香山の22「日なたの窓に憧れて」(40)

 私は宅の机に置かれたノートパソコンで、中崎から送られてきた依頼を見ていた。組に持ち込まれた、娘を強姦された父親からの依頼であった。彼はその犯人を殺してほしいと頼んできた。彼が泣きながら組の門をたたき、その場で風呂敷に包まれた金を取り出して、泣きながら土下座をして恨み事を述べる場面などを妄想し、多少の義憤を覚えながらも金を得るためと計画を立てた。何しろこれが正真正銘初めての仕事で、それも非合法中の非合法だった。しょっぱなからお縄にかかるわけにはいかない。恐怖に心をつかまれ、恐怖色の精力をもって取り組んだ。目的の達成のためには、過去の完全犯罪、それに対する社会の対策(Kの事案がいい例だ)を調べ上げなければならない。成功を望むのなら成功者の道にならうのがよろしい。
 気にかかった問題は、強姦の犯人の正体だった。父親の突き止めたところによれば、犯人は今宿に身を置く中学生だという。そして、父親が法に頼らず死の裁きを与えようというのだ。中学生とだけあって、住所を調べるのも、生活パターンを調べるのも難しい課題ではない。初心者には簡単な課題がふさわしい、というがこれは実にそうだった。すると不意に私は仕事のスキルアップなるある種崇高な思いを見出し始めていた。不純な追い風を受けて私は突き進んだ。
 両親と一人の弟がいる彼は、電車で学校へ行き、学習塾へ通って夜の十時頃に駅から歩いて帰宅する。その時に殺害を実行すると決めた。
 計画がひと段落着いたところで、ふと私は法の定めた罰則を考えた。一旦立ち止まるだけの倫理はもっていた。彼の扱いはまだ少年であるため、少年院送致、そして保護観察だ。やがて時を経て社会復帰だ。女子高校生をコンクリート詰めにした少年達は実際にそういった道をたどった。今ではのうのうと陽を浴びている。
 そして私はこの依頼を、まるで静かで、鬼のような側面すら持った森の木々に見守られながら水を噴き出すように生み出した、家族の感情を垣間見た。娘を強姦され、それだけで生き延びさせるわけにはいかないという憤怒だった。なるほど泉というよりは噴火口の方がふさわしい。
 私は明に会って計画を伝えた。数日後、明が私に電話をしてきた。今ここにいる私は、その電話の内容を知っているのにも関わらず、仕事の電話ではないことを祈った。代わりに『さっき流れ星を見つけたぞ』と言ったのだと夢想した。
「少年は見つけたがね、まだ殺していない」
「どうして」
「彼の父親も一緒にいたからね。会話からして、二人でラーメンを食べた帰りだったらしい。危うく捕まるところだったぞ。調べはついているんじゃあなかったのかい」
「俺の調べた時にはいなかったんだ。言い訳させてもらうが、彼はいつも一人で帰路に就いていた。とどのつまりそれは初めてのパターンだ」
「なるほど、まあ次が最後の機会だろう」
「気づかれたわけかね」
「そうだな、しかも、少年は少し俺を警戒していた。ちらちらと俺を見ては、会話が上の空って感じだ」
 初仕事とはいえ、私の不手際で仕事の遂行に支障が出ている。もう一度行動パターンを調べるべきだった、と悔いた。そしてこうして回想しているとき、別の方面から私を苦しめる感情を横目に、もう少し待つように、と伝えるべきだった、と悔いている。とにかく話を進めなければどうにもならない。先に進もう。
 その父親が一体何を目的に過ちを犯した息子を食事に誘ったのか。その目的の詳細なんぞは、本人すらも分からない部分はあろうが、父親はもしかしたら息子の異変に気付いて打ち解けようとしていたのかもしれない。おどおどと、もしかすればこの世で最も親密やもしれぬ息子に向かって食事を提案し、何かを聞き取ろうとしていたのかもしれない。

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