マガジンのカバー画像

読み返したい

28
運営しているクリエイター

#エッセイ

アリゾナの思い出/middle of nowhere

アリゾナの思い出/middle of nowhere

アリゾナで遭難し、ネイティブの人達に助けられたことがある。



私と友人、オーストラリア人のカップル、それから地元で生まれ育ったというサムは、ラスベガス郊外のユースホステルで知り合った。みんな人生の浅瀬で若さを持て余していたのだと思う。なんとなく意気投合して、翌日の夜明け前にはもうグランドキャニオンへ向けて出発していた。

ユースホステルにはウイスキーという名前の汚れた猫がいて、その猫にポテト

もっとみる
スタジアムから聞こえてきた『Creep』に立ち尽くして泣いた夏の話

スタジアムから聞こえてきた『Creep』に立ち尽くして泣いた夏の話

2003年だった。わたしはまだ20代半ばで、仕事は適当、恋愛だけ一生懸命で、新卒で就職した会社をやめてフリーターをしたり派遣社員としてぶらぶらしていた頃だった。

夏だった。当時の恋人と、その友人カップルと車をあいのりして、幕張の夏フェスへ向かった。男同士は同じバンドのドラマーとベーシストとして長い付き合いがあったが、その恋人であるわたしともうひとりの彼女はほぼ初対面で、お互い少しの緊張とともに車

もっとみる
王女の命令と、いつか片付けなくてはいけないもの

王女の命令と、いつか片付けなくてはいけないもの

夏の朝、よく冷えた部屋でひとりコーヒーを飲んだりしていると、ソファから手を伸ばしたあたりに、記憶の泡がゆらゆら浮き上がってくる。

湖底にしずんだいくつかの宝箱が、ため息をつくように、ぽこぽこあぶくを吐き出している。かつて輝いていたものや、大切だったもの、心地よい感触、忘れたくない人、美しい風景――たとえば結婚式のドレスにゆれるレース刺繍や、アリゾナで見た光、冬の夜の、毛羽立った毛布のあたたかさ―

もっとみる
真夏のエレベーター

真夏のエレベーター

街には、真夏の湿気と熱が充満していた。
まして今は、熱気と興奮に彩られた年に一度の大きな祭りの真っ只中。
本番が夜だが、祭りの熱は、昼間も冷めることはなかった。

街には、大きなビルがそびえ立っていた。
街のシンボルであるそのビルには、ガラス張りのエレベーターがあった。
エレベーターは祭りに浮かれた満員の客を乗せ、せわしなく上り下りを繰り返していた。

エレベーターを待つ人に混じって、小さな女の子

もっとみる
ロンリーハーバーフォーエバー

ロンリーハーバーフォーエバー



ぶらぶらしに来た、あんまり美味しくないけどここ来るととりあえず買ってしまう。暑いようで風が冷たくて寒い。子どもたちが喧嘩してる。大きい体の男の子が、イタズラに小さい子を蹴っ飛ばして、小さい子は泣いてた。怪我はなさそうだけど、危ないなあ。犬もいっぱいいる🐕。私は今後、子どもも産まなければペットも飼わないような気がしている。待っている夕焼けは思ったような色にならない。東南アジアのような天気ばかり

もっとみる
物語を読む人にひらかれる扉

物語を読む人にひらかれる扉

5月の窓辺は、読書をするのにうってつけだ。ミルク入り紅茶はずっと適温で、マドレーヌはしっとりと美味しい。透明な光そのものみたいなそよ風が、むき出しの腕にあたってやわらかく砕ける。街の音が一枚の被膜をかぶったようにくぐもり始めると、物語の先はもう、マーブル模様の夢にとろけている。

あまりにも天気のよいある日、古い本を本棚から引っ張り出して読みたくなった。澄み切った青空の綺麗な休日だった。どうして外

もっとみる
『愛がなんだ』が好きなんだ。

『愛がなんだ』が好きなんだ。

あなたが心の底から愛している小説は?

そう問われて真っ先に思い浮かぶのは、角田光代さんの『愛がなんだ』だ。
27歳・OLのテルコがマモちゃんに出会って恋に落ち、しかし恋人同士にはなれないままでひたすら想いを加速させていく、究極の片思い小説である。

物語の中では、特筆すべきなにかが起こるわけではない。
ただテルコは、とにかくマモちゃんのことが好きで好きでたまらず、時に、いや頻繁にちょっと行き

もっとみる
火曜日のノート:2018年2月13日

火曜日のノート:2018年2月13日

火曜日はちょっと立ち止まる。

振替休日の月曜と、バレンタインデーの水曜の間にはさまれた、何の変哲もない火曜日。サブウェイで日替わりサンドイッチをオーダーしたら、やわらかくくずしたたまごがパンにはさまれる曜日。それは、もちろんとても美味しいけれど、水曜のローストチキンや金曜のBLTの方が、なんだか見ばえがするような気がする。うらやましくないと言ったら、うそになるかな。じつは私は、火曜日生まれなんだ

もっとみる
Dear コンプレックス

Dear コンプレックス

クリームたっぷりのケーキが目の前にある時、まだそれを口に入れてもいないのに、舌先に甘い味がとろける。

一輪の花が目の前にあるなら。

たとえば、バラ。

花びらはほんのりとマットで、枝葉はみずみずしく、棘の輪郭は凛と引きしまっている。

鼻先に、ふわんとした香り。

もうそれだけで私はダメだ。口の中に、バラがいっぱいに広がってゆく。強烈な香水を飲まされているみたいで、頭がクラクラして、胸やけがこ

もっとみる
手帖から消えたページ #1

手帖から消えたページ #1

朝、目覚めると、手帖から数十ページが無くなっていた。県庁通りの雑貨屋で買った、手触りのよい紙を束ねたお気に入りの手帖だった。部屋中をくまなく調べたところ、その痕跡から、夜の間に誰かが持ち去っていったのだろうと考えるに至った。
乱暴な手の持ち主によって、手帖は見るも無残に引き裂かれていた。いったい誰が、なぜこのようなことをしたのだろう。しがない一般市民の(それも私なんかの!)日記に、貴重な情報などあ

もっとみる
何が 求められて どんなふうに 選ばれる

何が 求められて どんなふうに 選ばれる

留学から帰国したとき、生活するために派遣社員として働かなくてはならなかった。その会社は、今では違う体制をとっているけれど、十年ほど前は営業担当や技術者といえば男性ばかりだった。ほんの少し空いた席に配置された女性スタッフが、部署内の事務作業を一手に引き受けていた。そのほとんどが派遣社員だった。

もっとみる
金曜日、23時の交差点

金曜日、23時の交差点

金曜日の夕方、後で消えるかもしれないnoteとして、会社を辞める人の周辺から聞き伝わったことについて書いた。そしてそのあと、ふしぎなことが起こった。23時頃、とある交差点で、私は彼女にばったり会ったのだ。花束を持った彼女に。

もっとみる
アリゾナの思い出  Middle of Nowhere

アリゾナの思い出  Middle of Nowhere

アリゾナで遭難し、ネイティブの人達に助けられたことがある。

私も友人もオーストラリア人のカップルも案内人のサムも、みんな人生の浅瀬で若さを持て余していたのだと思う。ラスベガス郊外のユースホステルで知り合い、翌日にはもうグランドキャニオンへ向けて出発していた。

案内人のサムはどこか信用できない人物だった。

もっとみる
雨上がり

雨上がり

ベランダから羽ばたきの音が聞こえてきたので、スズメかな、と思ってお米をまいてみたのは昨日の朝のことだ。まいたからといって、また来るとは限らないし、来るとしてもきっと留守中のことになるだろうと思った。そのお米が今、足元にはひとつぶも残っていない。スズメが来たのだろうか?それとも、雨がもう一度降っただけだろうか。

もっとみる