいパーツについてはどれだけ知られているでしょうか。

 姫路城や彦根城は素晴らしい城ですが、国宝の天守だけ見て、満足して帰ってしまう人が多い気がします。

 本書は、近世城郭(※戦国時代の中世城郭は対象外です)をパーツごとに分解し、「城はどう見ればいいのか」「どういう意図でこんな形状・配置になっているのか」を徹底解説してい

もっとみる
【書評】乃至政彦「謙信×信長 手取川合戦の真実」(PHP新書)

【書評】乃至政彦「謙信×信長 手取川合戦の真実」(PHP新書)

 上杉謙信が戦った相手といえば、川中島の戦いでの武田信玄がまず思い浮かぶでしょう。織田信長の戦った相手ならば、今川義元や武田勝頼らが出てくるはずです。

 そうした中で、「謙信対信長」の戦いがあったことを知っているのは、ある程度戦国史に詳しい方だと思います。

 それは、天正5年(1577)に加賀で起きた「手取川合戦」です。川中島の戦い、桶狭間の戦い、長篠の戦いなどと比べると知名度は高くありません

もっとみる
【書評】ジョン・リード「世界を揺るがした10日間」(光文社文庫)

【書評】ジョン・リード「世界を揺るがした10日間」(光文社文庫)

 1917年、ロシア革命が勃発し、史上初の社会主義政権が誕生しました。アメリカのジャーナリストであるジョン・リードが、ロシア革命の模様を記録したルポルタージュが「世界を揺るがした10日間」です。 

 ロシア革命は、二月革命と十月革命の二段階に分かれています。第一次世界大戦による食糧不足等を原因として首都ペトログラードで暴動が起き、皇帝ニコライ2世が退位。自由主義の臨時政府が成立しました。これが二

もっとみる
【書評】繁田信一『殴り合う貴族たち』(文春学芸ライブラリー)

【書評】繁田信一『殴り合う貴族たち』(文春学芸ライブラリー)

 平安時代の貴族といえば、和歌を詠んだり宴をしたりと、雅なイメージを持つと思います。しかし、信頼できる史料を紐解いてみると、平安貴族の実像は「雅」とは程遠い、粗暴で野蛮なものでした。

 本書で主に引用される史料は、11世紀ごろの公家・藤原実資の日記『小右記』です。藤原道長の「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることの なしと思へば」という歌を記録したことで有名です。

 この史料からは、

もっとみる
【書評】望月昭秀編「土偶を読むを読む」(文学通信)

【書評】望月昭秀編「土偶を読むを読む」(文学通信)

 2021年4月、「ついに土偶の正体を解明した」という触れ込みで、「土偶を読む」という書物が出版されました。

 土偶の形状や模様がクリやトチノミなどに似ていることから、「土偶の正体は、縄文人たちが食物としていた植物だ」と述べ、大きな反響を呼びます。

 ところが、考古学の専門家たちから見ると、その論証には穴が多く、「土偶の正体を解明した」というには程遠いといいます。

 本書は、「土偶を読む」の

もっとみる
【書評】中谷功治『ビザンツ帝国』(中公新書)

【書評】中谷功治『ビザンツ帝国』(中公新書)

 ビザンツ帝国(東ローマ帝国)について、一般的な日本人が知っていることはほとんどないでしょう。コンスタンティノープル(現イスタンブール)を首都として、現在のギリシャやトルコのあたりにあった国です。

 本書の冒頭では、ビザンツ帝国を次のように定義しています。「コンスタンティノープルを首都とし、キリスト教を国教とする、ローマ帝国の継承国家」。

ビザンツ帝国の扱いは不当に軽い? 日本の歴史教育では西

もっとみる
【書評】網野善彦「『日本』とは何か」(講談社学術文庫)

【書評】網野善彦「『日本』とは何か」(講談社学術文庫)

 網野善彦氏の語る「網野史学」は、広範な学識と柔軟な発想力に支えられています。

 私たちが普通に使っている「日本」「日本人」という言葉は、実はあいまいさに満ちています。北海道や沖縄が近代以前は日本の国制のもとになかったことは常識です。しかし、本州・四国・九州が同質な文化を持っていたことを意味するものではありません。

日本は閉鎖的な島国か 日本は四方を海に囲まれているため、大陸から独立して文化を

もっとみる
【書評】菊池秀明「中国の歴史10 ラストエンペラーと近代中国」(講談社学術文庫)

【書評】菊池秀明「中国の歴史10 ラストエンペラーと近代中国」(講談社学術文庫)

 4000年の悠久の歴史を誇る中国。今やアメリカと並ぶ超大国となった中国は、自らの歴史に高いプライドを持っています。

 一方、19世紀半ばのアヘン戦争以降の中国近代史は、中国人にとって極めて苦い記憶となっています。列強の侵略を受け、清の滅亡後も動乱が続き、日本との戦争によって大きな被害を受けました。

 本書は、日本とのかかわりも深い近代の中国史の概説書です。1940年のアヘン戦争から、1936

もっとみる