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彼女と彼女の逃避創作活動

憧れは人間にとってのガソリンらしい。何かに憧れる、誰かに憧れる。その意識は人間を動かすということを、なにかで読んだ。

私は、私が知らないことを知っている人に憧れる。そんなこと無数にあるので、憧れる対象が多すぎやしないか、とも思うけれど、案外そうでもない。

結局、自分に興味関心がありそうなものに対しての知見が深い人にしか、憧れの気持ちは持たない。

それは、生きるという行為についてもそう。


「人って案外簡単に死ぬものなのよ」とよく言っていた彼女は、本当に居なくなった。

居なくなったといっても、それは現実の世界の話ではなくて、電子の海から自分を消したということ。多分。深く潜れば、かつての難破船のごとく何かしらが残っているかもしれないけれど、私はどちらのダイビング方法も知らない。

だから、彼女は消えてしまった。


彼女は、自分で「わたし、生きるのが下手だから」と言っていた。「向いていない」とも溢していた。

集団活動に馴染めず、それなのに一人で生きていくことが困難で、それでも頭は良かったせいで、周りからは過剰な期待を受け、生活のリズムを掴むコツはいつまで経っても身につかず、身体は弱く、自身の様々なスイッチが見当たらない。

それでも彼女は、生きていくことには肯定的だった。「下手だから」、「向いていないから」と自分を絶つことは頭に思い浮かべなかった。


そして彼女は、逃避しつつも、どこかの枝をうまく手繰り寄せて生きていた。その枝は男でもあるし、友達でもあるし、創作でもあるし、薬でもあった。

それら全てを駆使してい生きていた。色々な要因が絡み合って、訪れては去り、訪れては去っていく。彼女は自分から追いかけることはしなかった。

少しずつ自分のもとに流れてくる枝を、少しだけ引っ張る。その行為しかしなかった。

クイっと引っ張ると、勝手にそれらが懐に飛び込んできた。そして大事そうに抱えていたそれは、巣立つ鳥のように彼女から去っていく。

数回抱かれれば男に捨てられ、その数回の間で他に友人関係を築いて、その友人たちにも捨てられたと思ったら、そのなかの一人に抱かれているような彼女は、日ごろ携帯で詩を創作していた。

文面から季節が感じられる、あのとき初めて文章を読んでそう感じた。

ときには湿度を持ち、ときにはカラっとしている。

金木犀の香りを鼻腔がキャッチした。脳が騙されている。

全ての音が溶け込む雪の街の音がする。「音がしない」という音がする。


彼女は、「ズルしているの」と言った。

「ズルしているけれど、これを書いているときが一番幸せ」とも言った。

「ズル」は、薬だ。

常用している市販薬のなかに、現実から解離できるものがあるらしい。そしてそれを大量服用して、知らない世界を記すのだ。

「深層心理なのかな」と言う彼女の深層には、とめどなく変わる四季が存在していて、その四季は色を持つこともあれば無色でもある。屋外なのか、屋内なのか。それすらも曖昧な彼女の世界は、だからこそ文面に落とし込まれると非現実的だった。

私は、それを「ズル」だとは思わなかった。


一番幸せな行為なのだ、それが彼女の。だから、それを否定する権利なんて誰も持っていない。心配する、というのも筋違いだ。リスクなんて承知で彼女は全てを描いている。記している。示してくれている。

決して明るい人ではなかったけれど、その文面は美しく彩られていて、内面に潜む様々なアレコレを曝け出す。

それが、彼女の生きる為の逃避創作活動。

それが、私の憧れる、彼女の生きる為の逃避創作活動。

今はもう読むことができなくなってしまったけれど、いつか電子の海にぷかりと浮かんできてくれれば、と、私は願う。

私は信じている。


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