平野琢也

編集者

平野琢也

編集者

記事一覧

小さな誘惑

<小さな誘惑> すうと引かれた一本の線の緊張 とがった鉛筆で心を突き刺す 叫び声は力いっぱい 借り物の日常は あついあついと繰り返す あの人死んだ、あの人殺せ 突然の…

平野琢也
10日前
2

橋の下

<橋の下> 橋の下をたくさんの水が流れたよ いろんなゴミや泥と一緒に 青い大根の葉っぱも流れたよ 村の娘が洗った大根なんだ ふくらはぎを見せて大根を洗ったよ 娘は嫁に…

平野琢也
10日前
4

ひとり暮らし

<ひとり暮らし> ひとり五島列島の孤島に暮らす かつての島民は血縁を頼って島を離れ 7年前に故郷に舞い戻った男ひとりが残った 幾種類もの野菜を作るのが日課 誰もいな…

平野琢也
2週間前
1

料理の写真

<料理の写真> なぜこんなにたくさんの料理の写真を撮るのだろう 決して食材は撮らず 誰かが作った料理がいつも皿に乗っている 悲しい嬉しいという形容詞ではもの足りない…

平野琢也
2週間前
2

悪い夜

<悪い夜> 悪い夜を選んでしまった 静かなのはいいがやけに明るい 焼け跡を歩くとノボロギクが足に絡む ここに道があったはずだが 踏み跡が多くて見分けがつかない 二人で…

平野琢也
2週間前

好戦の民

<好戦の民> 人はなぜ戦闘が好きなのだろう 人馬入り乱れる場面では なぜ緊張し心踊るのだろう 刀や弓で人が薙ぎ倒され 火と油で焼き殺され 屍を踏んで軍馬が走る 馬上か…

平野琢也
2か月前
1

音楽が届く

<音楽が届く> バッハやモーツァルトを聴いていると なぜこの世に音楽があるのかを思う ピアノやチェロが私のためにこの世を整えてくれる それが悲しいこともある それが…

平野琢也
2か月前
1

懐かしい音楽

<懐かしい音楽> 音楽はすぐに消える 音の記憶も残らない なのに 何かに触れたという思いは残る 残った思いは音楽のように響き続ける 太鼓も人の声もラッパの音も 遠い…

平野琢也
2か月前
2

声の配達

<声の配達> 治療して回る魂 人々に先駆けて傷つき触れ歩く人 声を受け止め運ぶ人 届いたとき初めて気づく、それを待っていたのだと 遠くで雨が降る 濡れていないが匂い…

平野琢也
2か月前

焼け残り

<焼け残り> 全焼の火事跡にも郵便が届く 炭化した柱と折れ曲がった鉄骨の脇に 黄色い郵便受けが立った 焼けた家の名を小さく記し 足元を分厚い鉄板と煉瓦が支える 私は火…

平野琢也
2か月前

お喋りなヴァイオリン

<お喋りなヴァイオリン> 歌ってなんかいられない 喋らねば喋らねば この世は伝えたいことばかり 音符の多さうねりの強さは 心の動きそのままなのだ 喋らねば喋らねば 音…

平野琢也
2か月前
2

風の通り道

<風の通り道> 入り口はこちらという矢印に従い 細い通路で裏手に回る 青と白のペンキが剥げた小屋から パンを焼く匂いが流れていた    ブルーベリーの助けを借りて …

平野琢也
2か月前
2

かたすみに

<かたすみに> 土地がないので花壇に埋めました 小山を作って枯れ枝を立てました 雨が降っていました 傘はさしませんでした 勤め人がたくさん歩いていました 小山を作…

平野琢也
3か月前
1

遠すぎる

<遠すぎる> 遠すぎる そう言って痩せた若者が闇に走り込んだ 海まで遠すぎる 故郷まで遠すぎる 夢まで遠すぎる 明日まで遠すぎる 若者は酒を飲む 若者はメシを食う …

平野琢也
3か月前
1

こんな月夜に

<こんな月夜に> こんな月夜の山に明りを持ち込むのは誰だ 薄青い光が作る陰の中で 獲物を探すもの、眠りにつくもの 遠吠えするものが住まうところ 熱すぎる光は穢れと清…

平野琢也
3か月前
1

悪口

<悪口> 根腐れして骨の髄まで崩れている 傾いだ体を自ら立て直す気力はなく 惰性の風に吹かれて なんとかこのぬかるみが終わらぬかと虚しく願う この国の政治家の志の低…

平野琢也
4か月前

小さな誘惑

<小さな誘惑>
すうと引かれた一本の線の緊張
とがった鉛筆で心を突き刺す
叫び声は力いっぱい
借り物の日常は
あついあついと繰り返す
あの人死んだ、あの人殺せ
突然の沈黙

テーブルの上にナイフがある
死にたくない

橋の下

<橋の下>
橋の下をたくさんの水が流れたよ
いろんなゴミや泥と一緒に
青い大根の葉っぱも流れたよ
村の娘が洗った大根なんだ
ふくらはぎを見せて大根を洗ったよ
娘は嫁に行ったよ
嫁に行って泣いたよ
板の間の寒さに泣いたよ

橋の下をたくさんの水が流れたよ
雨で濁った水と一緒に
鼻たれ小僧の麦わらも流れた
雨上がりが嬉しくて
走って転んで流れたんだ
小僧は泣いたよ
膝の傷より
買ってもらった麦わらを

もっとみる

ひとり暮らし

<ひとり暮らし>
ひとり五島列島の孤島に暮らす
かつての島民は血縁を頼って島を離れ
7年前に故郷に舞い戻った男ひとりが残った
幾種類もの野菜を作るのが日課
誰もいなくなった校庭の夏草を刈るのが仕事
台風に備えて防風林を作ろうか
自分ひとりの畑のために
毎日毎年工夫を凝らして実験を繰り返す
コメや缶詰は三日に一度、定期船が運んでくれる
本土に残した妻にはメールと電話

暮らしは楽しいですか
淋しく

もっとみる

料理の写真

<料理の写真>
なぜこんなにたくさんの料理の写真を撮るのだろう
決して食材は撮らず
誰かが作った料理がいつも皿に乗っている
悲しい嬉しいという形容詞ではもの足りない
料理のきれいな写真なら
だれも文句のつけようがない
私は満足と料理の写真に思いを込める
友人知人からは賞賛も批判もない
おいしそうねと一言だけ届く
写真を撮った私への承認だけが届く

悪い夜

<悪い夜>
悪い夜を選んでしまった
静かなのはいいがやけに明るい
焼け跡を歩くとノボロギクが足に絡む
ここに道があったはずだが
踏み跡が多くて見分けがつかない
二人で行くはずが一人を置いてきてしまった
遠い記憶は薄闇に溺れて
何を探しにきたのか忘れそうだ

年をとっても賢くならない
見聞きしたことは多いがどれが役に立つのか
もう行く手は長くはないのに
目の前には新しいことばかり

自分の記憶が

もっとみる

好戦の民

<好戦の民>
人はなぜ戦闘が好きなのだろう
人馬入り乱れる場面では
なぜ緊張し心踊るのだろう
刀や弓で人が薙ぎ倒され
火と油で焼き殺され
屍を踏んで軍馬が走る
馬上から勇者が敵を刺す
その顔は笑っているのか、蒼白なのか
中世の騎馬隊も
戦国の破城隊も優れた軍略家も
指揮官の下で目覚ましい働きをする
それを眺める私たちは
なぜ戦闘を好むのだろう

戦地の民衆が逃げ惑う光景に胸が潰れる一方で
軍事作

もっとみる

音楽が届く

<音楽が届く>
バッハやモーツァルトを聴いていると
なぜこの世に音楽があるのかを思う
ピアノやチェロが私のためにこの世を整えてくれる
それが悲しいこともある
それが嬉しいこともある
これからどこに行こうと思うこともある

音楽家はどこから音楽をもらってくるのだろう
この世にある音を組み合わせるだけなのに
それが音楽家の発明であるはずはない
音楽はすべて懐かしいのだから

音楽はどこまで響くのだ

もっとみる

懐かしい音楽

<懐かしい音楽>
音楽はすぐに消える
音の記憶も残らない なのに
何かに触れたという思いは残る
残った思いは音楽のように響き続ける

太鼓も人の声もラッパの音も
遠い思い出のようによみがえり
私は思わず目をつぶる あるいは
風を見ようと窓を向く
音楽が連れてくる色や形や光景は
私の中にある懐かしいものばかり なのに
新しい風のように吹き抜けて
音楽は今日生まれたのだと告げている

声の配達

<声の配達>
治療して回る魂
人々に先駆けて傷つき触れ歩く人
声を受け止め運ぶ人
届いたとき初めて気づく、それを待っていたのだと

遠くで雨が降る
濡れていないが匂いで分かる
私はそのためにここにいる
動く声を配って歩く

焼け残り

<焼け残り>
全焼の火事跡にも郵便が届く
炭化した柱と折れ曲がった鉄骨の脇に
黄色い郵便受けが立った
焼けた家の名を小さく記し
足元を分厚い鉄板と煉瓦が支える
私は火に抗うと宣言するように

焼け跡に小さな青いテントが立った
4本の支柱と屋根だけで雨は凌げる
後片付けの時に休むのか
逃げ戻った猫たちのためか
テントを風が吹き抜ける
今日は手紙が届くだろうか

焼け跡を掘る
スコップで鶴嘴であるいは

もっとみる

お喋りなヴァイオリン

<お喋りなヴァイオリン>
歌ってなんかいられない
喋らねば喋らねば
この世は伝えたいことばかり
音符の多さうねりの強さは
心の動きそのままなのだ

喋らねば喋らねば
音符は心に追い付かない
でも時には川辺でひと呼吸
羊飼いのマドリガーレ
ジプシー奇想曲
スペイン舞踊
あちこち転がっては戻ってくる
リズムよくテンポよく
国から国へ
時代も軽く飛び越えて
早く早く伝えたい
楽しい思い出
勇者の帰還

もっとみる

風の通り道

<風の通り道>
入り口はこちらという矢印に従い
細い通路で裏手に回る
青と白のペンキが剥げた小屋から
パンを焼く匂いが流れていた

   ブルーベリーの助けを借りて
   風が運んでくる酵母を育てます
   培養した酵母をつないでパンを焼いています

風の通り道に立っているのはパン焼き小屋とパン職人
酵母に囲まれ技能をみがき
パンを介してみんなとつながる

   酵母がうまく育たないとき
   パ

もっとみる

かたすみに

<かたすみに>
土地がないので花壇に埋めました
小山を作って枯れ枝を立てました

雨が降っていました
傘はさしませんでした
勤め人がたくさん歩いていました

小山を作った砂が少し崩れました

土地がないので花壇に埋めました
水をやり花が咲き人が行き来して
やがて土にかえるでしょうか
ひろって帰ったあの人の髪の毛

遠すぎる

<遠すぎる>
遠すぎる
そう言って痩せた若者が闇に走り込んだ

海まで遠すぎる
故郷まで遠すぎる
夢まで遠すぎる
明日まで遠すぎる

若者は酒を飲む
若者はメシを食う
味はなかった
若者はやせていった

遠すぎる
明日まで遠すぎる
遠すぎる
夢まで遠すぎる
あなたまで遠すぎる

若者は何度も同じ歌を歌って
闇を走り抜ける

こんな月夜に

<こんな月夜に>
こんな月夜の山に明りを持ち込むのは誰だ
薄青い光が作る陰の中で
獲物を探すもの、眠りにつくもの
遠吠えするものが住まうところ
熱すぎる光は穢れと清浄の区別をなくす
暗すぎると思うなら立ち去れ
夜の光に生きるもの
朝の光に生きるもの
住まう世界も見える景色も異なる掟に生きるもの

熱すぎる光ですべてを照らし出そうとするものよ
闇をどこに持ち去ろというのだ
光度が増す分、世界は水と

もっとみる

悪口

<悪口>
根腐れして骨の髄まで崩れている
傾いだ体を自ら立て直す気力はなく
惰性の風に吹かれて
なんとかこのぬかるみが終わらぬかと虚しく願う
この国の政治家の志の低いこと
猿が生き延びようと子供をたたき殺す意志にも及ばぬ腑抜け面
私を選んだ者たちを笑え
奴らがこの政治風土を作ったのだと
高笑いする二世三世の勘違いども
血の濃さだけが自慢の厚顔無恥
世が動くのは私が動かすからだと札束の上で昼寝する

もっとみる