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雑文ラジオポトフ

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2022年12月の記事一覧

ねぎとろと訳した森が燃えていく

ねぎとろと訳した森が燃えていく

 現代川柳と400字雑文 その81

 教員のHさんが幼いころの話。なにかの祝い事で親戚の家を訪れ、そこで寿司桶に入った出前の握り寿司をご馳走になった。ぎょっとしたのは、桶びっしりにねぎとろの軍艦巻きが入っていたことだ。ねぎとろはHさんの好物だった。にこにこと見守る親戚たちの前でHさんが桶の半分ほどを食べると、すぐにべつの寿司桶が出てきた。奇妙なことに、その桶にはなにも入っておらず、しかし桶の縁に

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はちのみつうまくいかないこともある

はちのみつうまくいかないこともある

 現代川柳と400字雑文 その80

 俗に、はちみつはのどにいいとされる。わたしが脚本と演出を務めた舞台公演の楽屋に、大きなボトルのはちみつが置かれていたことがあった。絶叫に近い発声が多くあった作品で、のどのケアが必要と考えた誰かが用意したのだろう。やがて、ボトルを掲げて口を開け、のどにはちみつを直接流しこむ者たちが現れた。Uさんもそのひとりだった。Uさんは演出の指示に全力で応えようとしてくれる

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ゆるキャラの中で時計の音がする

ゆるキャラの中で時計の音がする

 現代川柳と400字雑文 その79

 ハローキティはゆるくはない。が、いわゆる「ご当地キティ」はどうか。いまもあるのかわからないが、かつて見た屋久島のご当地キティは、屋久杉に包まれたキティがまぶたを閉じているという、どこか植物の反乱を思わせるデザインだった。ゆるさとは真逆のアプローチにも思えるが、そうしたデザインがひょいと商品化されること自体になにかしらゆるさを感じる。鹿児島県には屋久杉キティの

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スラッシャー映画のロケ地弓道場

スラッシャー映画のロケ地弓道場

 現代川柳と400字雑文 その78

 慣れ親しんだジャンル映画は落ちついて観ることができる。本来ハラハラさせるのが主目的のはずのスラッシャー映画も、ハラハラさせてくれるのがわかっているからハラハラせずに落ちついて観ることができる。ハラハラせずにハラハラを観て楽しいのか。楽しい。というか安らぎの感覚に近い。これは矛盾した欲求ではない。「難解な映画が好き」という知人にその真意を訊くと、映画を観て過度

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ひとつぶのお米が街にやってきた

ひとつぶのお米が街にやってきた

 現代川柳と400字雑文 その76

 過去の自分に勇気づけられることがある。もう20年ちかく前、いまも付き合いのある大学時代の後輩のセーターの袖口に、柿の種が付いていたことがあった(ちょうど柿の種にハマってた時期だったらしい)。それを指摘したわたしは、顔を赤らめる後輩にこう言ったという。「いや、好きならいいと思うよ」なんだそれは。おもしろいじゃん。かつて書いた作品(脚本)を読み返し、まあ悪くない

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これからのことを切り絵で示される

これからのことを切り絵で示される

 現代川柳と400字雑文 その75

 歌は伝達手段のひとつだ。大事なことを歌詞にして、メロディに乗せて伝える。愛は大事。友情も大事。もちろん戦争は良くない。しかし落ちついて考えると、歌にする時間があるならさっさと口で言ってしまったほうが確実なのではないか。いや、それだとロスが大きいのかもしれない。つまり伝達内容が「心に刺さらない」と。加えて、歌は内容を不特定多数に同時に伝えるのも得意だ。すこし前

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夢のなかDIYが終わらない

夢のなかDIYが終わらない

 現代川柳と400字雑文 その74

 厳密に言えばDIYは日曜大工のみを指す言葉ではない。むろん厳密に言ってどうなるということもない。自主的、自己的、自作的。よし、それらの概念をざっくりひっくるめて Do It Yourself ということにしようよ〜。どこかの段階でだれかがなんとなくそう決めた。その決定プロセスにはあなたも関わっていると思う。いや、厳密に言えば決定すらしておらず、「いつのまにか

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ケルベロス相談できる人がいて

ケルベロス相談できる人がいて

 現代川柳と400字雑文 その77

 3つの頭を持つ「地獄の番犬」ケルベロス。キャッチフレーズはおどろおどろしいが、3つの頭が交代に眠って残りの2つが見張りをするらしく、想像するとかわいらしいとすら思えてくる。よし、ここはいっそ「寝るの大好き!」ケルベロスにしてはどうか。あるいは「3頭なかよし!」ケルベロス、とか。もはや相手を威嚇したり、恐怖心を利用してコントロールするような時代でもない。それに

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もうくまにあえないつらいくまいない

もうくまにあえないつらいくまいない

 現代川柳と400字雑文 その73

 処方せん薬局。ちがうのはわかっているが、どうしても「処方しない薬」の意味に読んでしまう。処方箋。たしかになじみのない字だ。ほかにもニュース等においてひらがなにひらかれがちな漢字は多くあり、いずれもふだんはほとんど見かけることのない字である。だ捕(拿捕)、警ら(警邏)、猛きん類(猛禽類)………あと、割ぽう(割烹)というのもある気がするが、これは割烹料理店が店名

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ダイイングメッセージでのマヨビーム

ダイイングメッセージでのマヨビーム

 現代川柳と400字雑文 その72

 幼いころはマヨネーズが苦手だった。酢の酸味がだめで、酢の物など直接的なものはいまもかなりだめだ。マヨネーズはかなり克服できた。克服? 正確には「どうでもよくなった」というのが近い気がする。ときに人は苦手な食べ物が食べられるようになることを「克服」と言いがちだが、それはたんに感覚の鈍磨が引き起こした現象とは考えられないだろうか。だとすれば、克服どころか「衰退」

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自治会に行ってくるよと霧になる

自治会に行ってくるよと霧になる

 現代川柳と400字雑文 その66

 失踪して行方不明になることを「蒸発する」と言うのは言い得て妙だ。たしかに人間は水分でできているから蒸発することもあるだろう。つまり気化である。気体として大気中に広がり、これまで見慣れた人間としての姿ではなくなる。しかし物理的にはそこにいるのだ。ただ、その後ふとした拍子にまたもとの形をとってあらわれることを「凝縮する」とは言わない。言えばいいのに。「ほら、3年

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ゴミの日に生まれてゴミの日に眠る

ゴミの日に生まれてゴミの日に眠る

 現代川柳と400字雑文 その71

 何年か前の引っ越しの際、舞台で使った小道具や衣装をまとめて廃棄した。その中に血まみれの白いシャツがあった。もちろん偽物の血、血糊というやつだ。たぶん腹を刺されたか撃たれたかしたという設定だったんだと思う。半透明のゴミ袋にシャツを入れると一気に不穏になった。うっすら透けて見える真っ赤な血の色、がすこし酸化した、茶色がかったリアルな赤色。事件だ。すくなくとも事件

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妖精は酢のすがたして豚と会う

妖精は酢のすがたして豚と会う

 現代川柳と400字雑文 その70

 むろん妖精などいない。20世紀初頭のイギリスでは本物の妖精が写ったとされる写真が話題になったが、「本物の妖精」という表現が逆に嘘であることの証明のように聞こえてしまい、やはり妖精は実在しないということで意見がまとまった。それから100年近く経ち、場所は日本、岡山で、ひとりの川柳作家が句を作った。《妖精は酢豚に似ているぜったい似ている/石田柊馬》いい。現代川柳

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誰しもが通常通り奇跡的

誰しもが通常通り奇跡的

 現代川柳と400字雑文 その69

 奇跡も奇跡でないことも、それが起こる確率は同じだからよくわからない。奇跡とはいったいなんのことを指すのか。たとえば、上京して数年になる兄がある日ディズニーランドに行き、そこで同じく上京して数年の弟と鉢合わせになることは奇跡と呼べるだろうか。むろん、それぞれに生活している兄と弟だ。これは、実際わたしの身に起こったことである。このとき、鉢合わせに「ならない」確率

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