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歴史本書評

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オススメ歴史本の読書記録。日本史世界史ごちゃ混ぜです。
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#世界史

【書評】藤えりか「ナパーム弾の少女 五〇年の物語」(講談社)

【書評】藤えりか「ナパーム弾の少女 五〇年の物語」(講談社)

 ベトナム戦争中の1972年、ある写真が撮影されました。「戦争の恐怖」と題された一連の写真ですが、ナパーム弾で服を焼かれ、大火傷を負った少女の写真が突出して有名です。

 罪のない子供に犠牲を強いる戦場の現実を伝えたこの写真は、世界に衝撃を与えました。ベトナムでの苦戦に加え、世界的に反戦運動が広がったことで、アメリカはベトナムから撤退することになります。

 歴史を変えた写真といえますが、写真の詳

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【書評】ロバート・ダーントン「猫の大虐殺」(岩波現代文庫)

【書評】ロバート・ダーントン「猫の大虐殺」(岩波現代文庫)

「猫の大虐殺」というインパクト絶大なタイトルが目を引きます。残念ながら品切れですが、ある古書店でタイトルが気になり、手に取りました。

 この本は、社会史のジャンルに入ります。国王や大統領が何を言ったか、という政治史の記録は残りやすいですが、一般庶民が何を考えながら日常生活を送っていたのかは、なかなか記録に残りません。

 本書では、農民が伝承した民話などの限られた史料から、18世紀フランスの庶民

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文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

前回はこちら。

 パレスチナを代表する作家ガッサーン・カナファーニーを紹介する本連載は、今回が最後です。最終回は、1969年発表の「ハイファに戻って」を取り上げます。
 作品を紹介する前に、前提となる知識を説明しておきましょう。

「ハイファに戻って」の背景知識 ハイファは、現在のイスラエル北部、地中海に面する港町です。アラブ人(パレスチナ人)の土地でしたが、1948年にイスラエル領となりました

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文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

前回はこちらです。

 1963年発表の「太陽の男たち」は、現代アラブ文学を代表する傑作として高く評価されています。

パレスチナとクウェート「太陽の男たち」は、イラク南部の都市バスラから、クウェートへの密入国を試みる三人の男たちの物語です。

 イギリスの植民地であったクウェート(1961年独立)は、真珠の生産が主力産業でした。しかし、御木本幸吉が真珠の養殖に成功するとクウェートの経済は打撃を受

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文学からパレスチナ問題を知る②〜「路傍の菓子パン」

文学からパレスチナ問題を知る②〜「路傍の菓子パン」

前回はこちらです。

 パレスチナを代表する文学者であるガッサーン・カナファーニー作品の日本語訳は、河出文庫の「ハイファに戻って/太陽の男たち」に7編が収録されています。今回は、同書の収録作品のうち、「路傍の菓子パン」という短編を紹介します。

ダマスカスでの生活 1948年、故郷パレスチナを追われた難民たちは、近隣の国々で暮らすことになりました。ガッサーン・カナファーニーの一家は、シリアの首都ダ

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文学からパレスチナ問題を知る①~G・カナファーニーの生涯

文学からパレスチナ問題を知る①~G・カナファーニーの生涯

 イスラエルによるパレスチナのガザ地区に対する攻撃は、極めて深刻な人道危機となっています。イスラエル・パレスチナ紛争は毎日のようにニュースの見出しに登場しますが、詳しくは分からないという人が多いと思います。

 イスラエル・パレスチナ紛争の入門的知識については、是非下記をお読みください。

 さて、歴史家や国際政治学者、ジャーナリストなどが書いたノンフィクションとしての本を読むことも大切ですが、小

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【書評】『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)

【書評】『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)

 SNSやYouTubeなどでは、しばしば「ナチスは良いこともした」という話を見かけます。

 第二次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人の虐殺を行ったナチスは、学校ではもちろん悪として教えられます。

 一方、歴史教科書では研究の進展に伴って記述が変わることがあります。教科書の内容が絶対というわけではありません。

 また、「学校では教えない(教科書には書いてない)○○」というコンテンツには一定の需要

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【書評】ジョン・リード「世界を揺るがした10日間」(光文社文庫)

【書評】ジョン・リード「世界を揺るがした10日間」(光文社文庫)

 1917年、ロシア革命が勃発し、史上初の社会主義政権が誕生しました。アメリカのジャーナリストであるジョン・リードが、ロシア革命の模様を記録したルポルタージュが「世界を揺るがした10日間」です。 

 ロシア革命は、二月革命と十月革命の二段階に分かれています。第一次世界大戦による食糧不足等を原因として首都ペトログラードで暴動が起き、皇帝ニコライ2世が退位。自由主義の臨時政府が成立しました。これが二

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【書評】中谷功治『ビザンツ帝国』(中公新書)

【書評】中谷功治『ビザンツ帝国』(中公新書)

 ビザンツ帝国(東ローマ帝国)について、一般的な日本人が知っていることはほとんどないでしょう。コンスタンティノープル(現イスタンブール)を首都として、現在のギリシャやトルコのあたりにあった国です。

 本書の冒頭では、ビザンツ帝国を次のように定義しています。「コンスタンティノープルを首都とし、キリスト教を国教とする、ローマ帝国の継承国家」。

ビザンツ帝国の扱いは不当に軽い? 日本の歴史教育では西

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【書評】菊池秀明「中国の歴史10 ラストエンペラーと近代中国」(講談社学術文庫)

【書評】菊池秀明「中国の歴史10 ラストエンペラーと近代中国」(講談社学術文庫)

 4000年の悠久の歴史を誇る中国。今やアメリカと並ぶ超大国となった中国は、自らの歴史に高いプライドを持っています。

 一方、19世紀半ばのアヘン戦争以降の中国近代史は、中国人にとって極めて苦い記憶となっています。列強の侵略を受け、清の滅亡後も動乱が続き、日本との戦争によって大きな被害を受けました。

 本書は、日本とのかかわりも深い近代の中国史の概説書です。1940年のアヘン戦争から、1936

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【書評】上田信『中国の歴史9 海と帝国』(講談社学術文庫)

【書評】上田信『中国の歴史9 海と帝国』(講談社学術文庫)

 14世紀の明の成立から、19世紀前半のアヘン戦争までを描いた入門的通史です。しかし、その守備範囲は政治史にとどまらず、経済・産業・交易・思想・大衆文化と多岐にわたります。単なる「明・清時代の歴史」の枠を大きく超えた、極めて読みごたえに満ちた大作です。

「海と帝国」というサブタイトルにあるように、主眼は海を舞台にした交易におかれています。皇帝や名宰相など、政治史上の有名人も登場しますが、やはり「

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【書評】桜井万里子・本村凌二『世界の歴史5 ギリシアとローマ』(中公文庫)

【書評】桜井万里子・本村凌二『世界の歴史5 ギリシアとローマ』(中公文庫)

 いうまでもなく、ギリシアとローマは西洋文明の源流です。現代日本の制度や価値観は西洋に負っているものも多いため、間接的に私たちの源流であるともいえます。

 とはいえ、空間的にも時間的にも遠いギリシアやローマの歴史を学ぶのはハードルが高い面があるのも事実です。本書は、そうした古代地中海世界の歴史を学ぶのに格好の入門書であると言えます。

 長大な歴史を一冊にまとめているため、やや駆け足の説明になる

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【書評】武田雅哉『鬼子たちの肖像』(中公新書)

【書評】武田雅哉『鬼子たちの肖像』(中公新書)

 中国の映画やドラマには「抗日もの」というジャンルがあります。いうまでもなく、15年戦争期に大陸にやってきた日本兵を悪役とした物語です。

 中国人を見下し、時に残虐な行為も行った日本兵は、「鬼子」と呼ばれて忌み嫌われました。戦中に描かれた中国側のプロパガンダポスターなどを見ると、醜悪に描かれた日本人の姿を見ることができます。

 本書は、「中国人が日本人をどうとらえ、どう描いてきたか」をテーマと

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【書評】ニコラス・スパイクマン「平和の地政学」(芙蓉書房出版)

【書評】ニコラス・スパイクマン「平和の地政学」(芙蓉書房出版)

 今世紀に入ってブームとなった感のある地政学。今や、書店には「地政学」を冠した本が数多くあります。私も最近、下記の本に関わりました。

 手に取りやすい本で入門するのはいいことですが、やはり古典的な書物を読んだ方が本当の教養につながるでしょう。

 とはいえ、地政学の祖とされるマハンやマッキンダーの著作は、一般にはハードルが高いように思われます。マハンの文章は非常に難解ですし、マッキンダーの著書は

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