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私たちを取り巻く環境・世界

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#自然

命の受け渡し

命の受け渡し

若い頃から、ジビエが好き、と言ってその季節になるといそいそとジビエ料理のレストランに足を運んでいた。と書き始めたものの、さらに遡れば、中学校時代には、友だちのお父さんが猟で獲って来たという鴨や鹿肉をいただいては、家でひとり料理していた。大学時代にお世話になっていたスキースクールの校長先生のお宅で、地元で獲れた鹿や猪が届くと嬉々として調理して同宿しているスキー部の仲間や、訪れるスクールの先生方に振舞

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農業と自然

農業と自然

忘れていないか?農業は自然ではない、ということを。

野菜は、言わば、入植者。自然にそこにあった木々や野草たちは原住民。

その自然に戦いを挑み、破壊し、畑という人工物を作り、野菜を植えて育てるための場所を確保し続ける。人間好みの弱々しい「野菜」と言う名の植物を育てるために、必要に応じて、その土地の原住民たる植物だけでなく、虫や獣も殺戮する。

畑は自然ではない。自然を切り拓いて作った人工物だ。

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新幹線め

新幹線め

このところ、ちょうど1カ月前にひょんなことで知り合った「師匠」と山を歩いている。といっても、登山ではない。トレッキングどころか、ハイキングとも言えないような、車で師匠のとっておきの場所まで連れて行っていただき、そのあたりを山菜を摘みながら歩いて、山野草や樹木、鳥の名前などを教えていただいているだけなのだが、山で必要なものが全部装備された師匠の軽自動車で行く大人の遠足は最高に楽しい。

今日はココ!

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魂

ある高校生とのやり取りの中で、私の中でぼんやりとしていたひとつの考えがはっきりとしたものになったので記録しておく。私は、キリスト教カソリックの幼稚園に通い、その後はプロテスタントの学校で学んだが、クリスチャンではない。家は浄土真宗だが、自身は仏教徒ではない。聖歌隊のメンバーで日曜学校に通ったり、宗教とかキリスト教概論という授業が必修だったこともあり、宗教は常に身近にあり、人の生活や人生の一部にある

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実感

実感

いつかマレーシアで「一仕事」終えた暁には、日本の中をあちらこちらのんびりと旅してみたいと考えていた。しかし、コロナ禍が降ってわいて来て、一仕事も、その完了後という時代も、先延ばしになってしまった。と、考えると、このコロナの時間が、いつまで続くのかわからず、断続的にやってくる外出や移動の自粛期間に気を奪われているうちに、思考さえも停止するような、無駄な時間に思えてしまう。

留学先から帰国する娘を日

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