可能なるコモンウェルス〈81〉

 「人民による活動と秩序の自発的機関として、何故かいつでも自然発生的に出現してきた、評議会と呼ばれる政治体は、明らかに自由の空間なのであった」(※1)というように評するアレント自身の、その政治観や歴史観については、「あまりに古代ギリシャを理想化し過ぎているのではないか?」という批判が、しばしば常套句のように浴びせかけられることがある。
 だがむしろ、上記のような発言からも見てとれるように、アレント自体としては「古代ギリシャに見出されるような公的自由」を、たとえば建国期のアメリカや、あるいは周期的に発生してくる評議会などといった、「個別の政治体において表現されている現実性」から、ある種共通した「普遍性と可能性」にもとづいて、引き出そうとしているのではないか、と見るのが妥当な見解のように思われる。アレントの論点というのは、実際「常に現実的なもの」なのである。それは「公的空間」なるものが、実に人々の「日常的な対話において、すでに・常に・現になされていることとして出現するものだ」というように考えていることにおいても、やはり明らかなことなのではないだろうか。
 敢えて言うとアレントは、「政治」に関しては少しも「理想」という観点から何かを考え語るということはなかったのだと思われるし、そもそもそういった観念を持ち合わせてはいないのだというように見受けられる。そういったものを胸の内に抱いていられるほど、彼女の「政治的現実」というものは、全くどの角度から見ても穏やかなものではありえなかったことは、おそらく誰もがご存知のはずである。

 評議会やポリス、あるいはタウンシップとして「現実的に表現される」ところの、さまざまな「公的空間」とは、「人々が言論と活動の様式をもって共生しているところでは必ず生まれ」(※2)てくるものであり、なおかつその「出現の結果」として見出される、「公的領域やさまざまな統治形態、つまり公的領域が組織されるさまざまな形態は、形式的に構成される以前から存在するものである」(※3)とアレントは言う。
 ところでこのような「空間」は、たしかに「人々が共に集まっているところでは潜在的に存在する」(※4)わけなのだが、しかしそれは「あくまでも潜在的にであって、必然的あるいは永遠的にではない」(※5)というのもまた、たしかなことである。なぜならこのような「空間」は、「この空間を生み出している運動が、続いている間だけしか存続しない」(※6)ものだからだ。つまりそれらは、人々の「集合」などというような、「外形的な一定の状態として顕在化する」ものではないし、その「状態の、恒常的な維持・保持によって存続される」ものでもない。それは実に人々が、「実際互いに対話し、関係し、交流し、交渉する」ことの、その「運動そのもの」においてのみ出現し、その「運動そのものの空間として、運動そのものの存続においてのみ、存続しうるもの」なのだ。
 そのように、「人々の日常生活な対話・関係・交流・交渉の、運動そのもの」として普遍的に出現する「公的空間」の、その「現代的表現」であるところの評議会とは、「評議=対話されている状態(ステート)として、敢えて作り出されるべきもの」だというよりは、「運動そのもの(ムーブメント)として、すでに・常に・現に見出されて在るべきもの」として理解されていなければならないもののはずなのだ。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 アレント「革命について」
※2 アレント「人間の条件」
※3 アレント「人間の条件」
※4 アレント「人間の条件」
※5 アレント「人間の条件」
※6 アレント「人間の条件」

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