1月:炊き込みご飯より愛を込めて【短編小説】1200文字
「せっかくだから、お父さんが作ったやつ、食べたいな」
年に一度の帰省した娘に言われたら、ただBGMとしてつけているだけのテレビから目を離し、カップに半分残ったままの冷めたコーヒーを飲み干し、もう買い替えることのないソファから腰を上げることなど、容易いものだ。
「ん」
夕飯には十分間に合う時間だ。
「じゃあ、お願いしますね」
妻はいつもの3倍はあろう新聞の類を、猫のように床に丸くなって、めくった。
冷蔵庫の中は隙間を見つける方が難しいくらいに込み合っている。
スーパーで買った伊達巻や数の子が居心地悪そうに詰められ、普段は買わない洒落たプリンやゼリーは最上段から下々の様子を見下ろすように鎮座している。
そんな中からあるはずのこんにゃくと薄揚げを探す。
一緒にスーパーには行くが、冷蔵庫に片付けるのは使用頻度の高い妻なので、いつもの場所にあるだろう当たりをつけながら、見つけた。
その後、先に乾物をしまっている引き出しから干し椎茸を取り出して水につけ、野菜室から人参を出し、パントリーから牛蒡を取ってきた。
「お肉はささ身から使ってくださいね。いつものとこにありますから」
新聞をめくる音と共に妻の声が聞こえた。
「ん」
「お米は30分ぐらいひたひたの水につけるの。もち米は1時間ぐらいよ」
子供の頃、台に乗らずとも皿洗いができるようになると、母はよく料理の手伝いをさせた。
台を使っていた頃は遊びながらの茹で卵の殻むきや和え物を混ぜるようなことだったが、それが包丁を使って切ったり、フライパンで炒めたりすることに変わっていった。
母は手伝いを無理強いすることはなかったので、中学・高校と家にいる時間が減り、いても自室で過ごしているうちに、段々と料理を手伝うことはなくなっていった。
久しぶりに手伝ったのは、遠方に進学が決まった後だった。
「お米は送ってあげれるから。自分の好きなものは自分で作りなさい。で、親しい人ができたら食べさせてあげなさい」
最初に親しくなった奴に食べさせたとき、あいつは男なのに料理ができると同じ講義を取っている連中内で広まってしまった。
野菜くずで作った味噌汁を添えたのが仇となったのか。
食わしてくれと言う奴が出てくると、味噌汁だけでは格好がつかないことに怯えて目玉焼きも添えるようにしたが、これ以上は話題に上がらず、学生時代はレパートリーが増えることはなかった。
結婚してからは、食事は妻が用意してくれた。
が、米を炊くのはあなたの方が上手だからと言われ続け、炊飯器とはずっと親しい。
休日に妻に誘われて一緒に台所に立つと包丁の扱いを褒められ、鯵の三枚おろしに挑戦したこともあったが、散々だった。
ささ身には酒とオイスターソースで下味を付けておく方が食べたときに味が馴染むことは、妻から教えてもらった。
チューブの生姜を少し加えるのは、娘のアイデアだ。
好きなものが益々好きになっていく。
全ての材料を1センチ未満の大きさに切り、もち米が吸水する時間を待つ間、冷蔵庫をもう一度物色してから卵を手に取る。
「先にタッパーのものから食べてしまいましょうね」
丸まっていた妻が少し伸びをした。
「ん」