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SS『私の想いは濁流する』

河原を歩いている私の体を初夏の風は強く冷やした。もう5月になるというのに、こんなにも寒いものなのか。
空はもう白み始めている。
夕焼けのような世界は、私のことを知らない。誰も私がここにいることを知らない。
優しく包み込んでくれる空気が欲しかった。でももう声も出せなくなった私なんて、守る価値もないらしい。
鳥の声がした。
もう世界はもう息をしている。信号はいつだって動いている。車が止まり、また走り出す。それに従う。私は従うことしか出来ない。
私はいくつになったのだろう。
私は何回の青空を見たのだろう。
私は何人の人に嫌われたのだろう。
楽しい人生だったはずだ。ずっと誰かと生きてきて、一人にはならなかった。なれなかった。なったところで、軽く友達みたいな人が現れる。
これからもきっと楽しい人生が待っている。適当に笑って、適当に就職する。いつか誰かと親しくなって、そして、その人が死ぬ。私が先に死ぬかもしれない。そっちの方が幸せかもしれない。
川は2日前の大雨で茶色くにごっている。それが綺麗だった。醜いものは綺麗なの。
ずっと前から気づいていたはずだ。消えたものを憂うより、よっぽど幸せだ。
無理やり処女を奪われた私の朝は、爽やかだと言える。何も無い。何も無くなったから、私はもう楽になれる。守るべきものはもうない。
土の着いたスカートを叩き、白いブラウスをできるだけ白くした。破れた服を気にしていられなかった。パンツはどこにいったのか、なんて疑問を私は抱えない。
太陽が上がっていく。
私を襲った人はどこの誰か。
そのことは、この風が洗い流してくれる。あの濁流にのまれたら、私の痛みは消えてしまう。消えた痛みは追うことが出来ない。消しされたらきっと楽になる。でも私は欠如する。
早く布団の中に行きたい。
守ってくれるのは、羽毛布団だけなのね。

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