記事一覧
3月:エクレアまでの階段は続く【短編小説】1200文字
「いってらっしゃい。では、お願いしますー」
「はーい。いってきまーす」
9時半。
幼稚園バスに子供が乗り込んだのを笑顔で見送る。
入園した頃は、家を出る直前に行きたくないと暴れて遅れそうになったり、スムーズに家を出たかと思えばいざバスに乗る時に大泣きしたり、同じバス停から乗る他の園児のママさんたちの視線が痛かった。
「かわいいねぇ」「うちもそうでしたよー」なんて言われても、こっちはどっと疲れる。
カレーで表現する私の愛情【エッセイ】1400文字
私が作る定番のカレーは合いびき肉のカレーです。
キーマカレーじゃないんです。
どろりとしたルーのカレーです。
子供から保育所のカレーはおいしいと、私が作ったカレーを食べながら言われたこともありますが、みんなおかわりしてたくさん食べてくれます。
たぶん、子供が1歳の時から合いびき肉でカレーを作っています。
その前はどうだったかあまり覚えていないほど、私の中で「カレーのお肉は合いびき肉」が定番になっ
2月:いつの間にかあなたのためにクッキーを【短編小説】1300文字
「お疲れ様です。どうぞこちらにおかけください」
怪我人の手当てをするわけでも、ましてや実験をするわけでもないのに、私は白衣を着ている。
10畳程の会議室を借りて、ダイニングテーブルのようにくっつけた机の上には薄い水色のテーブルクロスをかけている。
邪魔にならないように飾られた花は今朝買ってきたピンク色のガーベラだ。
「お疲れ様です。よろしくお願いします」
彼が椅子を引いて座ったので、電気ケトルで
2月:フロランタンは時を越えて【短編小説】2200文字
「前から・・・綺麗な人だと、思っていました」
真っ直ぐに私を見つめるヘーゼルアイは、いつの間にか夜空に溶け込む深いグリーンに見えるようになっていた。
はっきりと発音されたその言葉は急速に私の鼓動を早めて、8年間が埋まっていく。
紅葉したミナヅキが入荷し始めた10月頃から、毎週火曜日の閉店間近に彼を見かけるようになった。
遅い時間に学生が花屋を覗いているのも珍しいが、それよりも彼の容姿に目が奪われ
2月:祝福のシュークリーム【短編小説】1300文字
「好きだよ」
桃色の唇がうっすらと開いた。4文字で蕾が花開くような、甘い囁き。
あぁ!この気持ちをどう伝えよう。
どう言えばこの想いがちゃんと届くのか、願わくば相手の心に響いて揺らいでくれるような。
やっぱり、頭で考えるより、ストレートなこの言葉には叶わない。
「私も・・・好きです」
先輩の顔を直視することができず、二人の間にある雑誌に目を落とす。
午後の勤務開始まであと5分。
この季節には珍しく
1月:炊き込みご飯より愛を込めて【短編小説】1200文字
「せっかくだから、お父さんが作ったやつ、食べたいな」
年に一度の帰省した娘に言われたら、ただBGMとしてつけているだけのテレビから目を離し、カップに半分残ったままの冷めたコーヒーを飲み干し、もう買い替えることのないソファから腰を上げることなど、容易いものだ。
「ん」
夕飯には十分間に合う時間だ。
「じゃあ、お願いしますね」
妻はいつもの3倍はあろう新聞の類を、猫のように床に丸くなって、めくった。
圧力鍋が怖いなら、電気圧力鍋を使えばいいじゃない【エッセイ】1300文字
圧力鍋が怖いんです。
何故かって?自分でもよくわかりません。
そもそも圧力鍋は使ったことはなく、母も持っていなかったので、身近な人が使っているのを見たのは義母が初めてでした。
でも、その頃には既に「圧力鍋は使い方を間違えると爆発するモノ」という観念が定着していました。
微かな記憶では、母が圧力鍋のことをこんな凶器のように言っていたような気がします。
また、母は料理上手なのですが揚げ物はほとんど作ら
ついに!娘に出会いが訪れた【エッセイ】1500文字
子供には良い出会いに恵まれて欲しい。人、物、体験。
親が良いと思うこと。子供自身が好きだと思うこと。
ぴたりと一致することはなくても、親が勧めたものを「うーん、ちょっとなぁ」とか「いいね!」とか感じてくれて。
そこからの付き合い方は、子供が決めればいいかなと思っています。
と言いつつ、ついつい自分の好きなものを勧めちゃってます。
アニメのハイキュー!!は確か娘が小1ぐらいの時に勧めたけれど、その
好きなもの 気になるの【短編小説】1300文字
つやつやしたイチゴが真っ白なお城に鎮座しているようなショートケーキ。
月の光が水面に映り込むように滑らかなグラサージュのチョコレートケーキ。
丸いフォルムに沿うように流れるクリームで守られているモンブラン。
妖艶なダンサーが踊るベリーケーキ、南国の王族に控えるマンゴームース、一瞬で京都にトリップする魔法の抹茶ケーキ。
ケーキ屋のショーケースは宝石箱というより、私にとってはカラフルな図書館かな。
ママの秘密【ショートショート】900文字
エマには秘密がある。
保育園で一番仲の良いお友達のアリスや、大好きなケイト先生にも言ってはいけない。
「もしバレちゃったらお引越ししなきゃいけなくなっちゃうかも。そうしたら保育園にも行けなくなっちゃう。」
ママの秘密は誰にも言っちゃいけない。
エマはいつもママと一緒だ。
朝起きると隣にはママが寝ている。ママが寝ているからまた安心して眠る。
次に起きる時は、優しいママの声で目覚め、リビングに向かう
キャンプ・トラップ【ショートショート】1000文字
ありがとうございました~。
あ、笹さん、私、フライヤーやっておくんで上がってもらっていいですよ。すみません、延長してもらって。
「あぁ、いいよー。どうせ帰ってもテレビ観て飯食うだけだしねー。亜希ちゃん、週末行くの?天気もちそうだね」
そうなんです~、ほんと良かった!実習も終わったんで自然の中でリフレッシュしてきますよ~。
「今回も一人?女の子一人だと怖くない?」
うーん、あんまり思ったことないです
キャラメル・トラップ【ショートショート】1100文字
数学の授業中、前の席の島田くんの頭が右に傾いて倒れていくかと思ったら、急に立て直してぐるりと左に回転した。一瞬目が合った。
黒いリュックをあさって、今度は上半身ごと左に回転するとあたしの机の上に小さな箱をこつんと置いた。
「咳、辛かったら、どうぞ」
返事をする間もなく島田くんは前に向き直って何かを口に入れ、また数学の授業に戻っていった。
合服のベストに慣れたかと思った次の日には仕舞ってあるカーデ