『ついてないぜ』
俺の人生はつくづくついていない。
父親は、俺が生まれてすぐに女を作ってどこかに逃げたらしい。
だから、俺は父親を知らずに育った。
まあ、そんな奴は世の中にいくらでもいるが。
母親に育てられた俺は、小学校までは真面目にやっていた。
つまり、口数は少なく、授業中は適当に手を上げて、テストでは80点くらいをキープして。
しかし、友人は1人もいなかった。
鍵っ子の俺は、当時そんな奴らが集まるクラスに、放課後放り込まれていた。
中学に入って、母親が再婚した。
その相手が、これまた最低な奴だった。
もともとの父親も最低な奴だが、どうして女っていうのは、こうも同じような男に引っかかるのか。
そいつは毎日、俺をぶん殴った。
俺を殴りながら、母親とまぐわう、相当遺伝子がいかれたおっさんだった。
俺は、グレた。
当然だろう。これでグレない奴がいたら、スカイツリーの先っぽを俺のケツに突き刺してもいいさ。
それでも、何とか公立高校に合格した。
元々、俺は馬鹿じゃないんだ。
合格発表の日、家に帰ると、母親と男は、少ない家財道具もろとも消えていた。
冗談じゃない。
俺は、バイクで探し回った。
盗んだバイクじゃないぜ。
先輩に借りたバイクだ。
2人はどうでもいいが、金だけは置いていってもらわないと困る。
ついてないぜ。
結局、俺は友人の父親がやっている小さな会社で働くことになった。
毎日、どこかから届く部品を、行き先ごとに棚に並べる、簡単な仕事だった。
簡単すぎて、1年も続かなかった。
それから、転々とした。
世の中の底辺をしっかり支えてやったさ。
でもな、それには人生は長すぎた。
つまり、落ち着きたくなったってわけだ。
俺は、初めてスーツを着る仕事についた。
営業って奴だ。
なんの営業かは言えない。
言ってしまうと、会社名までわかったしまうからな。
俺は、毎日真面目に歩き続けた。
一軒一軒、ピンポンを押しながら。
そして、間もなく半年になろうかという頃、やっと契約が取れた。
柄にもなく、嬉しかったさ。
これで、今月の給料はガッポリだ。
しかし、給料日を前にして、会社は倒産した。
ついてないぜ。
退職金がわりに、わずかばかりの金が配られた。
俺は、それで飲みに出た。
それくらいしか使い道のない金額だったのさ。
さんざん、飲んで店を出ると、土砂降りの雨だった。
ついてないぜ。
これも俺らしいと、あきらめて雨の中を歩き出した。
肩をすぼめて歩いていると、どこからか女の声が聞こえてくるじゃないか。
それを覆い隠すように男の怒鳴り声も響いてきた。
声は狭い路地の奥からだった。
小さな庇の下で、男が女を押さえつけている。
俺が近づいて行っても、雨の音で2人は気づかない。
女は、泣いていた。
おお、俺好みの女だ。
それまで、俺は母親の影響か、恋をしたことがなかった。
だが、この時、初めて恋というものを感じたんだ。
キュンというやつだ。
ついてるじゃないか。
俺は、男の襟首をつかんだ。
男が振り向くと、俺は笑わずににいられなかった。
ようやく、俺の人生にもつきが回ってきたようだぜ。
なあ、あんた、あんたのおかげだよ。
そう思ったんだ。
その時にはな…
…時刻は深夜の2時をまわったところ。
さっきから枕元で携帯が鳴っている。
画面を見なくてもわかっている。
あの女からだ。
いつまでも鳴りやまない。
覚悟を決めて、電話に出る。
何時だと思ってるんだよ。
何、何だって?
欲しい? 何が?
馬鹿な。そんな金ないさ
今から?
行けるわけないだろ、明日仕事なんだぜ。
もう、いいって言ったって…仕事だって…
電話が切れた。
少し考えてかけ直す。
もう、留守電だ。あのやろう。
別の男にかけてやがる。
そんなはずはないが、心配になるじゃないか。
俺は、慌てて着替えると、財布と携帯をつかんだ。
ため息が出る。
つくづく、ついてないぜ。
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