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気づかれぬようにだんだん石になる

 現代川柳と400字雑文 その91

 久保さんが小学校の5年生の頃、自治体が企画した、地域の児童を集めてキャンプのような合宿を行うイベントがあった。いくつかの校区にまたがって行われたもので、顔も知らないこどもたちと共に寝泊まりをするのに抵抗があったと久保さん(むろん久保さんだってこどもなのだが)は言う。よく覚えているのは、その顔も知らないこどものひとりであるA原くんというガキ大将的でやんちゃそうな男の子が、夕食どきに「おいー、なんだよこれよー」と大きな声をあげたことだ。キャンプには各自生米を持ってくることになっており、それを飯ごうで炊いてカレーライスを作る段取りになっていた。しかしA原くんが手にしている小さなポリ袋には、なぜか灰色の石がぎゅうぎゅうに詰まっていた。それを目の高さでぶらぶらさせているA原くんの恥ずかしそうな顔で、悪ふざけではなさそうなのがなんとなわかった。A原くんは「ばあちゃんに米入れといてって言ったのによおー、ふざけんなよー」と、しきりに言っている。ひょっとするとA原くんが米を持ってくるのを忘れてそれをごまかそうとしているのだろうかとも思ったが、いま考えるとべつにポリ袋に石が詰まってたからってなにもごまかせてないですよね、と久保さんはなぜか恥ずかしそうに笑った。

 この話を聞いたのは平日の都心の昼の公園で、久保さんは移動販売のキッチンカーで買った弁当を手にしていた。食べながらでもけっこうですよ、と言うと、久保さんは弁当の包み紙を破り、「えー、なんだよこれー、重いと思ったんだよなー」とまた恥ずかしそうに笑った。透明のプラスチックのフタが日光を反射してよく見えなかったが、弁当のごはんエリアに灰色の石のようなものがぎゅうぎゅうに詰まっているように見えた。

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