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小説

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#創作

SS『街路樹と換気扇』

SS『街路樹と換気扇』

 空回りする換気扇を眺めていた。風に吹かれて回るだけの存在はもう何十年もそこにいるらしい。粉のような雪が申し訳程度に降っている。久しぶりにここら辺で降ってみようか、なんて思っているかのように少しずつ、微かに舞っている。
 

雀が小さな鉢に植えられたというのに大きく育ってしまった何らかの木に留まった。私にとってそれがなんの木であるかは関係ない。ただ、そこには木があって、窮屈そうに生えているのが心地

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SS『26日まであと5分』

SS『26日まであと5分』

 仕事はまだ終わらない。今日で何連勤だろうか、なんて疑問はできるだけ持たないようにする。有線ではクリスマスソングしか流れてないのに、クリスマスである実感が無くなって何年経っただろう。
 年末の忙しさに何故クリスマスという行事が盛り上がるせいで、こんなにもやりたくないことをやらされる。
 閉店作業を終えて、寒いだけの街に戻る。都会はきっとイルミネーションでクリスマスを感じるのだろうけれど、僕が生きる

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SS『地名が逃げた』

SS『地名が逃げた』

 地名が逃げた。きっと嫌気がさしたのだろう。ありとあらゆる看板から各地の地名は逃げてしまった。交差点に差し掛かっても青い板が掲げられているだけになった。通っていた病院はただの『診療所』になってしまった。地域を表していたものは全てが消えた。

ここが何駅かもわからない。

 目的地を伝えたとしても、私たちはこことそこの違いを表現出来なくなっていった。

 それは今まで言葉に頼りすぎていたからだ

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短編『離れがたい』【1週間限定無料公開中】

短編『離れがたい』【1週間限定無料公開中】

【おにロリ(お兄ちゃんとロリータ)アンソロジーに寄稿した作品】

 愛情なんて知らない。僕の愛情なんて、他者からしたら気持ちの悪いもので、犯罪として扱われる。別に普通にその子のことが好きなだけなのに、世間的に居場所がないから僕の愛情は消し去ったほうがいいらしい。

 幼い女の子が好きだ。

 小学生以下の女の子。ランドセル姿だって素敵だと思う。でも、それよりももっと幼い子になんとも言えない感情が湧

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SS『彼岸花の秘密』

SS『彼岸花の秘密』

みなさんご存知の通り、彼岸花の時期がやってきました。なので、今日は彼岸花の使い方を教えようと思います。

さて、さすがに君たちが一切の知識がない、とは思ってないのですが、改めて1からお伝えしようと思っています。よろしいですか?

みんなのお父さんお母さんもこの時期は人間の国に3日間ほど滞在しています。

お分かりの通り、彼岸花はあっちの世界との通路なのです。使い方は簡単。それぞれ割り当てられた彼岸

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SS『夜闇の影』

SS『夜闇の影』

西日はまだ眩しくて、僕はただ一人でそこに立つのは避けたかった。そそくさと逃げるように少しだけ薄くなった影の中に入る。

八月の中盤に雨が降り続いた時、その寒さに夏の終わりを感じて寂しくなった。

終わられたら困るよ、僕はまだ何も出来ていない。

どうしようも無い夏の孤独感は、冬を感じることでより濃くなった。だけど、夏という季語を使えなくなった日々にまたあの暑さが舞い戻ってきた。暴力的な日差しは、僕

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詩『はみ出す青』

詩『はみ出す青』



もう終わるらしい夏休みの
空を見ることなく
部屋の中
ひとりぼっちで吸う息に
とくとくと輝いた愛のなさ
めぐる命の空き箱は
何かを思わすことも無い
さおさおさお
竹の音がどこからか聞こえるの
さおさおさお
また聞こえる
それは猫の悲鳴をかき消すために

マスクから開放され
入ってくるのは青の音
侵食していくその色は
まぶたの裏に焼き付いた

SS『もう少しだけ青い』

SS『もう少しだけ青い』

大きな交差点で私は立ち尽くしたくなった。車窓から見えたその交差点は六叉路で、横断歩道なんてなかった。ただ、車が行き交う上を幾つもの歩道橋があるだけ。

日頃から、私はなんてちっぽけな存在なんだろうと思っているけれど、夕焼けが赤く染っていたら綺麗だと思うし、海を見ると広いなぁと思うのだから何も考えていないも同然だった。

ものとして運ばれる通勤快速は、私の一部となり得るだろう。地球の足の指の間みたい

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小説『もう醒めない』

小説『もう醒めない』

 視界が赤かった。それは信号の止まれであり、渋滞中の車のテールランプであった。夜の街には赤色が唯一の光のように思えた。
私は屋上にいた。闇の中にいたせいで、ここがどこか分かっていなかった。でも、ここはビル街であり、気付いていなかっただけで明かりはたくさんあった。都会の夜は明るいのだと思った。
室外機の上に座っていると、隣からカップルと思しき二人組の歓声が聞こえた。広い屋上には五組の男女

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SS『私の想いは濁流する』

SS『私の想いは濁流する』

河原を歩いている私の体を初夏の風は強く冷やした。もう5月になるというのに、こんなにも寒いものなのか。
空はもう白み始めている。
夕焼けのような世界は、私のことを知らない。誰も私がここにいることを知らない。
優しく包み込んでくれる空気が欲しかった。でももう声も出せなくなった私なんて、守る価値もないらしい。
鳥の声がした。
もう世界はもう息をしている。信号はいつだって動いている。車が止まり、また走り出

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SS『迷惑行為は御遠慮ください』

SS『迷惑行為は御遠慮ください』

同じ形の同じ色の一軒家が並ぶ場所。彼らのアイデンティティはどこにあるのだろう。いつも気になるのは、自分の家を説明する時どうやって表現するのだろうということ。
同じ家がいっぱいあるところの3つ目?
今家主が全員出てきたら、同じ顔してたりしないかな。そうすれば怪談になるのに。
電車から見る世界は楽しい。
まるでジオラマみたいに作り物で、確かすぎて不確かになる空間が永遠と続くよう。あちらとこちらでは温度

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SS『頭にあたるつり輪』

SS『頭にあたるつり輪』

組章が光ると、笑いが漏れた。楽観的なのは僕の悪い所だ。実害はないし、生きていく分にはなんの障害もない。
カラッと笑うところが好きだって言ってくれる人も多い。先生にはもっと真剣に考えろと言われるけど、深刻になってる同期を見ると馬鹿だなぁと思う。まあそれも愛おしいけども、自分にはあんな苦しみを課したくない。
世界はなるようにしかならない。
通天閣が見えそうな駅で遅延していることに苛立つのは無意味だ。ま

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描写の練習② 散文だけの世界

描写の練習② 散文だけの世界

【大教室にて】
頭が落ちた人がいる。きっとあれは人もどき。
動物に「もどき」と名づけるのは、人間だけでは無いはず。ヒトにももどきがいるだろあ。ヒトっぽいけど、何かが違うもの。この教室には何人のヒトもどきがいるのだろう。

【ガイダンスにて】
エアコンの音が響く。学生の邪念が走り出す。一人一人の脳裏にあるものがひとつになり映像となる。それがスクリーンに投影されて、目視できるようになった。

【風呂場

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散文 毎日の頭痛

散文 毎日の頭痛

空が白いのは、誰かが牛乳をこぼしたから。
誰かにあの話を聞きたいけど、僕のもとにはそんな人はいない。
心が誰かを求めている。それは僕が一人ぼっちだからかな。

こんなに世界は広いのに、僕はこんなにも一人だ、なんてありきたりな言葉を思い浮かべては、感傷に浸っている自分がいる。
明日になれば、クラスメイトと笑って話す。
当然のように、ただただその時間が楽しいふりをして。
あの時間は、普通に楽しい。楽し

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