<小さな誘惑> すうと引かれた一本の線の緊張 とがった鉛筆で心を突き刺す 叫び声は力いっぱい 借り物の日常は あついあついと繰り返す あの人死んだ、あの人殺せ 突然の…
<橋の下> 橋の下をたくさんの水が流れたよ いろんなゴミや泥と一緒に 青い大根の葉っぱも流れたよ 村の娘が洗った大根なんだ ふくらはぎを見せて大根を洗ったよ 娘は嫁に…
<ひとり暮らし> ひとり五島列島の孤島に暮らす かつての島民は血縁を頼って島を離れ 7年前に故郷に舞い戻った男ひとりが残った 幾種類もの野菜を作るのが日課 誰もいな…
<料理の写真> なぜこんなにたくさんの料理の写真を撮るのだろう 決して食材は撮らず 誰かが作った料理がいつも皿に乗っている 悲しい嬉しいという形容詞ではもの足りない…
<悪い夜> 悪い夜を選んでしまった 静かなのはいいがやけに明るい 焼け跡を歩くとノボロギクが足に絡む ここに道があったはずだが 踏み跡が多くて見分けがつかない 二人で…
<好戦の民> 人はなぜ戦闘が好きなのだろう 人馬入り乱れる場面では なぜ緊張し心踊るのだろう 刀や弓で人が薙ぎ倒され 火と油で焼き殺され 屍を踏んで軍馬が走る 馬上か…
<音楽が届く> バッハやモーツァルトを聴いていると なぜこの世に音楽があるのかを思う ピアノやチェロが私のためにこの世を整えてくれる それが悲しいこともある それが…
<懐かしい音楽> 音楽はすぐに消える 音の記憶も残らない なのに 何かに触れたという思いは残る 残った思いは音楽のように響き続ける 太鼓も人の声もラッパの音も 遠い…
<声の配達> 治療して回る魂 人々に先駆けて傷つき触れ歩く人 声を受け止め運ぶ人 届いたとき初めて気づく、それを待っていたのだと 遠くで雨が降る 濡れていないが匂い…
<焼け残り> 全焼の火事跡にも郵便が届く 炭化した柱と折れ曲がった鉄骨の脇に 黄色い郵便受けが立った 焼けた家の名を小さく記し 足元を分厚い鉄板と煉瓦が支える 私は火…
<お喋りなヴァイオリン> 歌ってなんかいられない 喋らねば喋らねば この世は伝えたいことばかり 音符の多さうねりの強さは 心の動きそのままなのだ 喋らねば喋らねば 音…
<風の通り道> 入り口はこちらという矢印に従い 細い通路で裏手に回る 青と白のペンキが剥げた小屋から パンを焼く匂いが流れていた ブルーベリーの助けを借りて …
<かたすみに> 土地がないので花壇に埋めました 小山を作って枯れ枝を立てました 雨が降っていました 傘はさしませんでした 勤め人がたくさん歩いていました 小山を作…
<遠すぎる> 遠すぎる そう言って痩せた若者が闇に走り込んだ 海まで遠すぎる 故郷まで遠すぎる 夢まで遠すぎる 明日まで遠すぎる 若者は酒を飲む 若者はメシを食う …
<こんな月夜に> こんな月夜の山に明りを持ち込むのは誰だ 薄青い光が作る陰の中で 獲物を探すもの、眠りにつくもの 遠吠えするものが住まうところ 熱すぎる光は穢れと清…
<悪口> 根腐れして骨の髄まで崩れている 傾いだ体を自ら立て直す気力はなく 惰性の風に吹かれて なんとかこのぬかるみが終わらぬかと虚しく願う この国の政治家の志の低…
平野琢也
2024年7月12日 10:16
<小さな誘惑>すうと引かれた一本の線の緊張とがった鉛筆で心を突き刺す叫び声は力いっぱい借り物の日常はあついあついと繰り返すあの人死んだ、あの人殺せ突然の沈黙 テーブルの上にナイフがある死にたくない
2024年7月12日 10:12
<橋の下>橋の下をたくさんの水が流れたよいろんなゴミや泥と一緒に青い大根の葉っぱも流れたよ村の娘が洗った大根なんだふくらはぎを見せて大根を洗ったよ娘は嫁に行ったよ嫁に行って泣いたよ板の間の寒さに泣いたよ 橋の下をたくさんの水が流れたよ雨で濁った水と一緒に鼻たれ小僧の麦わらも流れた雨上がりが嬉しくて走って転んで流れたんだ小僧は泣いたよ膝の傷より買ってもらった麦わらを
2024年7月4日 11:39
<ひとり暮らし>ひとり五島列島の孤島に暮らすかつての島民は血縁を頼って島を離れ7年前に故郷に舞い戻った男ひとりが残った幾種類もの野菜を作るのが日課誰もいなくなった校庭の夏草を刈るのが仕事台風に備えて防風林を作ろうか自分ひとりの畑のために毎日毎年工夫を凝らして実験を繰り返すコメや缶詰は三日に一度、定期船が運んでくれる本土に残した妻にはメールと電話 暮らしは楽しいですか淋しく
2024年7月4日 11:34
<料理の写真>なぜこんなにたくさんの料理の写真を撮るのだろう決して食材は撮らず誰かが作った料理がいつも皿に乗っている悲しい嬉しいという形容詞ではもの足りない料理のきれいな写真ならだれも文句のつけようがない私は満足と料理の写真に思いを込める友人知人からは賞賛も批判もないおいしそうねと一言だけ届く写真を撮った私への承認だけが届く
2024年7月4日 11:32
<悪い夜>悪い夜を選んでしまった静かなのはいいがやけに明るい焼け跡を歩くとノボロギクが足に絡むここに道があったはずだが踏み跡が多くて見分けがつかない二人で行くはずが一人を置いてきてしまった遠い記憶は薄闇に溺れて何を探しにきたのか忘れそうだ 年をとっても賢くならない見聞きしたことは多いがどれが役に立つのかもう行く手は長くはないのに目の前には新しいことばかり 自分の記憶が
2024年5月23日 12:19
<好戦の民>人はなぜ戦闘が好きなのだろう人馬入り乱れる場面ではなぜ緊張し心踊るのだろう刀や弓で人が薙ぎ倒され火と油で焼き殺され屍を踏んで軍馬が走る馬上から勇者が敵を刺すその顔は笑っているのか、蒼白なのか中世の騎馬隊も戦国の破城隊も優れた軍略家も指揮官の下で目覚ましい働きをするそれを眺める私たちはなぜ戦闘を好むのだろう 戦地の民衆が逃げ惑う光景に胸が潰れる一方で軍事作
2024年5月23日 11:57
<音楽が届く>バッハやモーツァルトを聴いているとなぜこの世に音楽があるのかを思うピアノやチェロが私のためにこの世を整えてくれるそれが悲しいこともあるそれが嬉しいこともあるこれからどこに行こうと思うこともある 音楽家はどこから音楽をもらってくるのだろうこの世にある音を組み合わせるだけなのにそれが音楽家の発明であるはずはない音楽はすべて懐かしいのだから 音楽はどこまで響くのだ
2024年5月13日 14:42
<懐かしい音楽>音楽はすぐに消える音の記憶も残らない なのに何かに触れたという思いは残る残った思いは音楽のように響き続ける 太鼓も人の声もラッパの音も遠い思い出のようによみがえり私は思わず目をつぶる あるいは風を見ようと窓を向く音楽が連れてくる色や形や光景は私の中にある懐かしいものばかり なのに新しい風のように吹き抜けて音楽は今日生まれたのだと告げている
2024年5月13日 14:36
<声の配達>治療して回る魂人々に先駆けて傷つき触れ歩く人声を受け止め運ぶ人届いたとき初めて気づく、それを待っていたのだと遠くで雨が降る濡れていないが匂いで分かる私はそのためにここにいる動く声を配って歩く
2024年4月26日 12:42
<焼け残り>全焼の火事跡にも郵便が届く炭化した柱と折れ曲がった鉄骨の脇に黄色い郵便受けが立った焼けた家の名を小さく記し足元を分厚い鉄板と煉瓦が支える私は火に抗うと宣言するように焼け跡に小さな青いテントが立った4本の支柱と屋根だけで雨は凌げる後片付けの時に休むのか逃げ戻った猫たちのためかテントを風が吹き抜ける今日は手紙が届くだろうか焼け跡を掘るスコップで鶴嘴であるいは
2024年4月26日 12:26
<お喋りなヴァイオリン>歌ってなんかいられない喋らねば喋らねばこの世は伝えたいことばかり音符の多さうねりの強さは心の動きそのままなのだ喋らねば喋らねば音符は心に追い付かないでも時には川辺でひと呼吸羊飼いのマドリガーレジプシー奇想曲スペイン舞踊あちこち転がっては戻ってくるリズムよくテンポよく国から国へ時代も軽く飛び越えて早く早く伝えたい楽しい思い出勇者の帰還も
2024年4月26日 12:18
<風の通り道>入り口はこちらという矢印に従い細い通路で裏手に回る青と白のペンキが剥げた小屋からパンを焼く匂いが流れていた ブルーベリーの助けを借りて 風が運んでくる酵母を育てます 培養した酵母をつないでパンを焼いています風の通り道に立っているのはパン焼き小屋とパン職人酵母に囲まれ技能をみがきパンを介してみんなとつながる 酵母がうまく育たないとき パ
2024年4月5日 15:39
<かたすみに>土地がないので花壇に埋めました小山を作って枯れ枝を立てました 雨が降っていました傘はさしませんでした勤め人がたくさん歩いていました 小山を作った砂が少し崩れました 土地がないので花壇に埋めました水をやり花が咲き人が行き来してやがて土にかえるでしょうかひろって帰ったあの人の髪の毛
2024年4月5日 15:33
<遠すぎる>遠すぎるそう言って痩せた若者が闇に走り込んだ 海まで遠すぎる故郷まで遠すぎる夢まで遠すぎる明日まで遠すぎる 若者は酒を飲む若者はメシを食う味はなかった若者はやせていった 遠すぎる明日まで遠すぎる遠すぎる夢まで遠すぎるあなたまで遠すぎる 若者は何度も同じ歌を歌って闇を走り抜ける
2024年4月5日 10:42
<こんな月夜に>こんな月夜の山に明りを持ち込むのは誰だ薄青い光が作る陰の中で獲物を探すもの、眠りにつくもの遠吠えするものが住まうところ熱すぎる光は穢れと清浄の区別をなくす暗すぎると思うなら立ち去れ夜の光に生きるもの朝の光に生きるもの住まう世界も見える景色も異なる掟に生きるもの 熱すぎる光ですべてを照らし出そうとするものよ闇をどこに持ち去ろというのだ光度が増す分、世界は水と
2024年3月12日 14:37
<悪口>根腐れして骨の髄まで崩れている傾いだ体を自ら立て直す気力はなく惰性の風に吹かれてなんとかこのぬかるみが終わらぬかと虚しく願うこの国の政治家の志の低いこと猿が生き延びようと子供をたたき殺す意志にも及ばぬ腑抜け面私を選んだ者たちを笑え奴らがこの政治風土を作ったのだと高笑いする二世三世の勘違いども血の濃さだけが自慢の厚顔無恥世が動くのは私が動かすからだと札束の上で昼寝する