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雨降りはお試しコース含まれず

 現代川柳と400字雑文 その100

 ラクロスの試合で知りあった安堂さんはどちらかといえば物持ちのいいほうで、ちょうどその時期使っていた傘も、3年ほど前に駅の売店で数百円で買った白いビニール傘をずっと使い続けているのだと言っていた。柄(え)に目印の赤いビニールテープが巻かれていたのをよく覚えている。ところがある日、その傘がコンビニの傘立てから盗まれてしまう事件が起きた。「事件だなんて、そんな大それたものじゃないですよ、ただ………」ところどころ話しにくそうにしながら安堂さんが話してくれたことをまとめると、まずその日、買い物を済ませた安堂さんがコンビニを出るときに自分の傘を探して傘立てを見ると、傘立てに刺さっていたすべての傘が《白い柄に赤いビニールテープを巻いたビニール傘》だったのだという。10本弱ある傘のすべてがそれなので、さすがにすこしぎょっとした。と同時に、安堂さんはなぜか「その中に自分の傘は無い」と直感したそうだ。ふと目の前の交差点を見ると、スカートを履いた髪の長い女性が、白い柄に赤いビニールテープを巻いた傘を差し、横断歩道を渡り終えて向こうの道を歩いている。間違いなく自分の傘だったがそれを証明するすべはない。まあいいか数百円のビニール傘だし、と、揉め事になるのを避け、安堂さんは雨の中を傘も差さず小走りで帰宅した。雨はひと晩じゅう降り続け、朝方になってようやく勢いが弱まった。安堂さんが出勤の支度をしていると、早朝だというのにインターホンが鳴った。カメラで玄関先を見ると、帽子を深く被った髪の長い人物が顔を伏せて立っている。どちら様ですか、とインターホン越しに尋ねても返事がない。ご用件は、と尋ねるとその人物はやっと顔を上げ、それを見た安堂さんは面食らった。ちょうど両目をふさぐように、その人物の顔に、赤いビニールテープが何重にもぐるぐるに巻きついていたのだ。安堂さんが息を呑んでいるうちにその人物は無言で立ち去った。30分ほど経ち、おそるおそる玄関のドアを開けようとしたが、なにかが引っかかっているようでうまく開かない。力まかせに開けるとばりりりと、なにかがはがれる感触があった。「どうも外からドアが目張りされていたみたいなんですよ」と安堂さん。その際に撮ったというスマホの写真を見せてもらうと、たしかに安堂さんの住むマンションの部屋の玄関のドアのまわりに赤いビニールテープの残骸がびっしり貼りついていた。気になったのは、すこしだけ開いたドアの隙間から、つまり、安堂さんの部屋の《中》から、頭に赤いビニールテープをぐるぐるに巻いた人物が、こちらを《見て》いたことだが、思わず目をそらし、もう一度写真を見るとそんな人物はいなかった。

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