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3月:エクレアまでの階段は続く【短編小説】1200文字

「いってらっしゃい。では、お願いしますー」
「はーい。いってきまーす」

9時半。
幼稚園バスに子供が乗り込んだのを笑顔で見送る。
入園した頃は、家を出る直前に行きたくないと暴れて遅れそうになったり、スムーズに家を出たかと思えばいざバスに乗る時に大泣きしたり、同じバス停から乗る他の園児のママさんたちの視線が痛かった。
「かわいいねぇ」「うちもそうでしたよー」なんて言われても、こっちはどっと疲れる。
本当にそうだったの?いつから笑顔で手を振ってバスに乗って行くようになりました?
あれから3年。
子供は自分からバスに乗り込んで、窓から手を振ってくれる。
言われていたセリフは、いつの間にか自分が言う側になっていた。
さて、一度家に帰って支度をしよう。

今日は保護者役員が集まって、卒園式後の謝恩会の打ち合わせがある。
年長児で役員になってから、夏祭り、発表会、クリスマス会、新年会など行事の企画やサポートをしてきて、今回が最後のイベントだ。
役員になった時は気が重かったが、自分の子供に幼稚園生活を楽しんでもらうためと思い、やってきた。
幼稚園の子供たちみんなのために!という志の高いものではない。

10時。
家を出て、おやつを買いにお店に向かう。
おやつ当番は持ち回りで、打ち合わせ時のおやつを準備するのだ。
毎年恒例らしい。
当番でない時は今回のおやつはなんだろうと考えて、少しでも打ち合わせへの意力を高めようとする。
今回は私がおやつ当番だ。
謝恩会の打ち合わせは難航しそうだが、他の役員のママさんにこれを食べてもらった時の反応が楽しみで、ちょっとわくわくしている。

10時10分。
お店の金色のドアノブを押したが開かなかったため、引いてみた。
重めのドアを開けると、目の前のショーケースには鮮やかなケーキが勢ぞろいで出迎えてくれる。
「いらっしゃいませー」
四角や長方形、丸型やドーム型のケーキを横目に奥のショーケースの前に進むと、目的の商品がずらっと横2列に並んでいる。
細長いシュー生地の上に、丸く絞ったクリームがコロコロと挟まれている。
表面は店内の照明を跳ね返すように、艶やかに光っている。
「このエクレア、5個ください」
横には、丸くモコッと絞ったクリームにちょこんと帽子をかぶったシュークリームが並んでいる。
もうおやつ当番になる機会はないから、次は家族のためにまた買いにこよう。

10時半。
場所を提供してくれるママさんの家に集まり、早速エクレアを用意してくれたお皿に乗せ、みんなで頂く。
「わ!皮パリパリ~」
「キャラメルなんだ!苦味があるの好き~」
「大人のエクレア!こういう系、久しぶりに食べた~」
「今度買いに行く~」
嬉しい反応をしてくれる。
おいしいものを食べてからの打ち合わせは弾む。
やるなら前向きに、子供たちのために、お世話になった先生に感謝を込めて、役員として幼稚園最後を締めくくりたい。

卒園、おめでとう。
いつかこの大人味のエクレア、一緒に食べようね。

エクレア キャラメル(JUN)

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