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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#小説

『何かがいる』

『何かがいる』

何かがいる。
そんな気配を感じることは、別に珍しいことではないだろう。
誰でも、深夜ひとりで机に向かっている時などに、背後に何かを感じることはあると聞く。
心理学的に何と呼ぶのかはわからないが、少なくとも、心霊現象などではない。
そもそも、私はそんなものは信じてはいない。
戦場ジャーナリストとして名の通っている私が、幽霊などと言い出せば商売にならない。
日本人の誰よりも、自衛隊の隊員よりも、捜査一

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小説 :『チョコレート』

小説 :『チョコレート』

最後にキャッチャーフライを打ち上げると、シートノックは終わりだ。
俺は監督が集まった選手に話をしているのを少し離れて聞いている。
冬の間はほとんどボールを持つことがない。
走り込みや筋力トレーニングで体を作る。
ボールを持つとしてもせいぜいキャッチボール程度だ。
2月に入ってから少しずつボールを使うようになってきた。
シートノックやバッティング練習。
投手の本格的な投げ込みも始まっている。
選抜出

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『未来から来た嫌なやつ』

『未来から来た嫌なやつ』

そもそも僕は人生に絶望していた。
ほとほと生きるのが嫌になっていた。
こんなことを言うともう長年この世界にいるように思われるかもしれないけど、まだ17年しか生きていない。
何を生意気なことをと言われるかもしれない。
でも、絶望するのに年齢制限なんかないはずだ。
そんなことを言うのなら、もっとマシな人生を用意してくれてもよかったんじゃないのか。

高校受験には失敗して、第3志望の学校に通っている。

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『世界の終わりの朝食』

『世界の終わりの朝食』

突然、ヘッドライトが暗闇に飲み込まれた。
急ブレーキを踏む。
道はそこで終わりだった。
その遥か向こうで月明かりに光る波頭が、その下は海であることを示している。
「ふー、ここまでか」
俺は、ヘッドライトを消し、ギアをパーキングに入れた。
シートに体を預けると、自然に小さなため息が漏れる。
「ほい」
助手席から煙草が差し出された。
「持ってたのかよ」
「うん、死ぬ前には、もう一度吸ってからと思ってね

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『漂流する家』

『漂流する家』

明かりを消して、ベッドに横になる。
目が少しずつ暗闇に慣れて、天井が浮かび出てくる。
不規則な模様。
じっと眺めていると、それらが結び合わさって何かに見えてくる。
多いのは、人の顔だ。
誰の顔ということはない。
単純に、目と鼻と口。
時には、動物であったり、見たこともない化け物のようだったりする。
こんな現象に名前があったはずだ。
明日にでも調べてみよう。
これは、心理学の分野だろうか。
ドアの外

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『捨てられた世界の果てに』

『捨てられた世界の果てに』

どうして歴史なんか学ばなければならないのですか。
そう食ってかかってきたのは、F君だ。
夏休み前の最後の授業で、宿題を出した。
世界史に関すると思うものについてレポートを書きなさい。
ただし、原稿用紙にして、10枚以上。
資料、図等は枚数に含みます。
かなりサービスしたつもりだ。
世界史に関するものなど、逆に関係しないものを探すのが難しい。
夏休みの家族旅行だって、こじつけることが可能だ。
それに

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『ついてないぜ』

『ついてないぜ』

俺の人生はつくづくついていない。
父親は、俺が生まれてすぐに女を作ってどこかに逃げたらしい。
だから、俺は父親を知らずに育った。
まあ、そんな奴は世の中にいくらでもいるが。
母親に育てられた俺は、小学校までは真面目にやっていた。
つまり、口数は少なく、授業中は適当に手を上げて、テストでは80点くらいをキープして。
しかし、友人は1人もいなかった。
鍵っ子の俺は、当時そんな奴らが集まるクラスに、放課

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『故郷を見上げて』

『故郷を見上げて』

その男は突然話しかけてきた。
「僕、あそこに帰りたいんです」

年齢は同じ30代半ばあたり。
同じようにスーツを着ている。
一見、普通のサラリーマンだ。
昼休み、公園のベンチでサンドイッチを食べ終わった頃に隣に腰掛けてきた。
そして、突然話しかけてきたのだ。
「僕、あそこに帰りたいんです」
その男は空を指差して、もう一度言った。

ここは関わらない方がいい。
席を立とうとした。
「思い出したんです

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『瓦礫の中のアルバム』

『瓦礫の中のアルバム』

僕たち軍人は国を守るのが務めだ。
国と国民を敵国から何があっても守り抜く。
もちろん、戦いは先手必勝だ。
我が国を侵略しようという国があれば、迷わず攻撃に出る。
相手よりもどれだけ早く動けるか。
それが戦況を大きく左右する。
狙うのは軍事施設だ。
僕たちが戦うのは敵兵であって、その国の国民ではない。
その戦いも、そのような命令のもと始まった。
もちろん、僕たち志願したての兵隊にはどこが軍事施設かな

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『卒業写真』

『卒業写真』

私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミン、荒井由美、結婚して松任谷由美。
最近では、アイススケートの羽生結弦の演技で話題になったあのユーミンだ。
とにかく私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミンの歌を聴きながら、思ったものだ。
ユーミンみたいに恋したい。
私もそんなひとりだった。

だから、まずは頑張って彼を作った。
背が高くて、痩せ型で、少し内気な彼を。
そしてユーミ

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『戦場に降るもの』

戦いはいつ果てるともしれなかった。
ある時は、果敢に攻め込み、動くもの全てを殺戮した。
またある時は、一目散に退却し地下壕の奥深く身を潜めた。
炎と煙で空は覆われた。

銃弾が耳を掠める。
目の前で地雷が爆発する。
散弾銃を打ちまくり、ロケット弾を発射する。
眠れない夜が続く。
打っても打っても、銃弾は補給された。
銃弾は守るべき故郷から運ばれてきた。

戦況は一進一退を繰り返し、こう着状態に陥っ

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『青い傘』

『青い傘』

向こう側をご覧なさい。
若い男女が欄干に腕をのせて、川面を見下ろしています。
2人の後ろを大勢の人が行き過ぎます。
誰も、彼らを気に止めようともしません。
各々の目的地に急いでいます。
曇り空、今にも降り出しそうな天気ですから。
そんな中で、彼らだけが、小さな淀みのように動きません。
後ろ姿から見ると、歳のころは、20台半ば、あるいはもう少し上かもしれません。
川面を見つめながら話をする2人。

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『惨劇の夜』

『惨劇の夜』

玄関を入ってすぐの、娘の部屋のドアは閉まったままだ。
着替えて、妻と2人の夕食をとる。
「今日もか」
「ええ、今日もよ」
そんな会話が毎日繰り返されている。
食事を終えると、2人で娘の部屋の前に立つ。
ドアをノックするが返事はない。
部屋の中からは、微かに音楽が聞こえてくる。
娘の名前を呼ぶが、返事はない。
妻の呼びかけにも返事はない。
数回繰り返すが、変わりはない。
あきらめて、リビングに引き返

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『結婚詐欺師』

『結婚詐欺師』

俺のことを人は結婚詐欺師と呼ぶ。
しかし、俺は騙したりはしない。

俺は、愛しているなどとは決して口にしない。
詐欺師じゃないから、嘘はつかない。
愛されるのはいつも俺だ。
金品を要求したこともない。
愛した男が困っていると助けてあげたい。
世の中には、そんな母性溢れる女性が多いというだけのことだ。

俺を愛する女性は、裕福な女性が多かった。
信用してはもらえないだろうが、たまたまだ。
なぜ裕福な

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