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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#オリジナル小説

香山のエンディング「冥界」

 明は私の薬物依存を放っておけないと言ってついてきた。監視によって薬が絶たれた私は、一貴山への道中何度か幻覚を見て、その度に明に助けられて、胸を打たれた。宅に着いても明は涙を止めるのにしばらくの時間を要したし、私は彼が予想に反して自分への思い入れを深くしていたことを知り、彼に寄り添う気持ちがなかったのは自分自身であったことを思い知った。初めて体験する明の涕泣でショックから立ち直れなかった。私達二人

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貫一の1「ハニーポット」(28)

 脇腹を何度か刺されたので、血が出ていた。そのままでは生死にかかわるために、止血しながら私は紅葉を電話で呼んだ。移動手段を確保する必要がある。
 河原の道を外れた雑草畑の上で私は足をのばしていた。この時間は、福岡市から唐津方面へ向かう車が多く、いつまでも橋の上は混雑していた。ここ数日はずっと晴れていたが、土はまだ湿っていて、腰を下ろすのは心地のいいものではなかったが、応急処置を済ませるためにはこう

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明の12「浮世のカテーテル」(29)

 人の首を切るのはこれが初めてではない。後ろから対象の口を押え、悲鳴を絶ってから強い力で引っ張る。そうすれば対象は確実に理性を失い、事態を理解できなくなる。そこで首に刃物の先端を入れてゆく。忽ちに血が飛び散り、痛みに耐えかねた対象は倒れる。あとは息の根が絶たれるまでめった刺しにし、八つ裂きにする。
 これは私が後ろから近付いたがために容易に成せる芸当だった。しかし、対象が私を認識している場合はさら

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明の13「正しい街」(30)

 私は変わらず緑を見ていた。この色に何らかの変化が起こるのを、佇んで待っていたのだ。鏡の中でも雨は降った。相変わらず、強弱に定まりがなかった。次第に私は鬱屈を覚えだした。こらえきれず気をそらそうと手のひらを見れば、それはサイコロでできていた。私の側には、一の赤い点が向いている。裏返してみると、それもすべて赤い点だった。どうも二層構造らしい。手を振ってみると、簡単に崩れてサイコロがぽろぽろと落ちて行

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香山の17「ここでキスして。Ⅱ」(35)

「『どうして泣いているんだい』
 俺は分かっていた。でも、違うと願いながら尋ねた。
『あんたのせいやろ、嘘ついて、お客さん入れて、あたしどんだけ暴言吐かれながらやったと思いようと? 何で、あたしだって自分がかわいいなんて思い上がっとらんし、周りの人の反応を見ればどげん風にみんながあたしに腹の中で評価を下してるかぐらい、見透かしとう。あたしせめて会話ぐらいは一流にしようと、頑張りよったんに。大体から

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香山の22「日なたの窓に憧れて」(40)

 私は宅の机に置かれたノートパソコンで、中崎から送られてきた依頼を見ていた。組に持ち込まれた、娘を強姦された父親からの依頼であった。彼はその犯人を殺してほしいと頼んできた。彼が泣きながら組の門をたたき、その場で風呂敷に包まれた金を取り出して、泣きながら土下座をして恨み事を述べる場面などを妄想し、多少の義憤を覚えながらも金を得るためと計画を立てた。何しろこれが正真正銘初めての仕事で、それも非合法中の

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香山の23「ナナへの気持ち」(41)

「お疲れ、何か食べるかい」
「いいの」
「お前、あの店のラーメンが好きだったろう。俺も好きなんだ。あそこに行こうか」
「うん」
 息子はきっと、父親の傲慢に腹を立てる日々で感じる、ふとしたそんな優しさと自分の犯した過ちを同時に認識し、泣きながら告白したのかもしれない。いいや、人間はそんなに綺麗ではない。少年院や学校での立ち回りを怖れ、それとなくぼやかして告白したのかもしれない。少年にとっては、父親

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香山の24「魔法のコトバ」(42)

 宝くじで千円当たったり、新しく交際相手が見つかって幸福を感じても、そのたびにその、殺された家族が私の前に現れては、「いい気になるんじゃないよ」と口をそろえて言うのだ。ちょうど先ほどのKのように。
 人類がいがみ合うすべての諸悪の原因が自分であるかのように思えた。私がこんな仕事をしなければ、こんな汚い人間でなければ、とそのたびに自分への嫌悪を烈火へ注ぎ込んだ。
 仕事を終えた自分を思い出し、自分の

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香山の27「カーネル・パニックⅠ」(45)

 姪浜駅のロータリーに車を乗り入れ、私は明に別れを告げたが、彼はその挨拶に沈黙で答え、助手席にとどまった。そして長いこと口を閉じたあとでその胸の内をさらけ出した。
「香山、お前はやはり変だ」
「何が言いたいのか」
「自由がどうのこうの、と話しただろう」
「そうだとすれば、それがどうして変になるのかね」
「どうして、ときたか」
 明が怪訝な顔をして、手の施しようがない、というようにそっぽを向いた。

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香山の28「カーネル・パニックⅡ」(46)

「その様子だと、当ては外れていないらしいね。人はハイになると、神経が昂り、はたまた現実と妄想の区別がつかなくなる。大体の人間は根っからの狂人でないから、狂気の取扱説明書を持っていないんだ。悪いことは言わない。今すぐに持っている薬を捨てて、絶つんだ。請負殺人のブローカーに言うのも実に奇妙だが、真人間を目指して生きたまえ」
 的外れな見当をきいて、私は自分の危機感を感じ取られていないことを悟った。彼は

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香山の29「カーネル・パニックⅢ」(47)

「論点を明瞭にしてもらえるかい」
 ここでようやく明が真剣になりはじめた。やはり、柴田隼人の言ったように彼は私より頭の回転が遅いらしい。作者である彼は、自分で作り出した存在のつむじからつま先までを語ることが可能で、そうであるから神なのだった。
 成人に遅れて後ろから歩く幼児を見るとき、その知能の遅れを感じて、愛撫することもあろうが、それは、愛撫と嘲笑とがまじりあう感情として表出している。そんな風に

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香山の30「カーネル・パニックⅣ」(48)

「俺達はフィクションの中にいる、現実には存在していない、架空の存在……『登場人物』なのだ。フェータルな証拠を示す。
 思い出すんだ……俺達がこの小説の冒頭にて行った演出を。
 対談―あれは非常によくある形式だ。読んでいると目をそむけたくなるほど痛々しい気持ちになる種類のものではあるが、あれはステレオタイプのメタ・フィクションなのではないのか?
 よく考えろ。作者、だなんて、今述べたとんでもない、大

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香山の31「カーネル・パニックⅤ」(49)

 罪悪を重ねぬために廃業を提案し、そして彼への温情的偽善として言わずまいとした世界の真理を説いた。話しながら半ばやけくそになっても、結論と道筋を言葉にちりばめることを忘れなかった。それを聞いた彼が、あまりの衝撃でものを言わぬようになるのでは、と心配もしていた。いや、彼はこんなときでも己の利益を優先するのであろうか? とにかく想像するに彼は反駁も可能だし、悲嘆も可能だ。しかし私の期待は薄氷を破るよう

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香山の33「カーネル・パニックⅦ」(51)

 もはやごまかしようのない証拠を見られ、隠匿していた犯行を自白した私を前に明は語りはじめた。
 …………………………。
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 俺が、お前の気がおかしくなったと思ったのは、確か柴田隼人と対談をする前だった……お前はあのときも、俺達の仕事の根本的な問題とやらに悩んでいたんだ。俺にとっては他人の命へ敬いなんぞどうでもいい。むしろ蔑ろに扱ったり、人の優位に立ったりすることが楽しいと思

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