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【小説】17年後の渋谷で。

「西園寺です。」
「お客さん2名様で?」
「はい。」
「どちらまで、お出でになります?」
「六本木ヒルズ森タワーまで。」
「お足元は大丈夫ですか?右手に杖を突かれていますが。もう少し照明を明るくします?」
「いえ、お気遣いなく。軽い捻挫程度のものなので。」
「それでは、シートベルトをお締めくださいませ。発車いたします。」
「よろしくお願いします。」
「・・・ところで、お隣にいらっしゃるのは、お客様の娘さんですか?」
「いえ、妻です。」
「これは失礼いたしました。とてもお若いので。」
「いえいえ。彼女といると、いつも私の娘と勘違いされる方が、ほとんどですので。」
「それにしても、お綺麗な方だ。六本木へは、よく行かれるんですか?」
「私たちの家なので。」
「ひょっとしてお客さん、超ビップな方ですか?」
「人並みですよ。ドバイに油田は、持ってはいますが。」
「油田?」
「ドバイにも家があるのですが、そこで現地の方と非常に仲良くなりましてね。友人から採掘権を譲っていただいたのです。」
「石油の採掘権ですか。はあ。ということは、お兄さんは本物の大金持ちなんですね?」
「貯金はありますが、生活自体は質素なものです。」
「例えばでいうと?」
「毎朝、焼いた食パンが、私と彼女の主食です。キャビアを乗せた。」
「キャビアって、あのキャビア?」
「はい。」
「お兄さん程の方ですと、タクシーではなく、高級車と運転手を持っているイメージですが。」
「趣味で車は何台かありますよ。でも、あまり多く持つと維持費が大変ですので。」
「ちなみに、お車は何を?」
「ポルシェやフェラーリですよ。」
「資産家の代名詞じゃないですか。」
「でも、どれも特注なんで、他の皆様が想像するポルシェとは、違うかもしれませんね。」
「もしかして、あなたはポルシェの社長さんですか?」
「面白いことをおっしゃいますね。でも、違います。」
「参りましたねぇ。高貴な身分の方とは、会った経験が浅くて。一体、何を話していいのやら。」
「ご心配には及びません。私も他の方となんら変わりありませんから。」
「ところで、お仕事は何を?いえ、失礼しました。」
「会社をいくつも持っているもので、正直自分でも、どんな会社があったか、忘れてしまいました。」
「お客さん、ひょっとして、日本の経済界を動かす力がある方ですか?」
「働いているので、経済を回すのには、一役買っていますが、運転手さんの想像とは真逆のものですよ。」
「そういうもんですかねぇ。」
「そういうものです。」
「話は変わりますが、奥様は、日頃どんなことを?」
「彼女には私の秘書を任せています。私が毎日こうやって仕事できるのも、全て彼女の助力があってのことです。」
「ということは、お二人様は、職場で知り合って、今に至るということですか?」
「いえ、違います。彼女とは、小学5歳の時から、とても仲が良くて、それで17年間付き合った後、結婚したんです。」
「小学生から恋愛ですか。ということは、お客様はまだ20歳ですか?」
「明日で、22になります。」
「私が22歳の頃は、仕事どころか、大学生真っ只中でしたよ。お兄さんも、今大学で勉強してらっしゃるんですか?」
「いえ僕は10歳の時に、MITに入学しまして、今はもう卒業しています。」
「MIT?」
「アメリカのマサチューセッツ工科大学です。」
「あの世界一の?」
「そう言われていますね。」
「でも、どうやってアメリカの大学に進学したんですか?」
「物心ついた頃から、家族に「この子は天才だ」と言われて育ったものですから、元から素質はあったのだと思います。」
「でも、飛び級で大学に入ったということは、何か特別な功績などを、お持ちなのでは?」
「私が5歳の時に作った、タイムマシンがありまして。それを評価いただいて、大学に入学できたんです。」
「タイムマシン?」
「時間を旅行できる機械です。」
「しかし、本当にタイムマシンを作ったなら、もっと世間から注目されているのでは?」
「タイムマシンといっても、父親の壊れた腕時計に、少し手を加えただけの、質素なものです。ですから、タイムマシンの存在を知るのは、今では、MITと私の身内程度なものです。」
「ということは、タイムマシンで未来を見たから、今の様なセレブな状態に?」
「はは。確かに、タイムマシンで未来へ行って、お金稼ぎをする映画はありますが、僕は違います。強いて言えば、両親が聡明だからという様なものです。」
「タイムマシンは今もお持ちなんですか?」
「実は、5歳の時に、未来へ旅行して以来、「これは世界を変え得る危険なものだ」と考えて、その後使ったことはありません。」
「もしかして、あなたの腕のそれが、タイムマシンですか?」
「まさか。タイムマシンは、大学合格後に、すぐ処分しました。当時の先生方からは、酷く怒られましたが?」
「勿体無い話です。」
「初めから、そうあるべきものだっただけです。」
「でも、それならMITの試験を突破するために、10歳の頃に、もう一度タイムマシンを使ったのでは?」
「マシン自体は、教授らの前では使用していません。」
「なら、どうやって、タイムマシンの存在を大学に認めさせたんですか?」
「直接、論文を大学へ送ったんです。それで、先生方に興味を持っていただいて、無事入学することができました。」
「じゃあ、その論文を読めば、タイムマシンが作れる?」
「いえ、対称性の破れの様なものですよ、設計図があっても、それ通りに物が動くとは限らない。」
「なら、大学の先生は、がっかりしたのでは?」
「それを加味しても、「この子は特別だ」と考えた教授たちは、私に入学を許可しました。」
「でも、実際に実物がないと、やっぱりタイムマシンの存在は、照明できないでしょう?」
「アインシュタインが生まれた時代には、当然まだGPSなどありませんでしたが、それでも彼は、重力で時間が歪むことを、たった一枚の紙切れで、照明しました。」
「どうしていきなり、GPSの話が出てくるんですか?」
「車でGPSをそのまま使うと、地球の重力によって曲げられた時間の分、地球の時間と、衛星の時間の間にズレが生じるため、アインシュタインの相対性理論を用いて、そのズレの問題を解消したんです。」
「少し話が難しくなって来ましたね。」
「申し訳ありません。科学の話になると、ついつい、口数が増えるものですから。」
「ところで、お二人様、今日のご夕食はどちらで?」
「家です。」
「お二人の様な方は、てっきり、ご夕食は、銀座の特上寿司や懐石料理かと。」
「たまに、外で食事をする機会はありますが、ほとんどが家です。」
「奥様の手料理などを?」
「いえ、家に料理人をお招きして、目の前で料理を作ってもらうんです。」
「料理人を家に?」
「はい。といっても、もう長い付き合いでして、今では家族の一部の様なものです。」
「はぁ。・・・お客様は、今日はお仕事の後ですか?」
「いえ、今日は妻と二人で、休暇を楽しんでいました。」
「どこへ、お出かけになったんですか?」
「友人からパーティーに誘われまして、それで、色んな方とお話しして来ました。」
「パーティーですか?」
「パーティーです。」
「実は私は、パーティーには、全く縁がございませんで。」
「ドラマや映画で見る様なものですよ。」
「でも、そこで経済界のお偉いさんとか、政治家の大御所さんと、お話して来たんでしょう?」
「それは誤解です。私といえど、その様な方とお話する機会は、全くなく。」
「で、どの様なお話を?」
「ジェット機を買ったとか、渋谷の土地を買ったとか、そんな些細なことです。」
「全く些細には思えませんが。いえ、失礼。ジェット機を買ったというのは、お兄さんのことですか?」
「はい。そうです。たまに海外に昼食を食べに行きたい時に、乗る程度ですが。
「やっぱり、プレシャスな方は、スケールが違いますね。」
「運転手さんも、休みの日に車で外出して、ご昼食を召し上がったりはするでしょう?」
「まぁ、ラーメン屋程度の場所ですが。」
「私もそれと同じです。」
「降りるのは、こちらでよろしいでしょうか?」
「はい。」
「2360円です。」
「カードで。」
「お預かりします。小切手はお持ちじゃないんですか?」
「小切手?」
「いえ、何でもありません。」
「家まで送っていただき、誠にありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ。ご乗車いただき、ありがとうございます。それでは。」
「あと一つだけすみません。どうしても、お願いしたいことが一つございますので。」
「何でしょう?」
「この後、渋谷に向かわれる際は、セブン・イレブン 渋谷3丁目六本木通り店に、一度お立ち寄り下さい。こちらは、コーヒー代です。」
「お気持ちは嬉しいですが、チップは受け取れませんよ。お客さん。」
「いえ、あなたがセブン・イレブンに立ち寄ることが重要なのです。お願いです。どうかお立ち寄り下さい。用事はトイレでも構いません。」
「妙なことをおっしゃいますね。お兄さん。では、失礼。」

「あぁ、これで僕たちは大丈夫だ。」

「さっきのお客さん、一体何者だったのだろう?話の内容は全部、あの場を盛り上げるための適当な嘘だったのだろうか。それにしては、話が厳密過ぎるな。それに、わざと私に嘘をつく理由もないし。それとも、ただ単に私がお兄さん手の上で転がされていただけ?」
「無線連絡。渋谷駅・西口の優良タクシー乗り場前にて、お客様2名がお待ちです。8号車は、すぐに向かって下さい。」
「次は渋谷か。ん?渋谷?」

「お、そろそろ渋谷駅だな。左手にコンビニが見える。コンビニ?」

「ひょっとして、さっきのお兄さんが言ってた、コンビニか?まぁ関係ないか。でも少しトイレに行きたくなったな。まだ時間に余裕があるし、今のうちに済ませておこう。」

「よし、じゃあ出発するか。な、何の音だ?」
「無線連絡。警視庁・渋谷警察署前、国道246号線にて、車の追突事故が発生。通行止めのため、8号車は迂回をお願いします。繰り返します。」
「追突事故?今、俺がいるコンビニのすぐ前じゃないか。すぐに行ってみよう。」

「タクシードライバーさんすみません。この先は事故がありまして、他の道へ迂回するようお願いします。」
「事故って、死傷者は?」
「いえ、いません。どうやら、子供が二人、赤信号を無視して横断しようとしたようで、まぁ、二人は車の急ブレーキによって、無傷だったのですが。」
「子供が二人?」
「そういうことなので、我々の指示に従って迂回をお願いします。」

「怪我が治って良かったわね。あなた。」
「あぁ。僕もまた君を抱きしめることができて、嬉しいよ。」
「あなたからもらった指輪。やっと指にはめることができて、幸せだわ。」
「これでお揃いになったね。」



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