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分割短編まとめ読み用

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『オーバー阿佐ヶ谷』37〜44(まとめ読み用)

『オーバー阿佐ヶ谷』37〜44(まとめ読み用)

37.

 一か月振りの北区だった。窓の外を流れる景色は廃団地群ディストピア。国がこの区を見捨てて久しいのかもしれない。軒並み割られた窓ガラスが無言のうちにそれを物語っている。廃団地群の反対側には寂れた工場跡地ばかりが目につく。すれ違う人間は皆年寄りで、この国の衰亡を予感させるには充分な光景だった。

 サスペンションが用を為さない荒れた道路の先に一軒のコンビニがあった。低速で走る車がそこへと近づ

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『オーバー阿佐ヶ谷』30〜36(まとめ読み用)

『オーバー阿佐ヶ谷』30〜36(まとめ読み用)

30.

 昨夜は俳優に格の違いを見せつけられてしまった。西麻布という立地的優位性、隠れ家的バー、高い酒、金払い。全ての点で負けていた。一刻も早く怪物を捕まえて、私も救ってもらわなければならない。メジャーシーンへの殴り込みの準備はとっくに整っている。あとはきっかけさえあればーーー。

 朝の陽光は台所から差し込み、部屋全体を明るく照らしていた。そのせいで四畳半は一層にみすぼらしさが目立つ。ここは私

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『オーバー阿佐ヶ谷』23〜29(まとめ読み用)

『オーバー阿佐ヶ谷』23〜29(まとめ読み用)

23.

 通夜は環七にほど近い高円寺の寺で行われていた。私はそこまで歩いて行った。最近、生活の全てが阿佐ヶ谷から前後二駅で済んでしまっている。これが”中央線の呪い”というやつなのだろうか。一度、沼にハマると抜け出せなくなる。もがけばもがく奴ほどよく沈む。最後に渋谷のクラブでライブをしたのは一体いつだったのか、それすらもう思い出せなかった。

 寺への道すがら、喪服姿の人間とすれ違う。意外と人が多

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『オーバー阿佐ヶ谷』16〜22(まとめ読み用)

『オーバー阿佐ヶ谷』16〜22(まとめ読み用)

16.

 時と頭を交錯する疑問によって、ほとんど眠れぬまま朝を迎えた。短い眠りの間、一度だけ夢を見た。夢の中では私が殺される役回りだった。

 【【【”野菜”の配達で辿り着いたマンション。インターホンを押すも誰も出てこない。気配に振り返ると、そこには巨大な怪物が立っていた。全身を覆う黒い毛は満月に照らされて毛先の一本一本まで銀色に輝いている。逃げようにも身体が動かない。振り下ろされた怪物の腕によ

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『オーバー阿佐ヶ谷』8〜15(まとめ読み用)

『オーバー阿佐ヶ谷』8〜15(まとめ読み用)

8.

 陽光が頬を突き刺す暑さで目を覚ます。夏の死臭漂う秋の日だった。枕に顔を埋め、自分をゆっくりと取り戻す。自分という人生を構成する記憶の一つ一つが戻ってくる。名前や生い立ち、今の状況。過去に付いた傷やドープな出来事。別に戻って来なくて良いものばかり遠心力のかかったブーメランが如く手元に還ってくる。途中、体毛の濃い怪物が割り込んできたが、それは見ないことにしてやり過ごした。

 寝起きの頭で珈

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『オーバー阿佐ヶ谷』1〜7(まとめ読み用)

『オーバー阿佐ヶ谷』1〜7(まとめ読み用)

1.

 阿佐ヶ谷スターロードのどん突きにあるバー『ソルト・ピーナッツ』で呑んでいる。縁が欠け、幾分汚れたグラスで酒を。

          *

 ちょうど住宅街と飲み屋街の境い目にある場末に空いた異界。はたまた中央・総武線で都心から戻り、ようやく家も近くなって気が緩んだところに待つ落とし穴。とはいえ、この店に来る客にサラリーマンやOLのような、まともな職業人はいない。サバンナに於いて自然と棲

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短編267.268『中年の星』(まとめ読み用)

短編267.268『中年の星』(まとめ読み用)

 何気なく見た鏡に見知らぬオッさんが映って慌てて飛び退いた。それが自分だと気付くのに数秒を要した。別に酔ってはいない。ただ単純に自分が自分を認識出来なかったのだ。

 普段目に見えない”自分”というものはもっと若々しいイメージで構成されているはずだった。その若い姿でコンビニで買い物をし、酒や煙草を嗜み、女性と話していた。それが何だ、中年のオヤジじゃないか。これじゃウィットに富んでいたはずの一言もく

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短編263.264『天に咲く花』(まとめ読み用)

短編263.264『天に咲く花』(まとめ読み用)

 独りで酒を飲んだところで何も変わらない。それは分かっている。世界がそんなに単純じゃないことは知っているし、酒が解決策をもたらすことはないことも理解しているつもりだ。

 しかし、私は今こうしてバーにいる。暗い間接照明に背中を照らされて。もしこの世にバーというものが無ければ、悩みを抱えた人々は一体何処に行くのだろう。マクドナルド?そんなことはないだろう。蛍光灯による明るい照明と女子高生の奇声嬌声の

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短編259.260. 261.『弟子 is back!』(まとめ読み用)

短編259.260. 261.『弟子 is back!』(まとめ読み用)

 近所を散歩している時、必ず通る神社がある。どの町にもある、なんの変哲もない神の社(やしろ)。でも、人はそこで祈り、願い、通い詰める。いつかの私みたいに。

          *

 その日はおよそ十年ぶりに境内に入ってみることにした。別にこれといった願いごとがある訳でもない。もう願いごとは聞き届けられ、その後の日常を生きている身だ。金木犀の匂いに誘われたのかもしれない。

 数百年前から変わっ

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連作短編/257.『慈悲なき戦い〜居間死闘篇〜』&258.『団地 is Burning』(まとめ読み用)

連作短編/257.『慈悲なき戦い〜居間死闘篇〜』&258.『団地 is Burning』(まとめ読み用)

257.『慈悲なき戦い〜居間死闘篇〜』

 私の周りを飛ぶ蚊を煙草の火で一匹一匹潰してやろうと決意した。そしてそれがそもそもの間違いの始まりだった。

          *

 私は居間で煙草を吸っていた。目の端に目障りな物体が映る。蚊だ。それは一匹ではなく、推定五〜六匹はいた。

 夏でもないのに、その日は蚊が大量発生していた。最近、目の前の公園に放置された古タイヤのせいだと思う。先週の雨で水

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短編249.250『尾行』(まとめ読み用)

短編249.250『尾行』(まとめ読み用)

 普段ならそんな男のことなど気にも留めなかったに違いない。ただ、その日は休日で、暇で、かつ苛ついており、ちょっとした刺激が必要だった。たとえば誰かをぶん殴る、みたいな。

 男は顔に歌舞伎役者のような化粧を施し、アカデミー賞授賞式でハリウッド女優が着るようなドレスを着ていた。一見しただけで分かる奇矯な”なり”だった。現代社会の裂け目から突如として現れたような出立ち。そんな姿で街を闊歩していた。化粧

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短編208.209.210. 211『トゥーフェイス』(まとめ読み用)

短編208.209.210. 211『トゥーフェイス』(まとめ読み用)

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 男はアメ車のような体格をしていた。つまり、無駄に大きく燃費が悪い。アメリカ製”負の遺産”を拡大再生産したような身体つきだった。

 カメラは、首に巻かれた金チェーン、開襟されたシャツから覗く入れ墨、指の太さをはみ出す指輪と順次映していく。

 暴力がそのまま形を取ったような姿だ。

 でも、その粗暴な”なり”からは想像がつかないほど、箸の上げ下ろしが綺麗だった。それ自体

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短編205.206『風化していく/事件は/駅舎と共に』(まとめ読み用)

短編205.206『風化していく/事件は/駅舎と共に』(まとめ読み用)

 あの日もこんな雨が降っていたろうか。特急列車の窓から見える景色に三十数年前の事件を重ねる。事件のことを直接、知っている訳ではない。その時の私はまだ四歳。それはギターとベースの違いも分からない年齢だ(それは結局、中学生まで続いたが)。怖いもの見たさ故か、はたまたもしかすると自分が被害者になっていたかもしれないという可能性に理解の必要性を感じたのか、その事件をB級月刊誌で知って以来どこか心惹かれてい

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短編202.203『【上/下】に反映された私の心』(まとめ読み用)

短編202.203『【上/下】に反映された私の心』(まとめ読み用)

 私が四階のエレベーターホールに着いた時、肝心のエレベーターは一階にいた。下のボタンを押し、先程届いたメールをチェックする。くだらない広告メールが三通。私はゴミ箱のアイコンに触れた。この世を飛び交う情報の97%は広告が占めているに違いない。誰も彼もが「私から買え」と胸ぐらを掴む。暴力的な世の中だ。全ての広告人はすべからくもう一度、『北風と太陽』を読み直した方が良いのだろう。

 ーーー「こんなこと

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