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Random Walk

288
執筆したショートストーリーをまとめています。
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2020年8月の記事一覧

あなたの色で

あなたの色で

パレットの上で何度も何度も色を混ぜなおす。

いつまで経ってもこれだ、という色が立ち現れてこない。
今日は朝からもうかれこれ6時間ほどもそうしている。キャンバスの中の空は呆れたような白のままで、一向に進む気配がない。
夏の色、夏の空の色を決めかねていた。

8月の終わり、開け放った窓から少しぬるんだ夏の光線が差し込むアトリエで空を見上げる。夏の盛りのどこまでも突き抜けていくような空とはまた違った、

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裏庭の魔法使い

裏庭の魔法使い

 我が家の裏庭には魔法使いが住んでいる。

 ……や、別に大鍋でどろどろと得体のしれないものを煮込んでいるとか、ステッキの一振りで人間をカエルに変えてしまうとか、そういう類いの話ではない。

 うちの裏庭は田舎の家にしてはこじんまりとした庭だけど、その向こうにはちょっとした家庭菜園が広がっていて更にその先には小さな川も流れている。正直どこまでが庭で、どこからか畑なのかちょっと分からないくらいに境界

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あと5分

あと5分

テストの残り時間はあと5分だった。

最後の問題が少し厄介だった。
これを解くのには残り5分では足りそうにない。
せめてもう5分だけあれば、なんとか解けるのに……!

そう思った瞬間、僕の視界は暗転した。

ふっ、と気がついて顔を上げる。

(しまった、寝てしまってたのか!?)

慌てて時計を見ると、終了5分前だった。

(……おや?確かさっきも残り5分だったような……)

不思議がっているうちに

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ある日、空から降ってきて

ある日、空から降ってきて

ファフロツキーズ(fafrotskies)という現象を知っているだろうか。

オーパーツ(OOPARTS)の命名者である超常現象研究家アイヴァン・サンダーソンが「falls from the skies」(空からの落下物)を略して作った造語である。

簡単にいうと「空から有り得ないものが降ってくる」という現象なのだが、
意外とこれが良くある話で、古今東西事例に事欠かかない。

何故か水棲生物の類い

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タイムリミット

タイムリミット

次々と打ち寄せる波は、波打ち際に立っている私の足元の砂を攫っていく。
砂が攫われるたびになんとなく不安定な気持ちになって、私はその都度立っている場所を移動する。
それでも波が来るたびに、足元は常に覚束なくなってしまい、それは今の私の置かれている状況そのもののように思えた。

隣を見れば、琉莉は揺れる足元に怯えることなく、しっかりと砂を踏みしめて立っている。
その姿はたとえようもなく眩しくて、私は思

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みんなゾンビ

みんなゾンビ

※よろしくない表現が若干出てきますので、閲覧ご注意ください。
 特にお食事中など。

ある日目が覚めたらさ、ゾンビになってたんだよ。

……。

え、見た目全然普通じゃんって?
あの、映画でよくあるゾンビみたいになんか目ん玉が白くなって、ラッパーみたいに両手を上げて、あー、とかうー、とか言ってないじゃんって?

そりゃそうだろう。俺だって生活があるんだからさ。
上司に「君、この書類、明日までに仕上

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素直になれたら

素直になれたら

「古橋さん、新しく入った高校生の子、かわいいっすよね」

バックヤードで品出しをしながら話かけてくる島田を見て、私は眉間に皺を寄せる。

島田は同じ大学の後輩で、たまたまこのコンビニのアルバイトで知り合った。生活スタイルが近いからなのか、シフトが一緒になることが多いので、バイト仲間の中では一番良く話をしていると思う。

私は新しく入ったその子の名前を思い出しながら、先日初めてシフトが一緒になった時

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青い空まで飛んでいけ

青い空まで飛んでいけ

あの日見上げた夏の空は、本当に広くて、とても遠かったのを覚えている。
だけどその頃は、なぜかそこにも簡単に手が届く気がしていたんだ。

「準備はいい?……それじゃ、3、2、1、発射!」

彼女の合図とともに僕がスイッチを押し込むと、ペットボトルのロケットは勢いよく水を噴出しながら空高く宙を舞っていった。
キラキラと日差しに煌く涼し気な軌道を描き、どこまでも広がる青い空に果敢に挑んでいく。

河川敷

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口は目よりも物を言う

口は目よりも物を言う

人々が定常的にマスクを身に着けるようになってずいぶん経つ。

最初の頃こそ皆一様に無地のマスクを身に着けていたが、人は飽きるもの。
だんだんと柄物のマスクを着ける人が増えていった。やはり最初はファッションに敏感な女性たちが率先して柄物のマスクを身に着ける傾向にあった。

人と違うもので個性を表現しようとするのは自然の流れ。それはだんだんと先鋭化していき、あるところでこれに着目した企業があった。

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つるのおんがえし

つるのおんがえし

むかぁーし、むかし、貧しいけれども、心の優しい一人の若者がおりました。

ある冬の寒い日、若者は町へと薪を売りにでかけました。

すると町に向かう途中の田んぼで、一羽の鶴が罠にかかってもがいているのを見つけました。

鶴は苦しそうに鳴き声を上げています。

「おお、おお、これは可哀そうに」

若者は鶴を可哀そうに思って、罠を外して逃がしてやりました。

すると鶴は、若者の頭の上を3べん回って嬉しそ

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温もりのある生活

遂に念願のモノを手に入れた。
これを手に入れるまでは随分苦労もした。そもそも金額がとんでもない。

独身男性の一人暮らし、男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲くとはよく言ったものだが、必然的に外食の機会も多く、加えて酒に煙草にパチンコ、ゴルフと意外と金がかかるのだ。

そんな俺にとってこつこつと金を貯める、なんてのは夏休み初日の小学生に宿題をしろと言うようなもので、おいそれとできることでは無い。

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理不尽にもほどがある

「クラリネットの歌は理不尽だと思うの」
「は?」

また変な事を言い出したぞ、と思いながらも私はマリコの方を見る。

モデルをやっているマリコはソファに腰かけてゆったりとしたショートパンツの裾から長い足を投げ出しながら憤慨したようにつぶやいている。

なんとなくつけっぱなしにしていたテレビからは「みんなのうた」が流れていた。ライターの私は現在パソコンに向かって絶賛仕事中なのだけど、よくBGMとして

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天国までは範囲外

天国までは範囲外

別に競争しているわけじゃない。
そう言い聞かせてはみるものの、ただなんとなく気にかかるのは確かだった。

いつもの配達エリアを自慢のロードレーサーで疾走していく。
ハンドルに設置したスマホにちらりと目をやって、目的地を再度確認する。
到着まであと5分ほどだろうか。

俺は配達を生業としている。
配送業者に登録し、アプリを使って連絡を受け取り、店から客まで食事を届けるのが仕事だ。

元々は自転車レー

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夏の魔物

夏の魔物

夏には魔物が住んでいる。

そいつは最高気温39℃越えの日でもぴんぴんしているんじゃないかと思う。
全力で冷房を効かせて温度に対抗している電車を降りたとたんに強烈な熱気が襲ってきた。

「うへぇ」

自分でも分かる情けない声を上げながら私は改札口へ向かう階段を上る。
あまりの気温差にくらくらしてきた。

人波であふれる駅の改札を抜け、駅前の予備校へ向かう途中で憧れの顔を見つけると、私はさっきまでの

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