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脱学校的人間(新編集版)〈56〉

 職業が表現する個性に自分自身を同定させる。それによって社会的に承認されうる何者かになる。そのような感性的欲求に従い、個性的で稀少な職業に従事することで自己実現を達成したいと「夢見る若者」に対して内田樹は、「そういうことをもし少数の者だけがしているのであるならば、それもまたその本人や社会にとってはまだしも有用ではありうるのだが、しかしその数がもし一定数を超えてしまうと、逆にそれは本人にも社会にも弊害が出てくるということがありうる」(※1)のだと警告を発している。そして彼は、こういったいかにも若者を感性的に惹きつけそうな「クリエイティブでイノベーティブ」な職業を、「青い鳥仕事」というように名づけている。
 内田はそこで、そういうものに若者らが引き寄せられていくようなことも、しかし「実際昔からよくあったことではあって、そういうこと自体が悪いといっているわけではない」とし、なおかつ「むしろそういう人は、どんな共同体にも必要」(※2)なことではあるのだと、それなりに「寛容な態度」をもって一定の理解を示しはしている。とは言いつつも、その返す刀で「もしもみんなが青い鳥を探しに出て行ってしまったら、後の始末は誰がするのか」(※3)と、そこにしっかり冷や水をかけることも、彼はけっして忘れないのであった。
 内田の言うことには、「たしかに職業の選択は個々人の自由として認められているのだが、しかしもし、みんながある特定の職種にドッと流れ込んでしまったとしたら、他の職種に存する社会的な有用性にもとづいた、当の社会の機能は成り立たなくなるし、本人的にもその職種が供給過多になった状態では、自分の思うような仕事はできないだろう」というわけである。そして、「『正常』な世の中=社会=共同体の仕組みとしては、日常的でぱっとしないけれど誰かがやらないといけない『雪かきのような仕事』も、社会を維持するためにはやはり必要」(※4)なものであり、そういった社会の維持に向けて人々留意すべきこととして「大切なのは、そのそれぞれの職種に就く人・就ける人の振り分け、すなわち『按配』なのである」(※5)というように、彼は有り難き説法を垂れるわけである。

 さらにその一方で、「本人は望まないとしても誰かがやらければならない社会的役割」、つまり内田の表現で言うところの「雪かき仕事」について、また「それを望まない若い人」の心理について彼は、「そういった雪かき仕事はたいがい、誰がそれをしたのか誰も知らないし、当然感謝される機会もない、しかしそういう仕事をきちんとやる人が社会の要所要所にいないと世の中は回っていかない、青い鳥を探しに行く人たちには、どうもこの『雪かき仕事』に対する敬意がいささか欠けているのではないか、『雪かき仕事』は当人にどんな利益をもたらすかではなくて、周りの人たちのどんな不利益を抑止するかを基準になされるものだから、自己利益を基準に採る人にはその重要性が理解できていないのではないか」(※6)と重ねて釘をさす。
 その上で、「もちろん自分は『みんなが雪かき仕事をしろ』などというようなことを言っているわけではない、自分の成功を求める生き方と、周りの人にささやかな贈り物をすることを大切にする生き方、これはどちらも社会にとっては必要であり、両方のタイプの人がいないと社会は立ちいかない、別に強いて『そのどちらかに決めろ』などと言っているのではないが、ただ仕事について『自己利益の最大化』を求める生き方がよいのだという言説がメディアであまりにあふれており、逆に『周りの人の不利益を事前に排除しておくような目立たない仕事』も人間が集団として生きていく上で不可欠の重要性を持っているということはあまりアナウンスされていない、そのことの危険性について注意を促しているだけなのだ」(※7)と、最後は見事に彼流の「按配」を取って、その議論を締めくくっている。
 とはいえ、彼の言うところの「他人の利益に最大限貢献することが善い生き方だという言説」ならば、それこそあちこちの「教壇の上」から若者たちに向けて、かねてから十分過ぎるくらいにアナウンスされてきたものではなかっただろうか?そして内田自身、教員としてかつて学生たちの前において、そういった「奉仕の精神」についてただの一言も説いてこなかったというわけではあるまいとも思われるのだが、そのあたりは一体どうなのだろうか?

〈つづく〉
 
◎引用・参照
※1 内田樹「下流志向」
※2 内田樹「下流志向」
※3 内田樹「下流志向」
※4 内田樹「下流志向」
※5 内田樹「下流志向」
※6 内田樹「下流志向」
※7 内田樹「下流志向」


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