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好きなもの 気になるの【短編小説】1300文字

つやつやしたイチゴが真っ白なお城に鎮座しているようなショートケーキ。
月の光が水面に映り込むように滑らかなグラサージュのチョコレートケーキ。
丸いフォルムに沿うように流れるクリームで守られているモンブラン。
妖艶なダンサーが踊るベリーケーキ、南国の王族に控えるマンゴームース、一瞬で京都にトリップする魔法の抹茶ケーキ。
ケーキ屋のショーケースは宝石箱というより、私にとってはカラフルな図書館かな。

真理まり、決めた?」
「うん、決まってるよ。晴香はるかは?」
「うーん、やっぱここのスポンジ生地に近づきたいから・・・ショートケーキかな」
「すみませーん!あっちのショートケーキとこのニューヨークチーズケーキで。あ、イートインでドリンクは紅茶と・・・晴香も紅茶でいい?」
「おけ!」
校外模試の帰り、晴香とお疲れさま会をする。
帰ってすぐに自己採する子もいるけど、今はそれより気になる人の好きなものを確認したい。

ケーキ屋の奥にはイートインスペースがあって、レトロな喫茶店を彷彿とさせるような空間は好みだけれど、一人では躊躇してしまう。
チャラめなとおるにも似合わない。
「真理ってチーズケーキ好きだっけ?迷いなかったね」
模試が始まる前、晴香に帰りの約束を取り付けておいた。
「チーズケーキっていうか、ニューヨークチーズケーキが食べたくて」
フォークを横にして小さめの一口サイズを切り取る。
少し力を入れて押し進めると最後にカツンとフォークとお皿が合わさった音がした。
「ニューヨークねぇ。そういえばレアとベイクドは作ったことあるけど、ニューヨークはないかも」
濃厚なクリームチーズが舌に絡まったかと思うと酸味が舌を解き放っていく。
土台は硬すぎず、口の中でほろほろと崩れて一緒に混ざりあっていく。
あの人が好きなケーキ。
二口目も小さく切り取って口の中にそっと置いた。

「今年はクリスマスどうするの?土日だから透くんとどっか行くの?」
私は受験生だけど透はもう専門が決まっている。
春から別々の土地とこに行くから会った方がいいんじゃないかって、思ってはいる。
「私んちじゃないかなー。土曜日だったらお父さん仕事だし」
「そっかー。なんならケーキ作って差し入れに持って行こっか?」
「それ、晴香が作りたくなってるだけじゃん!透に手土産がてらに買ってきてもらうよー」
透は甘いものが苦手だ。
チーズケーキと言えども二口目には進まないだろう。

「ただいまー」
「おかえりー。模試どうだったー?」
「激ムズだった。自己採してしまうー」
自室のドアをパタンを閉めて、ローテーブルに置いてあるパソコンの電源ボタンを静かに押した。
ブラウザを立ち上げてあの人の名前を入力する。
「あ、1月から主演あるんだ。受験終わるまでガマンできるかなー?」
媚びない表情の画像が画面に並んでいく。
パティシエ役のインタビュー記事で答えていた好きなもの。
それを私も知ることで、あのニューヨークチーズケーキを食べている瞬間は晴香には申し訳ないけど、あの人と通じているような秘密の時間だった。
「声が聴きたいな・・・」
私はカバンから模試の問題冊子ではなく、スマホを取り出してポッドキャストアプリを起動した。


久しぶりの晴香はるかシリーズです。今回の主人公は真理まりにしてみました。
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