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短編小説

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#ショートショート

【短編小説】弱いとかじゃないよ

【短編小説】弱いとかじゃないよ

「弱いとかじゃないよ」

ひとしきり私が話して、沈黙がバスの停留所のようにやってきた所で、堀田さんがそう呟いた。独り言のようにも聞こえたけど、私が黙って堀田さんを眺めているともう一度同じことを言われたので、やっと私に話しかけていた事に気がついたふりをする。

飼っていた金魚が死んだ。

私が昔々に地元の祭りの出店でとってきた金魚だった。

最初、朝起きて、いつも通り鉢の中を眺めようと横から見た。な

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【短編小説】挨拶せえ

【短編小説】挨拶せえ

個人の居酒屋だから、コンビニやスーパーよりもいい加減かもしれないと思いながら一週間前眺めた、入口のポスターを思い出す。あの時引き返していればと今警鐘を鳴らしても仕方なかった。

「まず、だれか入ってきたら口の端をぐっと上に上げる!で、いらっしゃいませエ!」

はい、と言ったつもりだったけれど、返事は?と聞かれたので腑に落ちないままもう一度はい、と言った。店主のさみしい頭が、きらきらと光っている。ち

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【短編小説】いつか思い出になるとか知らねえよ

【短編小説】いつか思い出になるとか知らねえよ

夢のなかみたいな夕日と、世界がこれから終わりますと言われたら納得してしまいそうな雲が迫ってきている。空が近い。どこかで見た気がする景色を、ずっと思い出せずに帰路につく。

海辺に住んでいると、よくいいなあ、と言われる。絶対大人になっていい思い出になるよって。

そんなこと知らねえよ。悪態をつきながら、毎日船に乗っている。自転車を押して、たいして便のない時刻表を横目に歩く。

Iターンが流行っている

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【短編小説】おーしまい

【短編小説】おーしまい

「さな、死んだんだよ」

写真におさめたら白く光って色が飛んでしまいそうな空が、窓にうつっている。

カウンターの席しかない牧歌的な喫茶店に似合わない言葉だったので、私はまず、聞き間違えた、と思った。口を開いていた光代のほうを眺め直した。思ったよりも深刻な表情に確信して、身体が固まった。

「え」

「去年。事故で」

ひとつひとつ駒を置くみたいに、そっけなく光代が教えてくれた。

「知らなかった

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【短編小説】お久しぶりです恋人さん

【短編小説】お久しぶりです恋人さん

手を繋ぎたいです、と急に言われて、最初は分からなかった身体が、首の付け根からぐぐぐーっと熱くなって反応する。

「なに、きゅうに」

自分でもどんな顔をしているかわからないまま聞くと、

「たまにはいいでしょ」

と表情を変えずに返された。

指をからめることなく、握手みたいにしっかりと手を繋ぐ。
そのまま土手沿いを歩くと、ちらほらとスーツ姿で自転車をこぐサラリーマンや、大きなスポーツバッグを持っ

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【短編小説】のぞく

【短編小説】のぞく

目に入ったのは本当にたまたまだった。電車で偶然隣だった初老の男性が、スマホを開いていた。車両が全部埋まるくらいの混み具合だったので、肩が触れるのは仕方のないことだ。むしろ座ることができない混み具合のなか、こうして席に座ることができたのはありがたいくらいだった。

メモ帳らしきアプリに入れている文字を、改めて打つでもなく、男性は眺めていた。自分は背もたれにしっかりもたれて、男性はスマホを胸の前に置い

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【短編小説】翼をくれよ

【短編小説】翼をくれよ

ピアノの旋律が美しくはじまりを奏でる。

興味がなくて半開きのままの目をなんとか閉じないように気をつけながら、口を開く。

「今私の願い事が叶うならば、翼が欲しい…」

歌に乗せると無くなる違和感は、文字で考えると、やけにわがままに、俺には映る。

この歌がどんな風に作られたのかなんて知らない。だからこんな風に残酷に思えるのかもしれないけど、だからって誰かに責められたとしてもそこには何の責任も伴わ

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【短編小説】桜の降る昼は

【短編小説】桜の降る昼は

先週まであんなに満開だった桜は、もうかなり葉桜に変わってしまった。桜並木だった公園の一角は、夏に向かって準備しているように、太陽をさんさんと浴びていた。天気も良くて、正直暑い。桜の花びらの絨毯がそこかしこにあるけど、体が春と夏の間で困惑している。

声が聞こえたので目を向けると、花見をしそびれてしまった人たちが写真撮影をしている。かくいう自分も、そこに混ざりたいくらいだった。仕事が忙しくて、この公

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【短編小説】ポニーテールを眺めるだけの夜があったっていいのに

【短編小説】ポニーテールを眺めるだけの夜があったっていいのに

頭のてっぺんに近いあたりで髪を結んでいる、華奢な体が目に入った。ポッキーみたいな足がショートパンツから生えている。

体の線とは裏腹に快活そうに、少女は親らしき男性と喋りながらアイスを選んでいた。羨ましいとまでは思わなかったけど、選べば誰かが買ってくれるのってすごいことだよな、と改めて感じる。

少女はこっちの視線にも気が付かず、一瞥もされなかった。父親(多分)との距離が近く、仲の良さそうな雰囲気

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【短編小説】知らない私を私は知らない

【短編小説】知らない私を私は知らない

1Kの間取りの部屋は、1人で暮らすぶんにはちょうどいい。孤独や不安を抱えている今の自分にはありがたい大きさだった。

明日は遅刻しないように、壁に着ていく服を、ハンガーにかけていた。本当は私服でいい会社だけど、入社式があるからスーツを用意している。その服をベッドの上で、三角座りして眺めている。

さっきまで、つい数週間前まで実家の自分の家で観ていた、推しているVtuberの投稿動画を眺めていた。そ

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【短編小説】まぶしい

【短編小説】まぶしい

「行こう!」

大きな口を開けて、玲那が笑った。

昔、「くちさけおんな」とひどい悪口を言われて泣いていた玲那の面影は、もうどこにもない。

お互い就職してからしばらく会えてなかった。今日は久しぶりに、二人で学生時代よく行っていた食堂に向かっているところだった。

お店の目の前に来てやっと、今日が休みだという張り紙を発見する。

「どうしようかね」

そう言って私がさきに、周辺のお店を検索してみる

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【短編小説】誰も知らない話

【短編小説】誰も知らない話

気になっている人がいた。

手でまるめてぎゅうぎゅうになったみたいな会社の雰囲気の中で、その人は一人だけ浮いていた。

自分は中途採用で入ったから余計に社内を俯瞰で見る事が多かった。
離婚して親権も奪われて、婿養子だった自分は家族経営だった会社からも追い出されてかなり苦しい生活を送っていた。
そんなぐしゃぐしゃになっていた自分を拾ってくれたこの会社には心から感謝している。

でもやっぱり、昼休憩の

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【短編小説】どうせ今だけ

【短編小説】どうせ今だけ

自殺した幽霊だけが、私は視える。

いつからかは覚えていないけど、もしかして、私自身にその願望があるからかもしれない。

なんで幽霊をみたときに、自殺した人だって分かるの?と聞かれた事があるけど、答えは簡単だった。

本人が教えてくれるから知っているだけ。

幽霊は、自分が視られていると分かった瞬間喜び、私にいつも声をかけてくるのだった。

態度はそれぞれ違った。

みえている、と喜んでいる人、嫌

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【短編小説】絹のようなこころ

【短編小説】絹のようなこころ

絹のように触り心地の良いこころになれたらいいのに、と、バスに揺られながら思った。

空は秋のくせに、気温だけ取り残されたみたいに暑い。

このまま自分も取り残されてしまいそうな気持ちになる。

本当はそんなことなんてなくて、ただいつも通りに、このバスから降りて職場に行けばいいだけ。

ただそれだけで、自分は社会から取り残されることなく、疎外感は消えて、歯車として生きていく。

それがこんなにも虚し

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