キャラメル・トラップ【ショートショート】1100文字
数学の授業中、前の席の島田くんの頭が右に傾いて倒れていくかと思ったら、急に立て直してぐるりと左に回転した。一瞬目が合った。
黒いリュックをあさって、今度は上半身ごと左に回転するとあたしの机の上に小さな箱をこつんと置いた。
「咳、辛かったら、どうぞ」
返事をする間もなく島田くんは前に向き直って何かを口に入れ、また数学の授業に戻っていった。
合服のベストに慣れたかと思った次の日には仕舞ってあるカーディガンを探すけど見つからない。布団を出すのが億劫でタオルケットにくるまって寝ようとする。
いつもの風邪を引くパターンにより、この日も朝から咳が出はじめた。
あたしもみんなもマスクをしているけど、咳をしていると目立つ。
咳が出るからマスクをしているのに。
島田くんからもらった小さな箱を手に取るとシャコシャコと音がして、開くと数粒だけ抜けたキャラメルが入っていた。
「さっきはありがとう」
昼休み、鈴木さんがぼくが渡した箱を右手に持ってカラカラ鳴らしていなかったら、さっきがいつなのか、ありがとうと言われるようなことが何なのか、わからなかったと思う。
「午前中は助かりましたぁ。はい、これ。購買で買ってきたの」
箱を開けると銀色の紙で包まれた飴が数粒入っていた。
「あたし、キャラメルって初めて舐めたんだぁ」
ぼくも映画館で食べるキャラメルポップコーンみたいに、キャラメル味のお菓子や飲み物があることは知っていたけど、飴のように口に入れたのは最近だ。
後ろを振り返って、ドラッグストアで買った大袋のチョコを詰めた箱を渡すと、次の日にはカラフルなセロファンで包まれたラムネが入って箱が帰ってきた。
大抵は飴やチョコレートだったが、珍しく見つけた板ガムを入れたりもした。
箱がボロボロになる頃には鈴木さんがチャンネル登録しているYouTubeは知っていたし、ぼくのLINEの一番上はいつも鈴木さんだった。
「キャラメルマキアートって飲んだことないんだ」
新しいキャラメルの箱に替わって島田くんがそう言ったから、その流れで一緒に飲みに行こうよとあたしが言って、ショッピングモールの大きな本屋で待ち合わせた。
島田くんの黒いリュックの中には、雑誌や書店名が書かれた紙カバーの文庫本がいつも入っていることは知っている。
平積みになっている文庫本の前で、手に取った本をめくる島田くんを見つけた。
「朝井リョウ?」
鈴木さんに声をかけられて、急いで持っていた本を閉じて元に戻した。
既に読んだ本だったけど鈴木さんにはなんだか知られたくなくて、すぐにその場を離れようとした。
「この『発注いただきました!』ね、友達が読んでて、一番最初の話は聞いたことあるんだぁ」
ぼくの腕に鈴木さんが絡みついてきたのに戸惑いながらも外すまいと引き寄せ、ぼくたちはネタバラシへと向かった。