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短編小説

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記事一覧

短編小説『キャリアの寺子屋、あなたのおそばに』

短編小説『キャリアの寺子屋、あなたのおそばに』

富士には月見草がよく似合うそうだが、
筑波山には、蕎麦がよく似合う。

私は、坂道を駆け上っていた。
日曜の昼。あいにくの雨である。
脱輪するのでは、と冷や冷やしながら
低速ギアで、狭小な道路をひた走る。

集合時間は、午前11時であった。

余裕はある。…はずだった。
しかしこの山道を突破できるのか
いささか不安で、早めに家を出てきて
正解だ、と思った。
一回でたどり着けるか不安だった私は
一度

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短編小説『たこの無いたこ焼き』

短編小説『たこの無いたこ焼き』

僕は誰もいない教室で、
自分の板書を消しながら、
ため息をついていた。

このA塾でバイトを始めて10カ月。
半年の研修期間を経て、
実際の教壇に立っていた僕は、
行き詰っていた。
…授業がうまくいかない。

僕は、大学に入ったら塾講師の
バイトをすることを決めていた。
眠る暇などない、
楽しい授業をしてやる!
…ところが実際の教壇に立つと、
机から見る風景とは180度違っていた。

受動的に聞く

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ショートノベルdeヒストジオ

ショートノベルdeヒストジオ

略称、ショベルジオ!
そんなサービスを構想しています。

ショートノベル。短い小説。

本来、ノベル、とは
「新しい」「NEW」という意味で
小説、特に長編小説を指します。
それを短くして、ショートノベル。
いわゆる「短編小説」です。
イメージでは三千字程度くらいまで。

(もっと短いものは
「ショートショート」と
呼ばれますが、そこまで
短くはないのでショートノベル)

『showと述べる』にも

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短編小説「上曽峠」

短編小説「上曽峠」

「あげそじゃない、うわそ、だ」

と、彼は言った。

私は恥じ入った。それまでずっと
あげそとうげ、と誤読していたからである。

「…この峠はな、冬になると雪が積もり
しばしば、事故が起きた。
ゆえにこの峠の近くの住民たちは、
ずっとこのトンネルができるのを
待ち焦がれている」

彼は、独り言のように言った。
私は、その赤ら顔を見ながら、

「ではようやく、峠を登らずに
東西に行き来ができますね。

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短編小説『ゆりいか池の精』

短編小説『ゆりいか池の精』

一人の男が、森の中を歩いていた。

鬱蒼とした森である。
まるであの生徒の心の中のようだ、と
彼は思った。昼間でも薄暗い。
時折、木漏れ日が差し込む。しかし、
雲がかかれば、また薄暗くなってしまう。
明かりを持って近づけば、その近くだけ
明るくはなるが、消えれば、また見えなくなる。

…何か道が見える方法はないのだろうか?
そんなことを考えながら、彼は歩いていた。

「うーん、このあたりのはずだが

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短編小説『大洗と千の港』

短編小説『大洗と千の港』

私の名は、水輝。
大洗の在住である。

おおあらい、と言えば茨城県。
県都水戸の東にある、海の街。
ここが、私の舞台だ。

私の役目は、人をもてなすこと。

海鮮には、自信があった。
何しろ目の前には太平洋なのだ。
海の幸は、採り放題である。

しかし中には、肉を所望する人もいる。
そんな時、私は一つも慌てずに、
「常陸の牛肉はいかがでしょう?」と
そっと鉄板ごと差し出すことにしている。
たいてい

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短編小説「上曽峠」

短編小説「上曽峠」

「あげそじゃない、うわそ、だ」

と、彼は言った。

私は恥じ入った。それまでずっと
あげそとうげ、と誤読していたからである。

「…この峠はな、冬になると雪が積もり
しばしば、事故が起きた。
ゆえにこの峠の近くの住民たちは、
ずっとこのトンネルができるのを
待ち焦がれている」

彼は、独り言のように言った。
私は、その赤ら顔を見ながら、

「ではようやく、峠を登らずに
東西に行き来ができますね。

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武帝エリック

武帝エリック

エリックという男が、いた。

斬新なアイディアを持ち、
彼の言動に、周囲はいつも
驚かされた。

その華麗な功績を敬して、
いつしか彼に、あだ名がついた。
『皇帝』というのがそれだ。

「彼は、何年も先が見通せる。
まさに賢い皇帝、
賢帝、と呼ばれるにふさわしい」

こう言われたほどだ。
しかし、彼はかぶりを振った。

「私のことは賢帝なんかでなく、
『武帝』と呼んでもらいたいな」

周囲はみな、

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令和3年、流れ行くものたち

令和3年、流れ行くものたち

◆お題◆

2021年(令和3年)の
「ユーキャン新語・流行語大賞」の
ノミネート語30をすべて使って、
創作のお話の文章を作成せよ。

◆解答例◆

「令和3年、カエル DE コンサート」

『親ガチャ』なんて『うっせえわ』と、
自分の『推し活』会場へと
『ゴン攻め/ビッタビタ』に突進する
彼女の姿は、さながら
『13歳、真夏の大冒険』の『ウマ娘』。

『副反応』の発熱以上に
熱いハートを持つ彼

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魔剣ビクトリア ~「ゲーム小説」を書いてみました~

魔剣ビクトリア ~「ゲーム小説」を書いてみました~

『ゲーム小説』をご存知ですか?

…おや、ご存知ない?

「いや、ゲームは知ってますよ。
小説、も知ってます。
でもゲーム小説…って何ですか?
例えばドラクエなどを
小説化したものでしょうか?」

…うん、当たらずも遠からず、です。
そのようなゲームの世界観やキャラを
活かした小説のことを、
ゲーム小説、と呼ぶこともあります。

しかし、本記事でいう
「ゲーム小説」の定義は、少し違います。

「じ

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異窓会なら行きそう

異窓会なら行きそう

郵便受けを覗いた尾身玉枝は、1通の手紙が入っていることに気が付いた。薄紫色の封筒に、見たことのない切手が貼ってある。差出人を見ると、こう書かれていた。

『異窓会事務局』

いそうかい…? 同窓会ではないのか。怪しいので封を開けずに捨てようかとも思ったが、同窓会、というその連想にひっかかるものがあり、捨てずにテーブルの上に置いた。

翌朝、玉枝はもう一度その封筒をしげしげと見た。やはり「異窓会事務

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北向きの2畳部屋

北向きの2畳部屋

20年以上たった今でも、キンはその部屋の情景を思い出すことができる。

広さはわずかに2畳。2畳である。北向き。小さな窓。机を置けば残されたスペースは、ほとんどない。しかも独占できるわけではないのだ。その部屋には同居人がいた。2人で割ればたったの1畳。畳一枚分の生活。

しかし、キンは何とも言えない自由な空気を満喫していた。

生まれたときから波乱含みだった。母親は高齢出産。五男として生まれたキン

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月見て一杯

月見て一杯

春はあけぼの。

今期入社の若者たちが慣れぬネクタイやパンプスに身を包み、急ぎ小腹を満たさんと、駆け寄る先は立ち食いそば。常連の先達に恐縮しつつ、おそるおそるの食券出し。それを受け取るおばちゃんの、温かくもきびきびとした手先にセミプロの心意気を見る。

今日も一日が始まる。あの先輩の課題は終わらず。あの上司の目線は気になる。朝の月が沈まぬ時間、早くもささくれだつ神経を、きつねそばのじゅわっとしたお

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死人に脳は残る

死人に脳は残る

僕は、ある温泉街に来ていた。ここに来るのは二度目。少々凹むことがあり、人生に疲れていた。散策するうち、その立て看板を見かけた。

「最新最後の記憶、あります」

町の通りに先ほどまでいた人影は、いつのまにか消えていた。白昼のゴーストタウン。木戸を開くと、中には一人の老いた男が座っていた。

「…待ってたよ」

何を待っていたのだろうか。しかし僕はその言葉を聞き、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、店

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