香山の31「カーネル・パニックⅤ」(49)
罪悪を重ねぬために廃業を提案し、そして彼への温情的偽善として言わずまいとした世界の真理を説いた。話しながら半ばやけくそになっても、結論と道筋を言葉にちりばめることを忘れなかった。それを聞いた彼が、あまりの衝撃でものを言わぬようになるのでは、と心配もしていた。いや、彼はこんなときでも己の利益を優先するのであろうか? とにかく想像するに彼は反駁も可能だし、悲嘆も可能だ。しかし私の期待は薄氷を破るように裏切られた。
「やれやれ、お前は薬中だよ」明は呆れながら、二度口にした。「薬中だ」
私はしっかりと論拠を併せて話したはずなのに、彼は再び心を閉ざしてしまったらしい。そう決めつけた私は喧嘩腰になりはじめた。
「臆病な中傷でこの話を済ませるんじゃない。それなら淫蕩を為す男の方がずっと大義を感じるね」
「いいや、薬中だよ。試しに自分の腕を見てみるといい。きっと針の痕がびっしりだ」
彼はこの期に及んでおどけるようにべっと舌を出して、嘔吐するふりをしてみせた。すでに慎重な相談のつもりが、互いにつつきあう泥仕合となっていた。あくまでも私は冷静に、彼に言い聞かせて理解させねばならない、と沈着さを取り戻す意識を得て……その意識を破り捨てた。すると癇癪玉が破裂し、クラッチを踏みつけてから言った。
「では見てみるんだね。俺の腕を見て、健康な肌を視認して、幻想を消滅させるといい。それからお前は、謝罪しながら俺の話を聞くんだ」
そのとき、挑発を受けて矢庭に眉間にしわを寄せた明が、暗夜の礫で私の首に手を伸ばしたので、殴られるのかと思って目を閉じた。殴られるなら、先ほどお宮が殴ったのではない左頬にしてほしいと願った。しかし明は私を殴るのではなく、首を絞めた。気管が絞まる感覚を得て、あの六本松駅での惨事を思い出した。私は今まさに再び死の危険にさらされていた。両手で彼の手を離そうとするが、全く彼の手は離れなかった。私がこれほどまでに真剣に事柄を伝えようとしているのに、沸点に達して衝動で人を殺めるとは、やはり彼に信頼をおくべきではなかったのだ。
Kを思い出した。『死に遅れているのよ、あなた』
彼女も今の私と同様に苦しんだのだった。やはり私には生きる資格などありはしなかった。そんな自分をよしとせず、いつの日かこうなることを夢見ていたのだ。
「おい」
明が言った。もう抵抗をやめたのに、彼はまだ私に何かの苦痛を与えるつもりだった。早く息の根を止めてはもらえぬだろうか。
「なんだ」
「何をしているんだ、お前は」
頭の中でくつろぐように、蛇がとぐろを巻くようにあったわだかまりが去っていったような感じだった。銀色の星がうじゃうじゃと目の端を動いている。右手で目を擦った。すると視界が世界をありのままに映しはじめて、息を呑んだ。
明は前を向いて座ったままだった。自分の首元にあるはずの彼の手は、しゃんと彼の下に収まっていた。自分の認識と現実に起こる事象のギャップを歴然と見せつけられた私は、何が起こったのかを理解できずにいた。ギャップというのは人の感覚を狂わせる。
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