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記事一覧

【小説】水のない海岸

【小説】水のない海岸

九州の片田舎の無人駅は、街と街を繋ぐ幹線道路沿いにあった。
道路にはたくさんの車が団子のように列をなしていて、どれもが異なる地名のナンバー・プレートを提げていた。運転手は誰もが退屈そうな顔をしている。

私は「ボーイスカウト・ろっかく化石発掘隊」と書かれたプラスチックの札を首にかけた小学生の間を縫って、車両の先頭にいる車掌に切符を見せた。無人駅ではこうやって降りるのが通例であるようだ。

当駅での

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【短編】マヨナカ・ランドリー

【短編】マヨナカ・ランドリー

熱い夜だ。こんな日は、誰も格好つける余裕などない。どのクラブにいる女も男も、シャツの背中に卵型の汗ジミを作ることに精進している。

私も「PLAY!」のハートが胸に入ったポロシャツに汗を吸わせながら、乾燥機が終わるのを待っていた。環七沿いの古いコインランドリーには、イケアの青いバッグがあちこちに引っ掛かっている。都市生活者の汗と汚れが、この場所に集約しているのだ。
スマートフォンの画面右上、時刻は

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ある子ども 01-05

ある子ども 01-05


01

木曜日の夕方、部屋に続く階段を昇る音が聞こえた。

私は鉢植えに水をやっているところだった。足音の主が大家だということはすぐに分かった。やけに乾いたサンダルの音が聞こえたからだ。私はジョウロを床に置いた。
ベルが鳴ってすぐに扉を開けると、やはり彼だった。痩せた老年の男は、赤いチェックシャツの上に紺のエプロンをしていた。白髪は短く剃ってあり、適度に日焼けしているので、老いたテニスプレイヤー

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長い手紙 その1

長い手紙 その1


1. 1954年8月12日

拝啓 

今年も暑い夏ですね。
わざわざ手紙を寄越してくれて、ありがとうございます。夏が始まる前、Rさんに私の居所を伝えておいて、心から良かったと思います。言った通り、私は7月の下旬から、軽井沢の旅館に逗留しています。

あなたからいただいた手紙について、あえてその内容にそのまま触れることはしません。なぜ触れないかは説明が難しいのですが、ここから私が書くことが、回り

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【短編】夏奈のカレー

【短編】夏奈のカレー

執筆年:2024
BGMにおすすめ:Billie Holiday - Solitude

「まーた、訳の分からないものを書いているの?」
背中越しに、夏奈が言った。色あせた灰色のTシャツを手であおいだ後、彼女はベッドサイドの窓に手を伸ばす。
格子状の線が入ったビジネスホテルの窓は、転落防止のためにわずかにしか開かない。けれど、たった5センチの隙間でも、夜の名古屋の空気を感じるには十分だった。車が行

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【短編】 はなむけの言葉

【短編】 はなむけの言葉

執筆年:2024
BGMにおすすめ:Chet Baker - It's Always You

サンダルウッドの香りがした。

どうして私が洒落た名前を知っているのかといえば、あなたが教えてくれたからだ。何気なく入ったデパートコスメの売り場で、TOM FORDの香水を嗅ぎながら、あなたは言った。
「わたし、サンダルウッドが好きなの」
その時あなたは、背中を紐で結ぶトップスを着ていた。それをスリット

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【短編】音楽プレーヤー

【短編】音楽プレーヤー

執筆年:2021 
BGMにおすすめ:OFFONOFF - film roll

 日暮れと共に吐き気を催すような日には、いつもより早く部屋のカーテンを閉じる。
 祖母の家から貰ってきた分厚い緑色のカーテンは、外を飛び交う痛みから部屋を守り、幼い頃に祖母がそうしてくれたように、私を抱きしめる。蠟燭の光が届かない、部屋の隅の暗がり。その緑色を見ているうちに、私は深い深い夜の森を思い始める。少しずつ木

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【小説】水に誘われて

【小説】水に誘われて

 黄土色のごわごわとしたスーツを着た長髪の青年が、運転してきた車を駐車場に停めた。彼は穏やかな手つきで、助手席の中年女性から、茶色い紙に包まれた花束を受け取った。 
 駐車場は湖を走る道路に沿って作られていて、道には観光バスが目立った。エンジンを切られた車のほとんどは、平らで灰色がかった湖のほうを向いていた。青年は首と腕を何度か回してから、花束を覗き込んだ。そこには桃色のチューリップの花が6輪あっ

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【小説】教唆

【小説】教唆

10分ほどで読めます。
――――――――――

 父親はハンスの右腕を強く掴んだまま、普段はほとんど使われることのない裏口の扉を開けた。裏口と台所を繋ぐ土間にはまた一つ扉があって、その先は半地下の貯蔵庫だった。見慣れないねずみ色の空間には、ミネラルウォーターのペットボトルの山のほかに、空を舞う少しの埃だけが目についた。

 ハンスは自分にこれから下される罰になんとなく察しがついていたので、それを回

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【日記】ひさかたぶりの雨

【日記】ひさかたぶりの雨

 雨が強く降っている。最後に本降りを見たのはいつだっただろうか?思い出すことができないところからすると、えらく久しぶりの雨なのだろう。―――――――――――――――――――――――――――――――――

 私は快速電車の中で、車窓からの田園風景を見ている。つい先ほどまでは、駅のホームで雨を眺めていた。そのときの様子を一つ一つ、時計職人の手さばきのような丁寧さで思い出してみようとする。
 
 ノート

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【短編小説】フォール・イン

【短編小説】フォール・イン

 暖かさはどこにあるのかしら。  
 何の前触れもなしに、彼女はそう言った。  
 十月末の公園には、マフラーを巻いた人がちらほら増え始めた。石段の途中では、ダックスフントが枯葉のマットではしゃいでいる。彼女は遠くの島を見るように、目を細めてその様子を眺めていた。朝もやの中の船頭のように。
 暖かさはどこにあるのかしらね。  
 彼女がもう一度そう繰り返した時、僕は手を取ってみた。どう答えればい

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【日記】旧山手通りと、寂しさ

【日記】旧山手通りと、寂しさ

おしゃれな旧山手通りを散歩したときに、ふと感じた寂しさを考察しました。
――――――――――――――――

先日、久しぶりに長い散歩をした。まだ涼しい朝の6時半に集合し、僕らは行く当てもなく都心へと向かった。半分くらい眠ぼけている都心の真ん中、日比谷公園のベンチにひとしきり座った。蝉が鳴いていた。並んでいるベンチには、朝の散歩をしている中年の男性が点々と座っていた。それから僕らは代々木上原に行って

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【小説】Soul Food

【小説】Soul Food

梱包を開くと、緩衝材に幾重にも包まれた白い壺が入っていた。中に気配がする。
「これは何ですか?」
「魂さ」
「たましい?」
「人のな。しょっちゅう送られてくるんだ。あれだ。お中元みたいな感じよ」
「え…もしかして、召し上がるんですか?魂って食べられるんだ…」
「俺は好きじゃないけどな。大体な、渋すぎて喰えたものじゃないよ。あと当たり外れが激しすぎる。お前らが食ってる肉みたいに、等級っちゅうもんをを

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