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#小説

美しき、百“希”夜行(夜天/女王蜂)

今、『先が見える人』と『先が見えない人』は、どちらの方が多いんだろう。

終わりが見えないなんちゃらウイルスに、もしかしたら明日起こるかもしれない震災に。

行きたい場所へ、行けない。

誰かに会いたいのに、会えない。

ピリピリした現実。

あっちを向いても、こっちを向いても、一寸先は闇。

自分のこともそうだけど、自分が好きな人達も。

たとえば、好きなミュージシャンのこと。

僕の大好きなバ

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「この先は関係なさそうだ」(かわいそ笑/梨)

「この先は関係なさそうだ」(かわいそ笑/梨)

ホラーゲームの実況プレイ動画をよく見る。

実況動画は、ホラーゲームのプレイを追体験できる。訳ではない。熟練のプレイヤーの場合は、プレイが安定しているので、恐怖演出が挿入されても、あまり怖くはない。(逆に、操作がおぼつかない場合は、プレイヤーのリアクションを楽しむことがほとんどなので、やはり怖くはない。)

ホラーゲームに限らず、ゲーム内のプレイヤーは逃走する、あるいは反撃する等の手段があり、もし

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ぼくと「ぼく」のこと。もしくは、孤独の和らげ方。(雲と鉛筆/吉田篤弘)

ぼくと「ぼく」のこと。もしくは、孤独の和らげ方。(雲と鉛筆/吉田篤弘)

平日の住宅地は、とても静かだった。ぼくのアパートの近所の話じゃなく、少しだけ遠出したときの。

この「少しだけ」は、自転車で20分くらいのこと。遠出と言えるほどの遠出じゃないと思う。でも、その住宅地へ訪れたことはあんまりなかったから、ぼくにとっては遠出のようなものだった。近くても遠くても、知らない場所であることに変わりはない。

と、同じようなことを、『雲と鉛筆』の「ぼく」も言っていた気がする。

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勝手に、勝手に(件/内田百閒)

勝手に、勝手に(件/内田百閒)

「人生の意義」がWikipediaにあった。

哲学から。心理学から。あるいは、経済学から。さまざまな見解から。答えだけが載っていない。当たり前なのだけど。

人生に意義も意味もない。と、ぼくは思っている。し、そう思っているのは、ぼくだけじゃないだろう。けれど、意義も意味もなければ、なぜ生きているのか。生きなくたって、いいじゃないか。そう考える人がいるので、あの手この手で、人を現世にとどめようとす

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知らない、知らない(なにごともなく、晴天。/吉田篤弘)

知らない、知らない(なにごともなく、晴天。/吉田篤弘)

まずいコーヒーのことなら、いくらでも話していられる。

――本文より引用

で、始まる小説を、まさしくまずいコーヒーをすすりながら再読していた。「まずいコーヒー」は、どこかの誰かを悪く言っているわけじゃなく、いや、どこかの誰かではあるのか。他ならぬ自分自身。

焙煎に失敗した豆を、試飲していた。まずいというか、クセがひどいというか。とにかく、飲み進めることができない。そういえば、同氏の小説には、「

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「30歳までに死」なない人達の話(陰火/太宰治)

太宰治に『晩年』という題名の小説はない。『晩年』は、作品十五篇を集めた第一創作集に付せられた総題であるのだ。(中略)太宰治は自殺を前提にして、遺書のつもりで小説を書きはじめたのだ。

――奥野健男『解説』p333より引用

こんなに、文字どおりじゃなかったことがあるだろうか。いや、ない。と、解説に辿り着いたぼくは訝しんだ。てっきり、未完の絶筆だとばかり。(でも、よく考えてみれば、『グッド・バイ』と

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遭難したときは、(ハイライトと十字架/kazumawords.)

遭難したときは、その場から動くべきじゃないらしい。それは、その通りなんだろうけど。助けが来ないことが、わかりきっていたら。自分でなんとかするしかないと、知ってしまったら。それでも、動かない方がいいんだろうか。



しんとしていた。音がなかった。そんな読後感だった。雪が静かに、切れ目なく降り積もり。気付けば、身動きできないほど埋もれている。よく見れば、それは雪じゃなく灰で。溶けてくれないし、どけ

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孤の人(黄色い雨/フリオ・リャマサーレス)

どのようなものも以前と同じではない、思い出といっても、しょせん思い出のそのものの震える反映でしかないのだ、(後略)

――p48より引用

廃村。で、朽ちていく老人。とは、似ても似つかぬ環境で生きるぼく。と、書いてみたけれど。本当に、そうだろうか。

一人、また一人(もしくは、一家族ごと)いなくなっていく村。自分の子どもさえ。そして、夫である老人を残し、押しつぶされる思いに押しつぶされ、首をくくっ

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「自分と違っている者」たちの話(カモメに飛ぶことを教えた猫/ルイス・セプルベダ)

「自分と違っている者」たちの話(カモメに飛ぶことを教えた猫/ルイス・セプルベダ)

「最後に、ひなに飛ぶことを教えてやると、約束してください」
(中略)
「約束する。そのひなに、飛ぶことを教えてやる。さあ、もう休むんだ。ぼくは助けを呼んでくるから」

――p37-38より引用

もうすぐしぬことがわかっているカモメは、会ったばかりの猫に、これから生まれる子どもを託す。カモメじゃないどころか、羽も生えていない生きものに。

それは、他に託す人(?)がいなかっただけじゃなく。この人な

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「し」(灯台守の話/ジャネット・ウィンターソン)

「し」(灯台守の話/ジャネット・ウィンターソン)

自分で自分の死となり、みずからそれを選び受け入れるとは、いったい何という人生だろう。(中略)今の俺にできることは、せいぜいこの死を味わいつくすことだけだ。

――本文より引用

この本を読み始め、中盤に差しかかったとき、ぼくは「し」と隣り合わせだった。正確に言えば、生きている内は、常に「し」と隣り合わせだけど、そういう話ではなく。他人に自分の首を絞められたり、自分で自分の首を絞めたり、そんなことが

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いばしょ を つくろう(天窓のあるガレージ/日野啓三)

いばしょ を つくろう(天窓のあるガレージ/日野啓三)

1
ガレージには天窓があった。
2
少年は長い間、それに気付かなかった。

――(第1章,第2章)

すぐそばにあるものに、気付かないことがある。それが、後々(少なくとも、自分にとって)重要になるものであれば、なおさら。あの現象は、なんなんだろうか。名前を付けられないだろうか。

一言二言で終わる二つの断章。で、始まる「天窓のあるガレージ」。は、堀江敏幸の「戸惑う窓」に登場した。

自家用車を事故

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身に覚えのない風景(無題/カーソン・マッカラーズ)

身に覚えのない風景(無題/カーソン・マッカラーズ)

「人は何もかも計画することなんてできないんだよ」

――本文より引用

このセリフだけは、よく覚えていた。

覚えていたというか、ぼくのどこかで痕になって、膿んでじゅくじゅくした音を立てるのを聞いていた。そのくせ、空であらすじを辿ろうとすると、上手くいかない。

『無題』(カーソン・マッカラーズの20代のころの習作。未完成のまま、後年未発表作品集としてまとめられた。)は、アンドルーという青年の追憶

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蜜と腕(片腕/川端康成)

蜜と腕(片腕/川端康成)

大切なものを他人に預ける行為は、何を指すのだろう。あなたを信用している証なのか。それとも、あなたになら壊されてもいい、その願いなのか。

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを右手に持って私の膝に置いた。

――p119より引用

娘は、自身の右腕を男に預ける。右腕は着脱式で、肩から外しても、腕にはちゃんと血が通っている。だから、自身の一部をそっくりその

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どこから行っても「近い」町(猫町/萩原朔太郎)

どこから行っても「近い」町(猫町/萩原朔太郎)

何処へ行って見ても、同じような人間ばかり住んでおり、同じような村や町やで、同じような単調な生活を繰り返している。

――p9より引用

『猫町』は、小説である。という事実に、少なからず違和感を覚えた。

語り手である「私」は、朔太郎本人でも(おそらく)差し支えなく、『猫町』は、一見かわいらしい名前でありながら、結局のところは、「私」が「私」を通して見えた世界なのである。

「私」が語るところによれ

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