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占星術

何が、どれが、一番 妥当なのか判らない。

どれが一番、正しいのか。

これは占星術を学ぶ者が、必ずといっていいほど陥る誤解であると同時に、
正しい疑問であり、どれが一番、正しいかを発見する必要があると言える。

一流占星家を訪ね歩いて判る事は、各占星術自体による的中率の差はない、
という事であり、技法自体による差もなく、的中の差は個人差だという事。

2007年に、私は自分の方から一方的に離婚した。
その後の縁で生活環境と職業環境が激変する事になる。

その時期、状況は、2006年に波木星龍が予言した通りのものだった。

私は2010年に、自分は再婚する事になるのだろうかと興味を持った。
各占星術の差を試す機会だと思い、四人の占星家に鑑定を依頼してみた。

古典の重鎮 国分秀星、インドの重鎮 ディーパック・ビサリア、
インドの俊才 アバ・シャルマ、日本の波木星龍、の四人である。

四人は私が再婚すると言い、全く同じ出会いの時期を告げた。

それは翌年の3月だった。

国分秀星は年上の人妻だろうと言い、私が結婚し離婚するとした。
実際に出会った人物は、年上でも人妻でもなかったが既婚者だった。

アバ・シャルマは相手の社会的立場、価値観、性格、顔、既婚である事、
子供がいるシングルマザーであろう事に触れ、それは全て的中していた。
その女性と結婚するかもしれないが、長く続く事は期待できないとした。

四人の予言通り、翌年の三月に私はその女性と出会った。

だが、私はその女性と結婚しなかった。

2010年に既に知り合っていた女性と結婚した。
自分でも そういう事になるとは思っていなかった。

その全てを的中させたのは、ディーパック・ビサリアと波木星龍だった。

これは、関連している範囲への着眼と洞察といった個人差でしかない。
何れも研究熱心な占星家であり、完全に的外れな事など言っていない。

占星術を学ぶなら、自分が魅力を感じるものから入ればいい。

インド、古典、アスペクト、各占星術に違いはあれど優劣はない。
だが、各々の体系に於いて、正しい理解と取捨選択が必要になる。

それが甘いと、使い物にならない。

技法とシステムの成立過程を無視して組み合わせても機能しないのである。
不思議なのは その体系が持つ法則が、機能する組み合わせがあるという事。

また、向き不向きもある。

しっくりくるものが向いているし、実際、自己をより多く明確に描写する。
魅力を感じ、吸収しやすい体系は、より自己に近いからであるとも言える。

著者の見識と感性、実力とスタイルを知る上で 著述は重要な試金石となる。

これから占星術を学びたいと思っている人に、経験から情報提供するなら、
個人的な私見としては、インド占星術なら、K・Nラオの愛弟子 清水俊介。
古典占星術なら 碩学 森谷リリ子。アスペクト占星術なら、達人 波木星龍。

信用できる、という意味で、私ならそれぞれ一択である。

無論、私が縁した範囲、知り得る範囲での話である。

私はこの三人に会った事もないが、著述と事実の符合を長年確認して来た。
このような情報の精査には、軽く数年は要するので情報提供になると思う。

また、古典とインドの一流どころは、出生時刻の修正に長ける。

出生時刻の修正において、国分秀星、森谷リリ子、清水俊介の三人は、
何時何"分"まで結論が一致し、清水俊介は、秒まで詳細に導き出した。

古典占星術とインド占星術の結論が一致する、興味深い例かと思う。

私は縁した事がないのだが、カリカリ博士こと植田訓央の弟子である、
秋月瞳が、その公式サイトで同業者による被害、告訴、判決等を告知。

森谷リリ子、清水俊介といった一流どころも、盗作、著作権侵害、
ストーカーなど、諸々の被害に常々見舞われている事を告げている。

最初に何をどう学んだかは重要だと痛感する時が来る。
自分で確かめていく過程で それが頼りになるからである。

金をかけずにネット情報だけで学ぼうとする人は、情報に弄ばれるだろう。
本物に触れる縁は、時間と金と根気を惜しまない誠意により得るしかない。

情報だけでは役に立たない。

情報の正しい区別と取捨選択に及ぶだけの力量が要求されるし、
知識を統合して瞬時に自然に使いこなす経験と感性を要求される。

情報だけでは、矛盾する多くの情報や定義の真相を見抜く事ができない。
結局は、古典、原典ないし海外の混乱した情報に振り回される事になる。

これは占星術に限らず、運命学全般に言える。

新しい情報、海外の権威、大概 使い物にならないのは世の常である。

いいとこ取りはできない。

自分で確かめていくしかない。

ちなみに私は職業占術家ではない。
自己を知る為に研究し、その妥当性を追求して来た。

自分、身近な人々、よく知る人々、必ずフィードバックを得られる人々、
長年観察できる人々だけを対象にし、出生時刻不明は対象にしなかった。

いくら金を出すと言われても、全く興味のない他人の事に、
あれほどの集中と根気、忍耐と誠意を尽くせる自信がない。

運命学に通じる事と、それを職業にする事は、全く別の話である。
誰とも利害関係がなく、同業者ではないからこそ、言える事もある。

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