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メンタルヘルスとポップカルチャー

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一端の若手精神科医が日々の診療で感じていること、そこから連想したポップカルチャーの話をまじえながら書き残していく文章のシリーズです。
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#映画備忘録

罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】

罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】

濱口竜介監督による『ドライブ・マイ・カー』以来の長編映画『悪は存在しない』。その重厚な映画体験を今も反芻している。というより、あのように切断的に現実へと投げ出される結末を受け取っておきながらそうしないわけにはいかない。

緊張と緩和、長回しとぶつ切り、相反する要素を織り交ぜながら得体の知れない感情を炙り出してくる本作。全編に渡って人間の心が持つ柔らかさと不気味さの両方が喉元に突きつけられる。私なり

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また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】

また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】

山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作とし、アンドリュー・ヘイ監督がアンドリュー・スコットを主演に迎えて映画化した『異人たち』。孤独に生きる脚本家の男がふと幼少期の住んでいた家を訪れると、そこには30年前に亡くなった両親がその時のまま生活しており、かつてのような親子としての交流を行う、というあらすじだ。

このあらすじは大林宣彦監督、風間杜夫主演による1988年の日本映画版にも共通している。今回の

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ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

「へレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督による3作目の長編映画『ボーはおそれている』。日常のささいなことで不安になる怖がりの男・ボー(ホアキン・フェニックス)が怪死した母親に会うべく、奇妙な出来事をおそれながら何とか里帰りを果たそうとするという映画だ。

本作は上記記事で監督自身が語る通り、ユダヤ人文化にある母と子の密な関係性、そして"すべては母親に原点がある"というフロイトの

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メンタルヘルスと2023年のポップカルチャー①"病み"を魅せることについて

メンタルヘルスと2023年のポップカルチャー①"病み"を魅せることについて

アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」が年末年始に大きく注目されたこともあってかアジカンが「転がる岩、君に朝が降る」を演奏することが増えた2023年。あの作品が描いていた、自虐をしつつも自分を強く守る姿は広く共感を呼んでいたし、高いプライドと低い自信が標榜する"自傷的自己愛"と、その姿勢と向き合った最終話は紛れもなく多くの人が胸を打たれていた。

しかし現実はそう簡単ではない。現代において、成熟した自己愛

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診察場面として観る「LIGHT HOUSE/ライトハウス」

診察場面として観る「LIGHT HOUSE/ライトハウス」

「LIGHT HOUSE」と「THE Lighthouse/ライトハウス」という作品を観た。片や星野源と若林正恭(オードリー)がお互いの悩みを語り合うトーク番組で、片やロバート・パティンソンとウィレム・デフォー演じる2人の灯台守が狂気に駆られる映画作品である。タイトルが同じゆえ検索でどうしても同時に出てくるのでついでにと2本続けてみたのだが、どちらも“2人の男の対話”を通して紡がれる作品でありなが

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欲動と享楽を巡る旅/宮﨑駿「君たちはどう生きるか」の精神分析的な1つの見立て

欲動と享楽を巡る旅/宮﨑駿「君たちはどう生きるか」の精神分析的な1つの見立て

宮﨑駿監督の10年ぶりの新作長編映画「君たちはどう生きるか」に打ちのめされている。その幻惑的な世界と複層的な作品構造が思索に耽ることをやめさせてくれない。様々な見方がある作品であり、多くの解釈が既にある中で私も私なりに精神分析的な見方で本作を好き勝手読み解いてみようと思う。

眞人のエディプス・コンプレックス精神分析の創始者・フロイトは男児とは元来、母親に性愛的感情を抱く生物であると捉えた。ゆえに

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荻上直子「波紋」/癒しをぶち抜く身体

荻上直子「波紋」/癒しをぶち抜く身体

”癒し“という言葉が名を馳せて随分と経ったが、よく考えれば、”癒し“とはそこに傷がある前提の言葉である。傷が“癒し”によってほっこり包み込まれることは一時的に効果を出すだろうし、小さな“癒し”が人生を救うこともあるだろう。しかしその傷が“癒し”を拒むものだとしたら、どうなるのか。

セルフカウンターとしての「波紋」「かもめ食堂」や「めがね」など、癒し系やほっこり系と形容される映画で2000年代に頭

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庵野秀明『シン・仮面ライダー』/仮面を被り成熟すること

庵野秀明『シン・仮面ライダー』/仮面を被り成熟すること

庵野秀明監督が池松壮亮を主演に迎えて「仮面ライダー」をリメイクした『シン・仮面ライダー』。幼少期に平成ライダーに親しんで以降、当たり前のようにそこにあった仮面ライダーの"仮面"の役割をあらゆる角度から捉え直し、庵野秀明の作家性と色濃く繋がったとても興味深い1作だった。

仮面の役割本郷猛(池松壮亮)は出てきて早々と緑川ルリ子(浜辺美波)に"コミュ障"とラベルを貼られる。本郷は仮面を被って甚大な力を

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『ザ・ホエール』/あと数歩だけ光の方に

『ザ・ホエール』/あと数歩だけ光の方に

“ひきこもり”と“過食”の映画COVID-19で自宅療養した昨夏、最初は久々の長期休暇!などと考えていたが隔離期間が1週間を過ぎると無性に寂しさが募った。映画やアニメを楽しんでいたはずが、世界から隔絶された気分に陥った。部屋に閉じこもり、生のコミュニケーションを断つことは相当の忍耐が必要であり、"ひきこもり"は覚悟がなければ成立しないことを実感した経験だった。そして、それほどの苦痛を越えてでもひき

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セラピーとしての「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」/多元宇宙というナラティブ・アプローチ

セラピーとしての「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」/多元宇宙というナラティブ・アプローチ

3/3公開の「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」。大好きな死体泳ぎ映画「スイス・アーミーマン」のダニエルズ監督作で、シャンチーの叔母さんが多元宇宙を行き来してカンフーで闘うという概要からしてワクワクしていたのだが、内容は実写版ボボボーボ・ボーボボと言うべきハジケ勝負のオンパレードだったし、久々に劇場で声を出して笑った映画だった。

数年前までほとんど邦画して観てこなかったので米国

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