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震える心、揺れる心

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心を動かすことはできないかもしれないけれど、震えさせたり、揺れさせたりできるのなら、僕はそれをしよう
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#小説

うそつきの来訪

うそつきの来訪

 今宵もまた、あの大うそつきがやって来た。
 妻も子供たちも今日は出かけて帰ってこない。
 時計は夜の10時をだいぶ回った頃だった。
 かって知ったる他人の家。
 奴はずうずうしくもいきなり部屋に上がりこみ、酒を飲むぞと座り込む。

「奇遇だな。ちょうど今、焼酎を開けたところだ」
 封を開けたばかりの安い焼酎。それをお湯割で飲むのがあいつの流儀だ。季節が冬だろうと夏だろうと関係ない。

 僕は少し

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アンチテーゼ 本気で人を好きになってはいけない

アンチテーゼ 本気で人を好きになってはいけない

誰かのことが好きで好きでしかたがなくて・・・

と、そんな心持のときというのは、果たして楽しいのかどうか
その思いを抱えて寝る夜は何かに満たされたような気分になるのか

うーん
”焦がれる”と言う言葉を、僕は好んで使うのだけれども、好きと言う気持ちがまったく疑いようのない心の赴きであるときに、その思いは身を焦がすような激しい物であるというか、つまりは苦しいのです

気になって、気になってしかたがな

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彼女は傘をささない

彼女は傘をささない

 あなたに触れたいと思う気持ちを、僕は見つめている
 それを罪であると言い捨てるのはとても簡単だ
 罪を認めても、償うことを前提に、僕はあなたを見つめている

 それは悪なのかもしれない
 正しい選択が真理へと続くのなら
 この先に僕を待ち受けているのは嘘で固められた暗黒の塔なのかもしれない
 僕はらせん状にどこまでも続く階段を上り続け
 そして結末はどこにたどり着くこともなく、地面に落ちてしまう

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籠の中の加護

 登戸襲撃事件の第一報を聞いたときに、なんとなく犯人像というか、彼の闇が見えました。その時のFBに僕はこんなことを書いています

2019/5/28 10:20 FBより
登戸の事件は、その意味ではもっとも忌むべき凶事
親なら自分がどれだけ傷つけられようが子供は守りたい
人を傷つけるってことは、命と言う創造物に対する最大の侮辱

そしてそのようなことが行われるたびに思う事
傷つける側はきっと日常ず

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春の悪戯⑤~みだれ髪

春の悪戯⑤~みだれ髪

みだれ髪それは春の悪戯だったのかもしれない
何より大事にしていたものを奪われたり、何よりも大事にしていた人に嘘をつかれたり
あなたのことを誰よりも愛している
だからわたしはあなたを取り戻すの
だからわたしはあたの嘘を正すの
ただそれだけのことよ

わたしはあなたのいなくなった部屋に一人でいることはできない
今までこんなことはなかったわ
あなたが家を出てもあなたはここにいたのよ
ここはあなたの家、そ

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春の悪戯③~蜘蛛の糸

春の悪戯③~蜘蛛の糸

蜘蛛の糸春めいてきたと思ったら急に雪が降ってくる
この街はいつもそうだ
季節は移ろい、人の心もまた移ろいやすい
春は特にそうなのかもしれない
いや、そうでないのかもしれない

妻に隠し事の一つや二つはある
妻にそういうことがあるのかどうかはわからない
あってもいいし、なくてもいい
僕は妻を愛している
そこに偽りがあったことは一度もない

言の葉に載せてしまっては、それは正しく相手に伝わらない
愛し

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スタミナバナナ

スタミナバナナ

 今、私が抱えている問題はこれまでになく深刻なものだった。

 その深刻さをお伝えするのに、私は労を一切惜しまないし、また、そうしなければ、この難題について、多くの人の理解を得ることはできないだろう。

 問題の解決に当たり、私は臨機応変に対応することが求められる。そして高度な柔軟性を維持し、その都度対応しなければならないのである。
 それらを鑑み、問題提起を差せてもらえば、"女と言うのはかくも面

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うめくこたつ

うめくこたつ

 誰もいない――つまり僕しかいない部屋の中で、こたつの中から人らしきうめき声が聞こえてくるというだけで、これはもう、ミステリーというよりはホラーである。

 ホラーは困る。だから僕は謎を解くことにしたのだが、まずは身の安全を図るべきだろう。
 速やかに部屋を出るか――冬のこの寒空に行く当てもない。誰かに助けを求めるか――まさか、こたつからうめき声が聞こえるからと、そんな理由で呼び出せるような知人友

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オン・ザ・ロック

オン・ザ・ロック

※こちらをお読みになる前に『mizuwari』を読んでいただけると、より楽しんでいただけます。

「いらっしゃい」

 懐かしい声が、僕を迎えてくれた。

「どうも、ご無沙汰しています」

 カウンターの席に座る。マスターはグラスを拭きながら温かく、そしてさりげなく迎え入れてくれた。

「どうも、お久しぶりですね」

 忘れられているとは思わなかったけど、不安がなかったかといえば、嘘になる。

 

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少年と金魚

少年と金魚

 その少年と出会ったのは、小雨の降る夕方の公園だった。

「ボク、ひとりかい?」

 そう声をかけるまでの間、私はタバコを1本吸い、自動販売機で缶コーヒーを買って飲み干し、パンパンになった携帯灰皿に吸殻を押し込んでからのことだった。

「うん」

 6月。長梅雨の真っ只中。天気予報を見る気にもなれない。

「こんな雨の中で、何をしてるんだい?」

 小学校に上がったかあがっていないかくらいの男の子

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