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ラムネと風鈴、私たちと彼女

 夏を告げる為に、風鈴を設置する。たいした作業では無いのに、首筋に汗が垂れてくる。
 前髪を切りすぎたおかげでおでこは蒸れなくて済んでいるけれど、それでも暑いことにはかわりなかった。

「ただいまー。あっついねー今日も」
 ユウリの声が玄関から聞こえてくる。頼んだラムネの瓶同士がぶつかり合う音と、ビニール袋が擦れる音が声と共に。
「おかえり。ねえ、風鈴ってどうやってつけるの?」
 リビングまで歩いてくるユウリに声をかける。
「え? あー、カーテンのほら、フック外して。違う違う。一番左だけでいいから。そう。一番端固定されてるでしょ。そこにひっかけて」
 ユウリが手に持っていたビニール袋を下ろすと、ゴトゴトという音を立てる。同じように肩から背負っていたボストンバッグをおろす。
 汗だくのユウリが指を指して教えてくれるけれど、なかなかうまくいかない。
「あー、オッケー。わたしがやるよ。ハナはこれ、ラムネちゃんたちを冷蔵庫にいれてきて」
 手をひらひらとさせて、椅子に乗っている私を下ろして、代わりにユウリが作業を始めた。
 

 冷蔵庫の前でしゃがみこんで扉を開ける。冷気が顔を冷やす。しばらくぼーっとしていると、
「ミイコ、来るかなー」と窓際からユウリの声が私の耳に届く。
 はっ、とした私は冷蔵庫にラムネを三本しまっていく。
「来るでしょ。ただ遅刻癖がね」
 今日、七月十五日は、ミイコの誕生日だった。
「あはは、確かに」
 冷蔵庫にしまいおえて、リビングに向かうと踏み台に使っていた椅子にユウリは座っていた。脚を組んで外を見ている。
 

 窓は西向きに設置されていて、強烈な西日が差し込んでくる。
「眩しくないの?」
 ユウリは答えない。
 わたしはTシャツを着ているけれど、ユウリは制服を着ていて、背中にシャツが張り付いているのが確認できた。
 私も椅子をユウリの横に並べて座る。何も言うことなく、同じように外を眺めるけれど眩しくてすぐやめてしまった。隣のユウリを眺めることにした。
 すらっとした鼻筋と、切れ長の眼、薄い唇が西日に照らされて光って見える。綺麗に切り揃えられたショートカットは私の視界を邪魔しないでくれている。少し日焼けした肌をしていて、ユウリらしいなと私の目元は緩む。
 薄い沈黙が流れていき、同じように夕闇から夜闇へと世界が変化していく。時は流れている。
「あ、そうだ」
 ユウリは突然立ち上がると、持ってきたボストンバッグをガサゴソと探っている。
 私はその姿を目で追う。
「あっぶなー。忘れるところだった」
 写真立てを二枚、窓際の部屋の隅に置く。

 一枚には三人の腰から上が映っている。私と、ユウリとミイコ。中心にはミイコが居て、美術コンクールのトロフィーを持っている。右にはユウリがいて、ミイコの肩を抱いている。左には私がいて、ミイコの右頬に人差し指を当てている。両脇二人は弾けるような笑顔をしていて、中央のミイコは恥ずかしそうにレンズを見上げている。今でもありありとその頃の記憶が蘇ってくる。
 もう一枚にはミイコが一人で映っていて、こちらのミイコはきりっとした横顔、伏せた眼、少し微笑む口元を携えていた。髪の毛は二つ結びにして肩から胸へと垂れている。
 この写真は、私が撮ったもので、写真コンクールで銀賞をとったのだ。
「写真立て、買ってくれたんだ」
「ん? あー、まあほら、いい写真だと思うからね。わたし芸術とか分かんねーけど」
 私は素直に嬉しくなって、口元が緩む。
 さっきから目元といい口元といい緩んでばかりだ。
 

 今日、久しぶりに三人が揃う。中学校を終えると私たちは別々の高校に進んだ。
 ユウリは陸上の強い高校へ、ミイコは美大に強い高校へ、私は何も考えず地元の高校へ。
 高校二年生になった私たちは、中学卒業以来、会っていなかった。だから、およそ一年半ぶりになる。
「あんたもミイコも肌真っ白だね」
 ミイコの写真と私を見て、それから自分の腕を見てからユウリはそう言った。
「私、外出てないからね」
「髪もボサボサじゃんか。華の高校二年生だってのに」
「あはは、美容院最後に行ったのいつだろ」
「前髪だけは自分で切ってんだ」
「あ、分かる? 実は昨日失敗しちゃって」
「んなもん見りゃ分かるでしょ」
 

 二人で話していると、空のオレンジ色はもう撤退していて、濃ゆい紺色が支配していた。
「ハナ、今日泊まれるんだっけ?」
「いや、今日帰らなきゃ」
「なんだよー、せっかく久しぶりなのに」
「引きこもりがいきなり家飛び出してきたわけだから、お母さん心配すると思って」
「それもそうか。突然の呼び出しだったしね」
 じゃあ、と言ってユウリは冷蔵庫からラムネを三本持ってきた。
 器用に三本の栓を開ける。ビー玉がコロンと落ちて水中で輝いている。
「ほい」
 私にラムネを渡すと、もう一本を手元に置いて、最後の一本を窓際の床に置いた。
「ミイコ、もう来てるかな」
「いくらあいつでも、もういるでしょ。空気読むの得意だったもん」
「ふふ、それもそうだ」
 

 私たちは持っているラムネを、床に置かれたラムネにコツンと当てて、
「乾杯」と言った。
 

 風が吹き、風鈴が応えるようにチリンと鳴った。

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