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創作(雑多なテーマ)

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割と自由に雑多な作品たちです。短いですよん。
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記事一覧

紫陽花の季節

紫陽花の季節

「私はもともと、こんな季節嫌いなんです。蒸し暑いし、そのくせ夜は涼しいし。だから何を着れば分からなくて。湿気で髪はうねるし、うねった前髪は汗でおでこに貼り付くし。汗っかきだったから、臭いかなとか気にしなきゃいけなかったし。だから、私はこんな季節が大嫌いなんです」
そう言って彼女は、冷房のよく効いた駅前のカフェで恥ずかしそうに言った。
「誕生日が6月6日なんですよ。だからもう嫌で仕方ないです。自分の

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待ち時間

どうやら人身事故が起きたらしい。イヤホンを耳に突っ込んでいたから、気が付かなかった。階段を降りて、ホームのベンチに向かう最中ちらりと横目で見た時間は22:15。次に来る電車の予定は22:21。
ホームのベンチに座って、携帯を眺めながら、インスタを眺めていた。ふっと、目の端に入り込んだ男の人の革靴の踵が、私に時間感覚を取り戻させる。
携帯を眺めることに没頭していた私は、22:23になるまで、電車が到

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雨粒の中

雨粒の中

「本日ハ晴天ナリ」だなんて、嘘ばかりだ。
何日も晴れた空なんて見ていない。空を眺めれば雲ばかり。そして降るものは雨ばかり。
肌にまとわりつく湿気が不快だから外に出たくない。
生ぬるい風に吹かれても気持ちよくなんかない。
そもそも私はあの雨に濡れた街の醸し出す香りが嫌いだ。カラッとしていてほしい。
雨の日は本屋に行こうと思っても、躊躇する。傘立てに傘を置くと盗まれるし、だからと言って濡れた傘を持って

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冬の終わり

冬の終わり

日差しに埋もれたい。温もりや全てを肌に融かして、ほしいままに纏いたい。そんな春を感じてしまって、冬を裏切ったような気持ち。

窓の外が灰色で、美しく輝く銀世界も好きなのに、オレンジ色に照らされる道にお久しぶりとご挨拶して、浮気者。

会いに行くには寒すぎる冬と、否応なく照らしてくる春。温もりを求めすぎて、気付いたら夏。愛に満ち足りた私は、夏を拒絶する。会いに来ないでと、夏を嫌悪する。

閉じこもる

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静寂と鼓動

静寂と鼓動

電車の中で、私はひとり。周りを見渡すとちらほらと乗客はいるが、私はひとり。窓の外は曇り。

向かいのおじさんは、スマホとにらめっこ。斜め前のお姉さんは、うとうとと。ドアを挟んで横の女子高生は、参考書をぱらぱらと。

お昼の電車。人は少ない。向かう場所は、特にない。決めていない。ただ電車に乗り、座席に座って、ふくらはぎに当たる熱風に耐えながら、私はひとり。

美しく彩られた黄色も、高い空も、そこには

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カウンセリング(環状線)

カウンセリング(環状線)

がたんごとんと、電車は走っている。地方都市の環状線を、飽きることなく走り続けている。車両には男と女が、ボックス席で向かい合いながら座っている。
男は、窓の外を流れる景色を。
女は、窓の外から入り込む夕日に照らされた、男の横顔を。
電車のなかには他に乗客もおらず、この2人だけが、同じボックス席に向かい合って座っている。
窓の外には無数の鉄塔が並んでいる。オレンジ色の光に照らされた無機質なそれらは、そ

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お米屋さん

お米屋さん

薄暗い店内。隣からひっそりと聞こえる話し声。

互いが互いの座席から、顔が見えないようにカーテンがかけられている。立った穂波の腰の辺りまであるカーテンは、座っている人たちの顔を上手に隠す。

そこから漏れる声。甘く、暗く、空気を含んだ、ヒソヒソ声。

周りを囲んだ、卵型のソファ。男女2人で座り、何かを話すための場所。

流れている音楽は、アンビエント。定期的に響く、美しい音色。階段を昇り降りするピ

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樹々と共に①

樹々と共に①

光が降り、そして差す。木漏れ日は温もりを湛え、精いっぱいに降り注ぐ。そして垣間見る。姿が映し出される。

空へと登る一筋の柱。

その柱の内側に、2人。暗い森の中で、異質に光る男女の2人。

女が男の頭を抱えながら、降り注ぐ光を遡ろうと、空に首を伸ばす。顔は照らされていて見えない。

聞こえるのは、歌。慈しみに満ちたその声は、少しずつ光を淡くさせる。

まるで、持って行くなと泣くように、そう聞こえ

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引き出される記憶

引き出される記憶

少女は思い出していた。周りに散りばめられた割れたガラスの瓶は、少女を動かなくさせていた。頭に浮かぶのは故郷の花畑。

黄色のスイートピーや橙色のチューリップ、水色のアジサイ、赤色の彼岸花。少女の母親は、花が好きな女だった。少女は、母親が花を好きだと信じていた。

季節が変わると、母親は何処からか花を持ってきていた。買ってきたのか、摘んできたのか、少女は今でも知らない。ただ、母親の持つ花に生気が無か

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彼女と彼女の逃避創作活動

彼女と彼女の逃避創作活動

憧れは人間にとってのガソリンらしい。何かに憧れる、誰かに憧れる。その意識は人間を動かすということを、なにかで読んだ。

私は、私が知らないことを知っている人に憧れる。そんなこと無数にあるので、憧れる対象が多すぎやしないか、とも思うけれど、案外そうでもない。

結局、自分に興味関心がありそうなものに対しての知見が深い人にしか、憧れの気持ちは持たない。

それは、生きるという行為についてもそう。

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美しい人(本屋さん)

美しい人(本屋さん)

人は、美しい。

そこに貴賤なんてものはなくて、だから裏を返せば、人は、「皆」美しい、ということになるのだろう。

ただ、元来美しい人と、その美しい人に近付きたくて努力する美しい人がいる。

私は特に元来美しい人が好きだ。彼女らは、光り輝く拳を振りかざして、そしてその空間を一瞬にして瓦解させる力を持っている。ただ、彼女らはその拳を振りかざしたことすら気付いていない。

私には特技がある。美しい人を

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ラムネと風鈴、私たちと彼女

ラムネと風鈴、私たちと彼女

 夏を告げる為に、風鈴を設置する。たいした作業では無いのに、首筋に汗が垂れてくる。
 前髪を切りすぎたおかげでおでこは蒸れなくて済んでいるけれど、それでも暑いことにはかわりなかった。

「ただいまー。あっついねー今日も」
 ユウリの声が玄関から聞こえてくる。頼んだラムネの瓶同士がぶつかり合う音と、ビニール袋が擦れる音が声と共に。
「おかえり。ねえ、風鈴ってどうやってつけるの?」
 リビングまで歩い

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異端

異端

 バラック。すきま風が肌を刺す。何度も湯浴みをして、その結果肌が乾燥して、荒れた傷に風が染みる。

「ただいま」
 ターニャが唇を紫にしながら帰ってくる。

「おかえり」
 カチューシャが言葉少なく、そしてターニャの方を見ることもなく、小さい声で言う。言葉は少ないながらも震えているのが分かる。

「どうだった?」
「最悪。汚いデブだった。金払いが良くてもありゃ外れだよ」
「そんなこと言っても客は選

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控え室にて

控え室にて

「お疲れ様」と、彼女はそう言って控え室に入ってくる。確かに私は疲れていた。彼女は疲れているはずなのにそんな素振りは見せなかった。少しぽってりとした唇を携えて私の前で笑う彼女は美しかった。遠く異国の石のようなキラキラした瞳を私に向けていて、私は硬直する。

「ねぇ、どうしたの?」と、彼女は言って私の手首に指を這わせる。私は彼女を見ることができないまま、手首を触られている。あまりの冷たさに手を引きそう

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