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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#042



元歌 松任谷由実「恋人がサンタクロース」

恋人がサンタクロース
本当はサンタクロース
つむじ風追い越して


夕飯は牛肩ロース
本当は高野豆腐
焼肉のタレかけて




ちょっと早いけど、メリークリスマス!

「メリークリスマス! ミスター・プロレス、ハーリー・レイス!」

写真の男の子は、ハーリー・レイスのひ孫さんだそうです

「噓をつくんじゃねえよ! 場外でブレーンバスターお見舞いすんぞ!」

……

しかし『私をスキーに連れてって』っていってた人も、多分もう孫がいる世代なんでしょうね

「そうだよな、もう『私の孫をスキーに連れてって』だよな」

本人はヒザが痛いから、スキーなんてもってのほかでしょうからね

「グルコサミンをボリボリ食っちまうくらいだかんな」

ヒザが痛くて、近所の〈すき家〉にも行けないそうです

「かわいそうにな」

『私を〈すき家〉に連れてって』ですね

「いや、〈すき家〉くらい頑張って一人で行ってくれよ!」

……

ということでね、今年も押し迫ってまいりましたけれども

「もうそんな時期か?」

10月に入ったら、そりゃあ、もう年末ですから

「こないだ紅白観たばっかりだと思ってたら、もう年末かよ」

紅白のスタッフさんも準備を始めていますよ、きっと

「今年は誰が出るんだろうな? 紅白」

サブちゃんは間違いなく出るとして、問題は青江三奈ですよねー

「お前、そういう微妙なところをついてくるんじゃねえよ、話が長くなっちゃうだろ」

ですよね、この記事を令和時代で読んでる人は話についてこれないでしょうからね

……

「ところで、『恋人がサンタクロース』ってどういうことだ? 隣のおねえさんは〈老け専〉ってことか?」

違いますよ、 「♪ 恋人がサンタクロース 背の高いサンタクロース ♪」 って歌ってるんですから、背の高いスラッとしたイケメンに決まってるでしょ

「でも、本物のサンタクロースだって背が高いだろ? 外国人だし」

確かに背は高いかもしれないですけど、そのかわり横幅も結構ありますから、だから本物のサンタクロースが恋人だったら

「♪ 恋人がサンタクロース かっぷくいいサンタクロース ♪」 って歌うはずでしょ?

「確かに」

だから、恋人の正体はサンタクロースのコスプレをしたイケメンなんすよ

「何でわざわざサンタクロースのコスプレなんかしてんだ?」

そりゃあ、バイトしてるからでしょ、商店街でホールケーキや鶏もも肉を売る

「だったら8時にやって来るのはおかしいだろ、8時つったらかきいれ時だぞ」

休憩時間を利用して、とりあえずプレゼントだけ届けにやって来るんですよ

でも、イブの夜にバイトをしてるくらいだから、イケメン君にはお金が有りません

なので、プレゼントは全然売れなくて残っていたバターケーキ1個だけです

「ダメダメ! オシャレなおねえさんはバターケーキなんて食べたことねえぞ!」

はい、案の定、イケメン君はふられてしまいます「いくらイケメンでも、やっぱり金のない男はダメね」とかいわれちゃって

そして、結局オシャレなお姉さんは本物のサンタクロースと付き合います

「やっぱ〈老け専〉じゃねえかよ!」

違いますよ、問題は金を持っているかどうかなんですよ

「金持ちなのか? サンタって」

そりゃそうでしょ、こんな暮の忙しい時期に、プレゼントを無料で配るだけの財力と時間があるんですから

「そうだよな、とんでもねぇ道楽だよな」

まず、金があるかどうかが最低限の条件なんです、その次に若いかどうか、イケメンかどうか、優しいかどうか、価値観が同じかどうかなんですよ

「金がなかったらオシャレなおねえさんがオシャレできねえしな」

金ないイケメンより、金あるジジイ、なんですよ

「そうだよな、金のないジジイだったら、わざわざ付き合うはずねえもんな」

宮崎駿もいってたでしょ、「金ねえジジイは、ただのジジイだ!」って

「豚だよ、豚!」

……

ところで先輩、サンタ関係の思い出とかあります?

「ない!」

すがすがしいですね

「そういうお前はあんのかよ」

もちろん、ありますよ、毎年サンタから手紙をもらってましたから

「手紙?」

はい、直筆の長い手紙

「嫌な予感がするな」

サンタは書いてました、もう限界だと、もう疲れたと、このままだと過労死ラインを越えてしまうと、だから今年も君へのプレゼントは届けられないと……

「お前、それ信じたのか?」

だって、自分が弱音を吐けるのは君しかいない、君ならサンタの本当の気持ちをわかってくれると思って、こうして手紙を書いてるんだって……

「うわ~、ヒモ男が良く使う手口だぞ、それ」

だから、プレゼントなんか全然ほしくなかったです、いや、むしろプレゼントをもらってはしゃいでいる子供たちを軽蔑してましたね、サンタの本当の気持ちも知らないくせに、イイ気なもんだって……

「やめろ! それ以上聞いたら涙が出てきちゃうだろ!」

でも、小っちゃい弟は、まだそんなことわかんないですからね、アタイがサンタのふりをしてプレゼントをわたしていました

「金ないんだからプレゼントなんて買えねえだろ」

もちろん、なので、生ゴミの中からシジミやアサリの貝殻を拾ってきて、それを公園の水飲み場で洗ってから〈海の宝石箱〉って書いたお菓子の空き箱に入れて、そんで、弟の枕元に置きました

「2種類しかない、生臭い宝石箱な」

翌朝、二人して貝殻を耳に押し当てながら「あっ、波の音が聞こえる!」とかいってましたね

「聞こえねえよ! シジミやアサリじゃ奥行きが足りねえよ、奥行きが!」

でも、確かに波の音が聞こえたような気がしたんだよな~、子供心に……

「ちげえよ! それは波の音なんかじゃなくて、そんなお前らを見てすすり泣く誰かの泣き声だよ、きっと」

そうなんすかね

……

あれ? 先輩、泣いてるんすか?

「な、泣いてねえわ、バカヤロー!」

……

というわけで、ちょっと早いけど、メリークリスマス&ハッピーニューイヤー!

「メ、メリークリスマス、ミスター味っ子! うっ、ううっ……」





K君の本性が暴かれました

奴は、とんでもない酒乱でした

警察の御厄介になり虎箱に入れられても、自分のやったことをほとんど覚えていないのです

しかも、覚えていないどころではなく、自分こそが嫌な思いをしたのだと被害者面で周りにアピールしまくるらしいのです

ただの困ったチャンに違いないのですが、これがアタイラには好都合なのです

K君に酒を飲ませ酔わせてしまえば、隠し通している秘密をペラペラとしゃべってしまうに違いないからです

しかも、自分が秘密を漏らしてしまったことも全く覚えていないでしょうから……

そこでアタイラはパーティーを開催することにしました

そう、〈K君に酒を飲ませて秘密を聞き出しちゃおう作戦〉です

そんなわけで、前回アタイラはK君に電話をかけたのでした





で、前回の続きなんだけどさ~

「前回の続きって、ただ気色悪い笑い方してただけでしょ!」

笑いたくて笑ったわけじゃねえんだよ、心の底からこみ上げて来るものを抑えきれなくて、思わず笑ってしまっただけなんだよ

「そっちの方が気色悪いですよ」

で、何の用だっけ?

「いや、そっちでしょ、電話してきたの!」

ああ、思い出した思い出した、そういえばお前、パーティーしたいっていってたよな?

「そんなこといってませんよ」

いやいや、いってたんだって、今朝見た正夢の中でお前が

「人の夢の中まで責任持てませんよ、さすがに」

そんでな、フロイトの『夢判断』で調べてみたら、なるはやでパーティーを開催しろって書いてあったんだよ

「フロイトが〈なるはや〉とかいわないでしょ!」

アタイラもやりたいんだよ、パーティー

「まあ、やりたいんなら別に止めませんけど……」

うん、やりたいやりたい

「じゃあ、予約しときますんで日時を教えてください、帝国ホテルでイイですか?」

立食パーティーじゃねえんだよ! アタイラが立食パーティーを開いたってヤンキーくらいしか集まんねえだろ!

「ですよね、立食パーティーなのに全員しゃがんじゃいますもんね(笑)」

そうそう、見るに堪えない光景だよな……って、大きなお世話だわ!

「すると、もしかして飲み会レベルのパーティーってことですか?」

そうだよ、アタイラとお前の3人で飲むんだよ

「いえ、結構です、遠慮しときます」

そんなこというなよ、美女2人と飲めるんだぞ! 3Pだぞ! 3P!

「3人のパーティーを3Pっていわないでください! 誤解されるでしょ!」

とにかくヤルんだよ、飲み会も仕事のうちっていうだろ

「プータローしてる人にいわれたくないですよ」

懇親会という名目だったら経費で落ちるだろ?

「まあ、そうですけど……わかりました、やりましょう」

最初から素直にヤルっていえばイイんだよ

「で、何パーティーにします? たこ焼きパーティーとか?」

なに貧乏くせえこといってんだよ! 人の金で飲むんだからもっと贅沢しねえとダメだろ!

「いやいや、たこ焼きパーティーも捨てたもんじゃないですよ」

うんにゃ、だいたい、たこ焼きはパーティーに向いてないんだよ

「そんなことないですよ、楽しいですよ、たこ焼きパーティー」

だってよ、たこ焼きを作る奴が、まず大変だろ? 焦げないように注意しながらひっくり返すタイミングを探ったり

「まあ、作る係の人は大変ですね」

食べる方だって熱いもんだから、ずっと口をハフハフさせて会話する余裕もねえだろ

「確かに、藤波辰爾の呼吸音みたいでうるさいかもですね」

そもそも、たこ焼きっていうのはな、たこ焼き屋さんが焼いたプロの味を楽しむもんなんだよ

「まあ、買って食べたほうが断然美味しいですからね」

アタイくらいの上級者になると、たこ焼き屋に行っても、いきなり買ったりなんかしないからね

「何かを見極めるんですか?」

そう、店先に立って、たこ焼き職人の華麗な返し技を半日くらい見続けるんだよ

「長っ!」

そんで、おもむろに千円札を取り出し、1舟300円のたこ焼きを買って、700万円のお釣りをもらう

「そこまで事細かには知りたくないです」

そしてアタイは、職人が作った芸術のような味のたこ焼きをその場でほおばりながら、また、たこ焼き職人の華麗な返し技を見続けるんだよ

「いや、もうイイ加減帰ってくださいよ! 営業妨害ですよ、営業妨害!」

だから、たこ焼きパーティーなんてものは、個人的に許せねえんだよ

「わかりました、じゃあ鍋パーティーにしましょう」

何でそうやって、貧乏くさいほう貧乏くさいほうへって誘導するんだよ、お前は!

「貧乏くさいですか? 鍋パーティー」

当たり前だろ、アタイラ昭和世代からしたらな、みんなで鍋をつつくなんてのは家族の普通の夕飯、日常的な光景なんだよ

「そんな大人数で食べてたんですか?」

そうだよ、家族だけじゃなくて、近所の子供とか、近所の子供の友達とか、見たこともない正体不明の子供なんかも混ざっちゃってたんだから

「正体不明の知らない子って、それって〈座敷わらし〉みたいなもんじゃないですか!」

そうだよ、その〈座敷わらし〉がアタイだよ

「何やってるんですか、人の家で!」

バカヤロー! 貧乏な子供ってのはな、食べ物にありつくためだったらなんでもするもんなんだよ!

「すいません……でも、RPGみたいですね、何か」

そうだよ、リセットできないリアルRPGで、あらゆるステージをクリアしながら生きてきたんだよ、アタイは!

そんなアタイの黒歴史を鍋パーティーで思い出させようとしてんだろ!?

「違いますよ、鍋が好きなだけですよ、特にキノコが大好きなんですよ、僕」

そうだったっけ?

「はい、キノコさえあれば他は何も無くてもイイくらい大好きです」

ジョン・ケージみてえな奴だな、お前

……

「じゃあ、鍋パーティーでイイですね?」

ちょっと待てよ、早まるんじゃねえよ

「希望があるならいってくださいよ、遠慮なく」

いや、金を払うのはアタイラじゃないから、基本的にはKポタにおまかせなんだけどさ、ほら、最近生活費のほうが減らされてんじゃん?

「まあ、残念ながらそうですよね」

そのせいで最近先輩が、「焼肉食いてえ、焼肉食いてえ」って30分おきくらいにいうもんだから、うるさくてしょうがねえんだよ

「30分おき……」

でもまあ、最終的に決めるのはKポタだから? 今いったことは一切気にしないで自由に判断してくれよ

「イヤ~な感じのプレッシャーかけますよね~」

あと、酒も買ってきてくれな、いろんな種類

「わかりました。でも僕は飲みませんからね」

何でだよ、パーティーなんだから飲めよ

「いや、飲みません」

嫌いなのか?

「嫌いなわけじゃないですけど……」

だったら飲めよ、パーティーなんだから

「いや、絶対飲みません!」

……

「……」

まあいいよ、飲まなくてもイイから、一応お前の好きな酒も買ってこいよ、テキーラとか

「だから~、絶対飲まないからいらないんです! しかも、なんでそんな強いお酒なんですか!?」

わかったわかった、そんなに興奮するなよ、じゃあ、スピリタスでもイイから、とりあえず買ってきてくれよ

「テキーラより強いじゃないですか! アルコールが96度もあるからお二人のタバコで引火しちゃいますよ!」






パーティー当日の夕方、K君が食材と酒を両手に抱えてやって来ました。

「お邪魔しま~す」

あれ? 土産は?

「鬼ですか!? お二人は鬼なんですか!?」

まあ、そう興奮するなって

「興奮もするでしょ! こんな必死の思いで運んできたのに!」

そんなこといったって、読者の期待っつーもんがあんだろ? アタイラの意思とは関係なく

「定型化しないでくださいよ! お願いですから」

……

K君は、食材を流しの横に置き、テーブルの上にカセットコンロを準備すると、いつものようにイサオの元へと馳せ参じるのでした

そして、イサオを抱きながら「どうでした? イサオ君」と訊いてきました

どうでした? って何が?

「行ったんですよね、動物病院」

ああ、行った

「で、どうだったんですか? 診察結果は」

えーと、そのー、あれだ、病気だ、病気

「え!? 病気!? 何の病気なんですか?」

うん? えーとー、そのー、カワイイ病、そう、カワイイ病だ

「何ですか、カワイイ病って? カワイイ病になると成長が止まっちゃうんですか?」

ああ、そうそう、カワイイが止まらなくなる病気だから、ずっと子猫のままなんだって

「えー! それはちょっと、何ともいえない感じですねー、カワイイのは嬉しいですけど、ずっと子猫のままだと、何かこう、心配で心配でたまらないというか……」

だから、お前にも協力してもらいたいんだよ

「僕に出来ることがあるんだったら、何でもやりますよ、当り前じゃないですか」

だから、今日のパーティーなんじゃねえか

「え? どういうことですか?」

何でもない……

……





「はいはーい、そっちに鍋もってくんで、コンロに火をつけてくださーい」

もう、先輩、だから、アタイが火つけるっていってるでしょ!

「何でだよ! 誰が決めたんだよ、そんなこと!」

先輩がボンベをセットしたんだから、今度はアタイの番でしょ!? 普通

「あっ、さてはお前、自分が火つけたいからって、わざとボンベセットをゆずったな!」

違いますよ、先輩がボンベを握ったまま離さないから根負けしただけっすよ!

「あー、はいはい、もうそんな子供みたいな言い争いはやめてください、僕が火つけちゃいますね、はい、パチンっと」

あっ

「あっ」

……

何だこれ?

「すき焼きですけど」

ああ、そっ、そーだな

「嫌いですか? すき焼き」

いや、好きだよ、好きだけど……

「好きだけど?」

好きだよ、好きなんだけど、バンザーイ! って大喜びするほどじゃないっていうか

「わかりますよ、テンションが爆上がりするほどじゃないってことでしょ?」

まあ、そういうことかな

「しょうがないでしょ、キノコ鍋が食べたい僕とのギリギリの折衷案なんですから」

そんな、ふくれっ面するんじゃねえよ、さっ、飲もう飲もう!

「まずはバドワイザーでイイんですよね?」

あったりめえだろ! アタイラは灰皿ものれんもビールもバドワイザー以外は考えられねえんだから

あれ? テキーラもあるじゃねえか

「はい、買ってこいっていうから、一応買ってきましたけど……僕は飲みませんよ」

じゃあ、お前は何を飲むんだよ

「ウーロン茶ですけど」

ふ~ん

……

「やめてくださいよ、目を離してる隙にウーロンハイにしちゃうの」

そんな卑怯な真似するわけねえだろ、どうしても飲ませたい時は、正々堂々と押さえつけて、無理やり口に流し込むわ!

「拷問だな、それ! 正真正銘の」

……

まあ、とりあえず始めようぜ

はい、カンパーイ!

すき焼きなんか何年ぶりっすかね、先輩

「だな」

「はい、卵です、卵は額で割らないで、取り皿の角で割ってくださいね」

何だよ、先回りしていうんじゃねえよ、面白くねえなー

「じゃあ、額じゃなくて恥骨で割ってみるか? 卵」

先輩やめましょ、失敗した時のビジュアルが結構生々しくなっちゃいますから

「だな」

……

Kポタ~

「はい」

卵って、どんくらいかき混ぜればイイんだ?

「さぁ、好きなだけかき混ぜればイイんじゃないですか」

ふ~ん

……

「トロトロが好きだったら、そんくらいでイイし、サラサラが好きだったらもっとかき混ぜたらイイんじゃないですかね」

ふ~ん

……

なあ、Kポタ~

「はい」

こうして卵をかき混ぜてる間って、何をしゃべればイイんだ?

「知りませんよ、そんなこと! 普通にしゃべればイイでしょ!」

そうか~

……

……

「あれ? 何か緊張してます?」

バ、バカヤロー! 緊張なんかしてねえわ! 何でお前なんかに緊張しなきゃなんねえんだよ!

「ですよね、さあ、どんどん食べてください、煮詰まっちゃいますから」

おう、いただきま~す

……

うん、美味い美味い

でも先輩、この肉、何となくスポンジっぽくないっすか?

「うん、そういわれてみると確かにスポンジっぽいな」

「あっ、それ高野豆腐なんで」

え?

……

……

先輩、こりゃあ、きっとアタイラが食べたこともないような超高級な肉なんじゃないっすかね~

「うん、確かにスポンジっぽいけど、メチャメチャ柔らかいし、味もしっかり染みてるしな」

「だから、高野豆腐だっていってるでしょ!」

え?

……

……

先輩、もしかしてこれは、狂牛病でスポンジ状になった牛の脳みそなんじゃないですか?

「そりゃあ、貴重品だ! 今どきなかなか手に入らねえぞ!」

「だから高野豆腐です! 高野豆腐! いい加減現実と向き合ってくださいよ!」

……

……

何でだよ! 何で焼き豆腐の隣に高野豆腐がいるんだよ!

「だよな! 豆腐の隣の茶色い奴っていったら100パー肉だと思うよな!」

いや、高野豆腐は大好きだよ、素晴らしい食材だと思うよ、でも今じゃない! そして、高野豆腐が今いるべき所は焼き豆腐の隣でもない!

イイか? Kポタ、食材にもDDTってもんがあるんだよ

「TPOね」

何だよ、わかってるじゃねえかよ

「肉を高野豆腐で代用したのは、別にケチだからじゃありませんよ」

いや、ケチ以上の悪意を感じるぞ

「お二人にはヘルシーな食事をしていただきたくて」

はあ? お前何か? そうやって、自分は女性陣の美容を気遣っています的なオーラを発散して、アタイラからの好感度を上げようとしてんのか?

「そんな事ないですけど……」

けど、何だよ

「うーん、いいづらいですけど……この際いっちゃいますね」

え? いうの? 男がマジになると何かドキドキする

「電話でもいいましたけど、最近、生活費の方が減らされてるでしょ?」

そうだよ! 結構カツカツなんだよ!

「実をいうと、原因はお二人にあるんですよ」

どゆこと?

「ほら、お二人って金銭的な余裕があればあるだけ肉を食べちゃうじゃないですか」

う、うん、まあ、そうだな

「それで、ほら、最近のお二人って、う~ん、何ていったらイイか……ポ、ポ、ポッチャリっていうんですか? あの~、ふくよかになられてるというか……」

デブっていえよ! はっきりデブって!

「いや、デブっていうほどじゃないです、マジで、以前より何かこう、うっすらとシルエットがふくよかになったというか……」

ふん、こっちはデブっていわれた方がまだマシなんだよ、そうやって〈ふくよか〉だの〈ポッチャリ〉だの、気を使ってますよ~的なアピールをしながらも、目の奥はシッカリと笑ってる感じが一番ムカつくんだよ

「そんな……考えすぎですよ」

うんにゃ、お前と暮居の会話なんて、だいたい想像つくんだよ、「あの2人、最近ポッチャリしてきたみたいですよ、カッコ笑い」って報告メールか何かに書くんだろ? どーせ

そんで暮居の方も「じゃあ、生活費減らしちゃおっかな~カッコ笑い」って返事して「そうですね、余裕があればあるだけ食べちゃうし、口でいってもどうせ聞かないでしょうからね、減らしちゃいましょう、減らしちゃいましょう、カッコ笑い」みたいな感じで盛り上がってんだろ!?

「そんな、ずっと笑っていませんよ」

イイか? Kポタ、よく聞けよ、お前らはそうやってへらへら笑ってるけどな、女がポチャリするには、それなりの覚悟っちゅうもんが必要なんだよ!

「ああ、はい」

女ってのは、本来生真面目な生き物なんだよ、そんな女が「これかは自堕落に生きます!」となると、そりゃあもう、大変な覚悟が必要なんだよ

「そうなんですか?」

まず、お前のようなデリカシーのない奴の薄笑いに耐えなきゃなんねえしな

「デリカシーならありますよ! 自分では結構気を使う方だと思ってます」

口では気を使ってても、顔に出ちゃうんだよ、お前は

「え? そうなんですか?」

『失われた時を求めて』のフランソワーズみたく、パーティーに現れた、急に瘦せてしまった友人に対して、見て見ぬふりもしてあげることができない、そういう育ちの悪さがダダ洩れなんだよ、お前は!

「は? そちらだって卑屈に生きてこられたからなのかもしんないですけど、比喩がプルーストみたいでメチャメチャねちっこいですよ!」

しょうがねえだろ、極端な貧乏人は極端な金持ちに似てきちゃうんだから、ねえ先輩

「だな、極端な金持ちは、金で買えるものなんか欲しくなくなるらしいからな」

アタイラの周りには、金で買えないものしかありませんからね、イサオとかね

「そうそう、それから……う~ん、イサオとかな」

先輩、もう少し思いつきましょうよ

……

な? Kポタ、そういうわけなんだよ

「何が何だかわからなくなってきましたけど、とにかく大変ってことなんですね?」

そうなんだよ、お前らの視線だけじゃなくて、部屋の洋服までもがアタイラにプレッシャーをかけてくるんだよ

「それこそ思い込みなんじゃないですか?」

夜な夜な「このままだと私たち、〈着れないかもしれない洋服〉から〈完全に着れない洋服〉になっちゃうよ~」って洋服が泣くんだよ

「捨てちゃいましょうよ、そんな洋服、そんで上のサイズの服を買っちゃいましょうよ」

バカヤロー! 女の子の洋服ってのはな、単なるモノじゃねえんだよ、洋服を買った時の思い出や、ああ、この服着てどこそこにお出かけしたな~とかの思い出とセットなんだよ

そんな女の子の人生そのもののような洋服たちを捨てて、デカいサイズの服を買っちゃったら、もう二度と後戻りができなくなっちまうだろ?

「全然覚悟ができてないじゃないですか! ポッチャリする覚悟が!」

だったら、肉を我慢すればイイだけだって、いいたいんだろ? どーせ

「そこまではいいませんけど、でも、こんな事いったら何ですけど、お二人っていつもジャージしか着てないじゃないですか~」

バ、バカヤロー! ジャージだけじゃねえわ! たまにはスウェットも着るわ! ねえ、先輩

「そうだよ、ジャージ洗濯する時にスウェット着るわ、バカヤロー!」

……

……

「まあ、わかりました、いまいち納得は出来ていませんけど、わかりました」

わかりゃあイイんだよ

「じゃあ、肉買ってきますよ、これから」

え? イイよー、そこまでしなくても

「いや、買ってきますよ、牛肩ロース」

……

ちょっと待て、お前、肉を買いに行くふりをして、そのままバックレようとしてんだろ?

「え? ち、違いますよ、そんなことしませんよ」

まあ、座れよ

「はい」

イイか? Kポタ、肉なんか本当はどうでもイイんだよ、アタイラにとってはな、牛肩ロースなんかより、お前とのおしゃべりの方がメチャメチャ大切なんだよ

「ありがとうございます、生肉と比較されて勝ってもあんまり嬉しくないですけど、ありがとうございます」

正直にいうとな、Kポタには感謝してんだよ、マジで

「やめてくださいよ」

こんなわがままなアタイラの世話を文句もいわず、……ああ、文句はいうか……文句をいいながらも一生懸命やってくれてるもんな~

「やめてくださいよ、そんな風にいわれたら泣いちゃうでしょ」

だから、とりあえず一杯飲めよ、ほら

「あっ、ありがとうございます、おっとっとっとっと……って、だから飲まないっていってるでしょ! もう油断も隙もあったもんじゃない!」

イイじゃねーか、少しくらい

「だからダメなんです、絶対」

何でだよ

「何でもです」

何でもってことねえだろ

「禁止されてるんです、暮居さんに!」

……

え? そうなの?

「はい」

……

そんなもん、黙ってりゃバレねえだろうが

「ダメです、見つかったら今度こそ殺されちゃいます」

今度こそ?

……

「……実はその……酒癖が……酒癖が悪いんです、僕……」

……

ええー! そうなのか!? 意外いがい、全然そんな風に見えない! ねえ先輩

「そ、そうだな、そんなイメージないな、金輪際ない!」

「しかも、警察の御厄介になるくらい酷いらしいんです……」

……

ええええ!!!

らしいって、お前、覚えてないのか?

「はい、お恥ずかしいことに……」

でも、酒は好きなんだろ?

「はい、好きっていうか……正直いうと、大好きです」

だったら飲んじゃえよ、コッソリ

「絶対ダメです、暮居さんにバレたら大変なことになりますから……」

大丈夫だよ、こっそり飲めばわかりゃしねえよ

「ダメです、今度問題を起こしたら、僕……」

お前、アタイラを誰だと思ってんだよ、たとえお前が酔って暴れようがアタイラが一歩も外に出さねえから、だから安心して飲めばイイんだよ

「絶対に?」

おう、どんなに暴れようが、半殺しにしてでもアタイラが止めてやんよ

「ああ、半殺しにされちゃうんだったら警察に捕まった方がまだイイです」

……

と、に、か、く! アタイラがついてるから安心しろってことだよ!

……

「……じゃあ……チョットだけ……」

おう、チョットだけな、舐める程度でイイよ

……

K君は、コップいっぱいに注がれたテキーラを口元に近づけました

そして、なめる程度に口をつけると、そっとコップをテーブルに戻そうとしましたが……

また、テキーラに口を近づけると、今度はいきなりゴクゴクと勢い良く飲み始めたのでした

……

お、お前、大丈夫か!?

K君が飲み干したコップをテーブルの上に置くと、「コンッ!」という乾いた音が響きわたりました

アタイラはK君の顔を見ました

K君の目は据わっていました

わかりやす!

そして、その目はアタイラをにらみつけていました

「お~い、てめえら~!」

K君の口がそういい放った瞬間、先輩のビンタが炸裂しました

せ、先輩っ!

そのビンタは、UWFインターナショナルの掌底ように綺麗に、そして確実に決まりました

K君は、『椿三十郎』のラストシーンでの仲代達矢のように、ゆっくりと崩れ落ちていきました

……

……




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