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沖縄戦激戦地戦没者慰霊の聖地を守るハンガーストライキから見えたもの
#自分にとって大切なこと 35年目の日本山妙法寺沖縄平和行進は2020年11月、那覇市役所で出発式を迎えた。 そこに、遺骨収集ボランティアガマフヤ-代表の具志堅隆…
「若者、ガマフヤ-と語る」の5日間
四月五日~九日まで5日間掛けて「若者、ガマフヤ-と語る」をzoomで行った。ハンストに応答する若者緊急ステートメントを出したメンバーや戦争体験者、県内の議員等を交え、毎日テーマを変え話し合った。
YouTubeで観られるので是非観て頂きたい。
初日、「ガマフヤ-ハンスト×若者ステートメント-経緯と想い」では具志堅さんは「遺骨を探し遺族に返す」という行為の意味や理由を語った。
若者達はどうして
東アジア平和行進 in 沖縄 <台湾とウクライナの友人たちと話して考えたこと>
6月15日に辺戸岬を出発して23日の沖縄戦慰霊の日に向けて平和祈念公園まで歩きました。
タイからの参加者2名と難民として日本に来ているウクライナ人2名が参加した。
今回沖縄は8日間の短い行進となりましたが、
高江、辺野古浜テント7000日集会、宜野座島ぐるみ会議との交流、恨の碑追悼集会、前田高地平和学習、那覇自衛隊前御祈念、日蓮宗青年会との慰霊の日行脚など、イベントの多い行進となりました。
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那覇アメリカ軍港の浦添西海岸移設
那覇市長選挙が始まっている。
今年も異常気象のニュースが世界各地から聞こえている。
1980年代、既に科学者達によって警鐘は鳴らされていた。
88年、気候学者のジェームズ・ハンセンは米上院公聴会に呼ばれ、次のように発言している。
「地球は温暖化している。温暖化の原因は大気中の二酸化炭素濃度の上昇であり、これは99パーセント人間の活動によって引き起こされたものだ。このまま放置すれば、近い将来には地
命の行進二〇二二年を歩いて
南無妙法蓮華経
3月5日福島県いわき市湯本の古滝屋旅館内にある「原子力災害考証館」でオープニングイベントを開催しました。
一昨年、国が53億円かけて建てた「原子力災害伝承館」を、昨年の行進のあと見学した時は、原発事故の展示内容の薄さにがっかりしました。その時思ったことは、国や大きな組織の意向が入り込まない、草の根の民間で作る資料館が無いことは残念だなと思っていたので、今回、個人個人の想いによっ
慰霊の日 ハンガーストライキ
6月19日から23日の慰霊の日までガマフヤーと宗教者+支援者でハンガーストライキを決行した。
今回の目的は「戦没者遺骨の尊厳を守る為、沖縄防衛局による“辺野古新基地埋め立て設計変更承認申請”を沖縄県知事は不承認とすること」だ。
3月のハンストに比べ気温湿度共に高く6名のハンスト者皆、かなり疲労した。
沖縄島での地上戦は4月1日米軍の上陸に始まり今回ハンストした期間はまさに76年前の激戦の最中であっ
沖縄戦激戦地戦没者慰霊の聖地を守るハンガーストライキから見えたもの
#自分にとって大切なこと
35年目の日本山妙法寺沖縄平和行進は2020年11月、那覇市役所で出発式を迎えた。
そこに、遺骨収集ボランティアガマフヤ-代表の具志堅隆松さんも参加し、挨拶をした。3~4年前に糸満市福地にある琉球ガラス村で行進団と遭遇し、2年前位から出発式に来るようになり、昨年の挨拶で、私たちは南部の遺骨発掘現場が辺野古の埋め立てに使うための採石場となってしまうという話を聴き、平和行進
未開の領域と人の関係
私たち人間には侵してはいけない未開の領域があると思う。
一つは自然界。所謂未だ人が住まず、動植物たちが住んでいる世界だ。
二つ目は人間の聖地。
一つ目の領域を守るべき理由はこうだ、今や人間は”神”とも云える程の力を持ち、環境を変えてしまう”影響力”を持ってしまったからだ。
二つ目の理由が、今回わたしが訴えたい事の理由である。
沖縄にとって沖縄戦の激戦地であった本島南部は重要な場所である。
辺野古新基地反対、座り込み、が抱えるネガティブなイメージ。
沖縄県名護市東海岸に在る米海兵隊基地キャンプ・シュワブへ住宅街の真ん中に位置し危険な普天間基地の機能を移設するという名目の埋め立て工事は2014年7月から多数の沖縄県民の反対を押し切り、今日に至るまで続いている。
日本全国、そして世界中で政府や大企業による住民を無視するような横暴、弾圧、自然破壊が行われている。
この力に抗う事は容易ではない。
日本ではなぜか、力の弱い、権力を持たない住民側の
宜野座村に4店のコンビニが!!
私が住む宜野座村には現在コンビニが2店舗ある。そして、来月には新たに2店舗のコンビニがオープンする。
こんな小さな村に4店もコンビニが在るのはおかしい。
「コンビニ」はまさに便利さの象徴のような存在だ。
そう、「コンビニエンスストア」の「コンビニエンス」とは英語の「便利な」という意味だ。
しかし、コンビニ店ができることはコミュニティ(共同体)にとって良いことなのだろうか?
便利さは一見豊