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雑文ラジオポトフ

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今田の雑文です。
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#実話怪談

コアラ型ケーキを焼いて街へ出る

コアラ型ケーキを焼いて街へ出る

シリーズ・現代川柳と短文 054
(写真でラジオポトフ川柳142)

 加藤さんは動物園のコアラがしゃべるのを聞いたことがあるという。こどもの頃だ。動物園のコアラが、木につかまって眠っていたかと思うと突然目を開け、はっきりこちらを見て「眠い」と言った。当然まともに取り合ってくれる大人はおらず、当時入院していたおばあさんだけが話を聞いてくれた。そのころおばあさんはほとんど寝たきりの状態で、元気になっ

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新品の色紙にすでに書いてある

新品の色紙にすでに書いてある

シリーズ・現代川柳と短文 053
(写真でラジオポトフ川柳141)

 Sさんが文房具屋で色紙を買ったのは高校二年生の三月のこと。1年間お世話になった担任の教師に感謝の寄せ書きを贈るためだった。Sさんはクラス委員だった。まず1人目としてコメントを書こうと外装のフィルムを外すと、色紙の隅に「入院ファイト!」という文言がすでに書かれていた。印刷ではなく、あきらかに手書きだ。返品しようにも信じてもらえな

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雨降りはお試しコース含まれず

雨降りはお試しコース含まれず

 現代川柳と400字雑文 その100

 ラクロスの試合で知りあった安堂さんはどちらかといえば物持ちのいいほうで、ちょうどその時期使っていた傘も、3年ほど前に駅の売店で数百円で買った白いビニール傘をずっと使い続けているのだと言っていた。柄(え)に目印の赤いビニールテープが巻かれていたのをよく覚えている。ところがある日、その傘がコンビニの傘立てから盗まれてしまう事件が起きた。「事件だなんて、そんな大

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ゼラチンであろうが容赦しませんよ

ゼラチンであろうが容赦しませんよ

 現代川柳と400字雑文 その99

 予備校講師の関さんは暑い時期になるとよくゼリーを食べる。お気に入りの銘柄があり、ぶどう味とみかん味がとくに好きで、ひとり暮らしの冷蔵庫につねに常備しているという。十年ほど前、その銘柄のゼリーに製造段階で異物が混入したというニュースがあった。ごく小さい金属片らしかった。気になった関さんが冷蔵庫のそれらを確認すると、果たしてみかん味のひとつになにか黒い粒のような

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肉類の声を心の耳で聞く

肉類の声を心の耳で聞く

 現代川柳と400字雑文 その98

 料理の工程に、肉を叩いて薄く引き伸ばすというものがある。その日Iさんが訪れた居酒屋の厨房から聞こてきたのもおそらくその音だった。座っていた席からその様子は見えないが、どん、どん、と重い打撃音が10分以上続いていた。ひとつひとつ音の直後、なにかが小さく振動する音も聞こえる。なにかの肉を叩いて引き伸ばして成形し、フライかなにかにするのだろう。専用の器具があるのも

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暗くなるまで豚肉と待っていて

暗くなるまで豚肉と待っていて

 現代川柳と400字雑文 その97

 高橋さんの描いた豚の絵が県知事賞をとったのは小学3年生のときだった。図工の時間に学校のそばの豚小屋で描いたもので、小学生にしては立派な写実的タッチの作品だった。作品はコンクール入賞後の1年間ほど図工室の壁に貼られた。まるまる肥った豚2頭が左側を向いている。誇らしさと恥ずかしさの入り混じった妙な気持ちだったと高橋さんは言う。ある日、その豚の片方の額から赤い「角

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もちもちのマルチタスクになっていく

もちもちのマルチタスクになっていく

 現代川柳と400字雑文 その96

 十年ほど前、あるウェブサイトを作る際に付き合いのあった大橋さんから聞いた話。当時大橋さんは料理が趣味だった。自他ともに認めるのんびりした穏やかな性格だが、料理をするときはてきぱきと動き、一度に3、4品を並行して作ってしまう。「別人の自分になれるというか、まるで、自分を自分で操縦しているような、なんていうか、ふだんの自分とはちがう感覚になるんです」そしてそれが

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行ったことあるコンビニの走馬灯

行ったことあるコンビニの走馬灯

 現代川柳と400字雑文 その95

 石井さんはある時期、家の近くのコンビニに毎日通っていた。家から近いという理由のみで通っており、とくに愛着はなかったが、やがて店員に顔を覚えられ、石井さんがレジに行くと「こちらでいいですかね?」と、いつも買う黄色いパッケージのたばこが出てくるようになり、それがどこか気恥ずかしかったという。ある日、たまたまふだんとはちがう深夜の時間帯にその店を訪れると、いつもと

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白楽器 嘘から嘘へ陽が落ちる

白楽器 嘘から嘘へ陽が落ちる

 現代川柳と400字雑文 その94

 幼少期にすこしだけ習っていたおかげで小島さんはいまもバイオリンが弾ける。といっても腕前は小2の頃のまま、あるいはそれより後退しているらしい。いまでは、たまに思い立って押入れから取り出して弾き、そのたびなんとか「音の出し方」を思い出せるようになる、というレベル。その際に不思議なのは、前回弾いたあと、そのバイオリンを押入れの一段目にしまったか、二段目(天袋)にし

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みっしりと部屋いっぱいにぞうの影

みっしりと部屋いっぱいにぞうの影

 現代川柳と400字雑文 その93

 長谷川さんがまだ実家に住んでいたころの話。昼間、2階にある自室でテレビを見ていると、突然窓の外が暗くなった。雲が日光を遮った、といったレベルではなく、完全に夜の暗さ。反射的に外を見ると、窓一面を覆いつくすほどの巨大な岩のようなものがゆっりく横切っていき、すぐにまた昼間の明るさに戻った。すぐに窓を開けベランダに出てあたりを見回したが、見慣れた住宅街が広がるばか

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鳥の名を鳥に尋ねるかのような

鳥の名を鳥に尋ねるかのような

 現代川柳と400字雑文 その92

 S池は山崎さんの散歩コースの途中にある小さな池で、カモなどの野鳥がよく見られるらしい。といっても山崎さんは鳥に詳しくなく、たぶんカモだと思うんですが正確にはどうなんだろう、よく知らないんですよ、と笑う。ある日、池のほとりのベンチに大きな一眼レフカメラを構えた老人がいた。八十代ほどだろう。かたわらには杖が立てかけられている。レンズの向けられた先には例のカモらし

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気づかれぬようにだんだん石になる

気づかれぬようにだんだん石になる

 現代川柳と400字雑文 その91

 久保さんが小学校の5年生の頃、自治体が企画した、地域の児童を集めてキャンプのような合宿を行うイベントがあった。いくつかの校区にまたがって行われたもので、顔も知らないこどもたちと共に寝泊まりをするのに抵抗があったと久保さん(むろん久保さんだってこどもなのだが)は言う。よく覚えているのは、その顔も知らないこどものひとりであるA原くんというガキ大将的でやんちゃそう

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廃屋の中から匂い 豆カレー

廃屋の中から匂い 豆カレー

 現代川柳と400字雑文 その90

 橋本さんの高校時代の同級生であるUさんは「米が汚れているのが嫌」という理由でカレーライスを食べなかった。ふりかけもだめだったし、他人がおかずをほんの一瞬だけ白米の上に載せることすら嫌がっていたというから相当なものだ。変わったやつだと思いながら、これといって迷惑を被ることもなかったので、橋本さんは高校のあいだじゅうUさんと親しくしていた。大学進学を期に地元を離

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土器モデルチェンジそろそろだったはず

土器モデルチェンジそろそろだったはず

 現代川柳と400字雑文 その89

 大塚さんが地元の博物館で働きはじめて間もないころの話。朝、オープン前にそれぞれの展示物の確認をしていると、ある展示ケースの「内側」に数名のこどもが入り込んでいた。地元で出土した土器の展示ケースだった。ぎょっとして思わず声を漏らすと、こどもらは同時に大塚さんのほうを見て、わしゃしゃしゃしゃと、やはり全員同時によくわからなき甲高い奇声を発し、なんの前触れもなく、

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