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彼女は傘をささない

 あなたに触れたいと思う気持ちを、僕は見つめている
 それを罪であると言い捨てるのはとても簡単だ
 罪を認めても、償うことを前提に、僕はあなたを見つめている

 それは悪なのかもしれない
 正しい選択が真理へと続くのなら
 この先に僕を待ち受けているのは嘘で固められた暗黒の塔なのかもしれない
 僕はらせん状にどこまでも続く階段を上り続け
 そして結末はどこにたどり着くこともなく、地面に落ちてしまうのだろう

 わかっていても、歩みを止め、引き返すことのできないこの想いは
 いつか僕を傷つけ、人を傷つけ、最後にあなたを傷つけてしまうのだろう

 それでもいい

 あなたに触れたいという僕の心は、どうしようもなく乾いてしまっているのだから
 砂漠で見つけた一滴の水が、誰かのものであろうとも
 何をためらう必要があるのか
 力づくで僕は自分の欲求に従い、求める物を得ようとする

 でも、僕は知っている

 僕の手があなたに触れることが決してないことを
 なぜなら僕の両腕はもう、どこにも伸ばすことができない
 なぜなら僕の両足はもう、どこにも運ぶことができない

 砂漠の砂に埋もれ
 喉の渇きを感じながら
 僕は、あなたに触れたいという気持ちを見つめている

 あなたは傘もささずに、この街をさまようのだろう
 いつか誰かが、あなたに傘を差し出すのかもしれない
 冷たい風が吹き付け、砂粒が僕の頬を叩く
 この風はあなたのいる街から、はるかこの地まで吹き付けているのだろう

 あなたの香りが狂おうしい
 あの日の感触が波紋のように僕の心の闇に広がっていく
 知らなければよかったぬくもりは、鋭利な刃物より、僕の心を傷つける
 あなたに出会ったこの街で
 コンクリートに打ち付けられた鉄杭のように
 僕は冷たい闇に閉じこもる

 壊せばいい

 何もかも壊してしまえばいい

 はたしてあなたは、僕の心の欠片を拾い上げてくれるだろうか
 はたして僕は、砕け散ってもなお、あなたに触れられることを望むのだろうか

 また朝が来る
 今日も外は雨
 それでもあなたは、傘をささずに、僕の知らないどこかに出かけていく

 僕の傘は、あなたには届かない
 ただ、それだけが、悲しい


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