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『卒業写真』

私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミン、荒井由美、結婚して松任谷由美。
最近では、アイススケートの羽生結弦の演技で話題になったあのユーミンだ。
とにかく私たちの頃は、みんなユーミンが大好きだった。
ユーミンの歌を聴きながら、思ったものだ。
ユーミンみたいに恋したい。
私もそんなひとりだった。

だから、まずは頑張って彼を作った。
背が高くて、痩せ型で、少し内気な彼を。
そしてユーミンのような恋を始めた。
彼が私のバスルームに来ることはないので、手紙を姉のルージュで書いたりした。
マクドナルドの紙ナプキンに「忘れないで」とサインペンで書いたりした。
三浦岬は見えなかったけど、文字はしっかり滲んでくれた。
夏でも冬でも、やたら埠頭に行ったり、海岸を歩いたりした。

ユーミンのように恋をした私は、やがて考え始めた。
これは、ユーミンのように別れなければ。
ユーミンのファンとしては、そうあるべきだ。
ちょうど卒業が間近に迫っていた。
彼と私は、別々の大学に進学が決まっていた。
私は彼に別れを告げた。

私は、卒業アルバムの彼を時々眺めた。
彼はいつだって優しい目をしていた。
2人で歩いた通学路を、電車の窓から眺めた。
柳ではなく、桜並木の通学路。何も語りはしなかったけれども。
そこまではよかった。

久しぶりに町で見かけた時は何も言えない。
筈だった。
変わっていく私を、彼は遠くで叱ってくれる。
筈だった。
あの頃の生き方を彼が忘れないように、私は願う。
筈だった。
彼は、私の青春そのものになる。
筈だった。

彼と久しぶりに会った時、私は話しが止まらなかった。
変わっていく私を、彼は目の前で叱った。
あの頃の生き方は変わっていった。彼も、私も。
彼は、私の人生そのものになってしまった。
結局、私の恋はユーミンのようにはいかなかった。
皮の表紙を開くと、今では結婚写真がある。

今年も、卒業生たちがアルバムを抱えて歩いていく。
手をつないだ私たちは、少し横によけて彼らを見送っている。
彼らには、彼らの新しい歌と新しい恋があるのだろう。

悲しいことがあると 開く皮の表紙
卒業写真のあの人は やさしい目をしてる

町でみかけたとき 何も言えなかった
卒業写真の面影が そのままだったから

人ごみに流されて 変わってゆく私を
あなたはときどき 遠くでしかって

話しかけるように ゆれる柳の下を
通った道さえ今はもう 電車から見るだけ

あの頃の生き方を あなたは忘れないで
あなたは私の 青春そのもの

人ごみに流されて 変わってゆく私を
あなたはときどき 遠くでしかって
あなたは私の 青春そのもの

「卒業写真」荒井由美

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