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自分で自分の「普通」を定義すること

皆さん、こんにちは。綺羅です。

今日もnoteをご覧いただき、ありがとうございます。


最近うちに、雨宿りをしにくる鳥の団体さまがいらっしゃいます。

団体といっても十数羽いる団体ではなく、2~3匹のお連れさまたちです。あまりにも強い雨だと、人間だけでなく、鳥も困るのですね。


私はこの言葉に、悩まない日はありません。

「普通」です。

皆さんは、どう思われていますか?

この言葉、無意識に使うことも多かったのですが、最近は特に気を付けて使うようになりました。

私にとって「普通」という言葉の力は、無意識に思っていることを現実化して、その通りにしてしまうからです。



😶

私のみならず、多くの人が「普通」に悩まされていると思います。

「普通」だったら、メールの返信は早くする

「普通」だったら、仕事の掛け持ちなんて当たり前

「普通」だったら、この年齢には結婚して家庭を築いている

皆さん自身以外の誰かから、日々こうした言葉のシャワーを、どこかで浴びている状態です。

それは自分に直接言われている言葉でなくても、ドラマやアニメの台詞で言われたり、全く知らない人同士の会話が偶然耳に入ってきたり、何かの記事でも、見かけることはあるかと思います。


うつ病や適応障害、これに加えて自分のHSP気質に振り回されていた時、「普通」という言葉が、痛くて痛くて仕方がなかったです。

ただの言葉なのに、身体的に声が出なくなるような感覚です。

「普通にみんなできる」とか「普通にみんな理解できること」だとか、人によって、どのように痛みや苦しみを感じるかは変わってきますが、その言葉で、自分の心が容赦なく、えぐられていきました。

やっとかさぶたができた部分を引っぺがして、さらに血の涙とも言えるような苦しさを、必要であるかのように要求されます。


職場を休職した時、上司と面談する期間が何日か設けられていました。

私は心がいつ崩壊してもおかしくない状態でしたが、逃げずに向き合いたいという性格もあったことから、自分を奮い立たせ、その期間はすべて行きました。

そこで何度か口にされる「普通はね・・・」

普通はね、同僚と楽しく会話をする時間があったりするもんですよ・・・。

誰かの陰口や、人の容姿を噂を楽しみに楽しく会話するのが、普通なのですか?

普通はね、夜遅くまで残業して、明日に備えるもんですよ・・・。

早く仕事を終わらせるために残るのに、お菓子を食べて1時間を潰すことも、残業に入るのですか?

普通はね、世間話もするもんだよ・・・。

来られたお客さんを無視して会話を続けるほどの世間話って、なんですか?

普通はね、みんなとコミュニケーションを楽しむもんだよ・・・。

セクハラやパワハラに便乗することも、コミュニケーションを楽しむことですか?


上記のことを面と向かって、上司に聞いてみましたが、それが「普通」だと仰いました。

環境によっては、人の陰口や噂話で盛り上がり、無駄に時間を過ごし、なんとなく職場に来て、過激な話題になるとみんなで盛り上がるのは、「普通」のことなのだそうです。

そこで議論をする気には、なりませんでした。

ただはっきり分かったことは、この「普通」を続けていたら、私は間違いなく死んでしまうという事実でしたので、それが分かっただけでも、大きな収穫です。


その時に、「私の普通は、私が決める」と、面接後一人で泣きながら、そのことを心して取りかかろうと、決めたのです。



😶

誰かの「普通」は普通かも知れませんが、私にとっては「普通」ではありません。

そのことを、相手に要求するだけでなく、私自身にも心に刻んでおきたいことです。

そのために、よく「自分軸をしっかり持つ」とか「自分で自分を愛する」方法をよく耳にしたり、メディアで見かけることがありますが、次の瞬間には、「普通は・・・」と話題が変わってしまう場面も、よく見かけます。

「自分を大切にしてくださいね」なのか「みんなと同じようにしていてくださいね」なのか、一体どちらが本当に伝えたいと考えているのか、疑わしい場面に遭遇する時が、多々あります。

「普通」という言葉は、人が反応しやすい概念を持つ単語であり、その言葉自体が人を縛る力を持っていて、場合によっては、その単語だけで、人を殺せる能力さえ持てるのです。

だからこそ、私は、自分の「普通」は自分で定義しておきたいのです。

言葉の重さを分かろうとしない・理解しない人間に殺されるなんて、まっぴらごめんだからです。


「普通」という単語を、自ら散々乱用しておいて、

「普通って、どういうことをいうのですか?」

と、聞くと、急に口を閉ざしたり、話題を逸らしてくる人。

先ほど話に出した上司がこういう方でしたが、そうした人に出会うことがなければ「普通」という言葉や概念について、深く考えることはなかったので、その点においては感謝しています。

ただし、もう一度経験したいとは思いません。

そこまで、自分を痛めつけたいという願望など、ありません。

そして、自分は「普通」にあてはまらなければいけない人間だとも、思っていません。


「普通」という型に逆らい、型を破って、毎日が創造的な皆さんと、ここでスキやコメントが交わせるのが、嬉しく、学びになり、毎日が楽しく生きています。

そして、それぞれの方から、知識を与えてもらて、学ばせてもらえて、楽しませてもらえて、癒やせてもらえて、過ごさせてもらえています。

私は、自分が「普通」だと思う状態の中に

「周囲のみんなが創造的で、お互いに切磋琢磨していけて、成長を続けることができること」

と、思い描いています。

その思い描いたことが、このnoteの中で実現しつつあるので、これからこの環境を発展させていきつつ、自分の「普通」のグレードアップを続けていきたいなと、考えています。



今日、午前中にあるオンラインセミナーに参加していたのですが、そこでセミナー講師に、「普通であること」に苦しまれている方のお話を聞き、いろいろと込み上げてくる想いがあったので、この記事にしてみました・・・。

ちょっと感情的になってしまいましたね。

・・・たまには許してください(笑)



😶

トップ画像は kaeruco ... ((( ∧(◉ _ ◉)∧ 様 からお借りしました。

ありがとうございました!


皆さんの「スキ」と「コメント」で自分に自信が持てるようになってきてて嬉しいのと、交流できることが本当に嬉しいです✨

皆さんの記事や作品からも、たくさん学ばせてください🙏✨


それでは、今日はここまでです。

皆さん、いい雨とのお付き合いを!

クリエイターの活動費として、使わせていただきます。 また、日本を中心とした、伝統文化を守り後世にも残して参りたいですので、その保護活動費としても使わせていただきます。