温もりのある生活


遂に念願のモノを手に入れた。
これを手に入れるまでは随分苦労もした。そもそも金額がとんでもない。

独身男性の一人暮らし、男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲くとはよく言ったものだが、必然的に外食の機会も多く、加えて酒に煙草にパチンコ、ゴルフと意外と金がかかるのだ。

そんな俺にとってこつこつと金を貯める、なんてのは夏休み初日の小学生に宿題をしろと言うようなもので、おいそれとできることでは無い。
パチンコで10万買った日には、この調子でいけばすぐに金なんぞ貯まるだろうと思うものだが、翌月には気がつけば給料のほとんどがパチンコ代に消えていたりする。

だが、もはやそんなことはどうでもいい。
この生活に必要なのは女性の暖かな温もりだと心に決めて、全てを諦め必死に金を貯めたのだ。
そう、やはり日々の生活に必要なのは温もりだ。

それを求めて俺が手に入れたのは最新式の女性型アンドロイドだった。


ここまでの人生でもはや生身の女性が俺に振り向きもしないことは身に染みて分かった。夜の飲み屋の店員だって、金を払っている間は調子よくこちらにしなだれかかってくるものの、店の外で会おうなどと言うものならば、途端に虫けらでも見るような目をして速攻で黒服が呼ばれる。

だがそんな日々にもこれでお別れだ。

注文したアンドロイドが到着する念願の日。俺は朝から今か今かと到着を待ちわびていた。チャイムが鳴り、配送業者が二人がかりで必死に運び込んできたのはどう見ても棺桶にしか見えない木箱だった。

配送業者はなぜか口元をひくつかせながら伝票に判子を求めてきたので、さっさとシャチハタを押して追い払った。

不思議に思って伝票をよく見ると、『品名:グランドピアノ』と書いてあった。どう見てもこの木箱にグランドピアノが入っているようには思えない。これでは配送業者もさぞ噴き出すのをこらえるのに必死だったろう。

販売ページには「配送時には品名をカモフラージュしてお届けいたします!ご家族同居でも安心してご購入いただけます!」と自慢げに書いてあったが、もう少し品名は考えた方がいい。メーカーの奴らは馬鹿なんじゃなかろうか。

まあいい。荷物は無事に届いたのだ。

はやる気持ちを抑えながら、木箱を開封する。

何重にも包んである緩衝材を乱暴に払いのけると、中から出てきたのは注文通りのアンドロイドだった。
さんざん悩んだあげくに初恋の女性に似たデザインの女性型アンドロイドにした。肩までかかる黒髪に、色白の肌、すらりと伸びた手足はとても小さく、今のロボット技術にほとほと関心しながらも、期待に下半身が熱くなってくるのが分かる。

全ての梱包の開封が終わるころにはすっかり汗まみれだった。流石に人間一人分のサイズの開封は骨が折れた。やたらと重いアンドロイドを苦労しながら正座の形で座らせて、期待に胸を躍らせながら首元の電源スイッチを入れる。

……しかし、何度押してもうんともすんとも言わない。おい、まさか不良品じゃないだろうな。

慌てて同梱されていたペラペラの説明書をよく見てみると、『開封後、初期充電が必要です』と書いてあった。なんとも面倒くせえな。説明書を見ながらつむじの所にある充電用のポートを開き、電源コードを接続する。
電源スイッチを入れられる分の充電するまでにそれから1時間かかった。
その間、俺はアンドロイドの周りを冬眠から目覚めた熊みたいにうろうろする羽目になった。緑の充電ランプが灯った時には「やっとかよ」と思わずつぶやいてしまったほどだ。

いよいよ電源を入れる。かすかなモータ音と共に、アンドロイドの目が開く。おお、これは感動ものだ。
次の瞬間、アンドロイドの口から零れてきた言葉は、長ったらしい機械的な言葉だった。

『これは法的文書です。お客様の居住地、またはお客様の会社の主たる業務地が米国内である場合、第10条に記載されている拘束力のある仲裁と集団訴訟の権利放棄についての内容を注意深くお聞きください。第10条は紛争を解決する方法に影響を及ぼします。お客様が本製品のソフトウェアを取得された方法に応じて……』

その言葉はうんざりするほど長く続いた。俺はアンドロイドがしゃべり続ける間もどっかに早送りのボタンでもないものかと探し回ったが、見つけられないままに必要な分をしゃべり終わったらしい。『承認しますか?はい か いいえ でお答えください』と最後に言ってきた。

よくわからんが、どうせ「はい」と答えないと動かないんだろう。俺はアンドロイドに向かって「はい」と答える。アンドロイドは『承認を確認いたしました。次にソフトウェアのアップデートを行います。しばらくお待ちください』と言ってきた。

まだ待たせるのかよ。いい加減にしてくれ。そう思っても問答無用でアップデートに入ったらしい。アンドロイドは無言でつむじのランプをチカチカ点滅させていた。それもまたえらく時間がかかった。

どうにも腹の立つことに、ときおり喋りだして、お、終わったか?と思えば、『ただいまソフトウェアをアップデートしています』だの『もうすぐ完了します』だの『すぐにお使いになれます』だの余計な事ばかり話していることだ。いいから早く終わらせてくれ。蕎麦屋じゃねえんだから『今やってます』はいらないんだよ。
結局それから30分ほど待っただろうか。

ピロン、という小さなメロディ音が鳴ったかと思うと、いよいよアンドロイドが起動したらしい。アンドロイドの目がこちらを認識すると、ついに喋りだした。

『おはようございます。オリエンタルテクノロジー社製アンドロイド、形式Y50-SRPz2359Eです。ユーザーネームを登録してください』

俺は自分の名前を名乗ってユーザーネームを登録する。アンドロイドは俺の言葉を認識すると、『登録しました』と言って黙った。

……いや、しかし、なんか違うんだよな。どうにも喋り方が機械的で不自然だ。俺が事前に見た動画では、もうちょっと自然なしゃべり方をしていたような。俺はもう一度説明書に目を通す。

「自然な会話をご希望の場合は、別途会話ソフトをインスト―ルする必要があります」

勘弁してくれ。この期に及んでまだ時間がかかるのか。しかも会話キャラクターのパターンがいくつかあるだと?
ここまで来たら仕方がない。サンプル音声を順番にアンドロイドに喋らせてみる。


『パターン① うっそ、マジウケるんですけど』

……パス。若いとはいえギャルのような軽薄な感じは好きではない。

『パターン② あんた、きちんとご飯食べとるか?』

……パス。なんで母親のような口調なんだ。

『パターン③ はじめましてぇ、よろしくお願いしますぅ』

……甘えるような口調に若干心惹かれるものがあるが、夜の店でさんざん聞いた口調だし、あまりいい思い出がないからな。パス。

『パターン④ おかえりなさい、ご飯にしますか、お風呂にしますか?』

そうそう、これだよ、これ。俺が求めているのはこういうやつなんだよ。俺は即座にパターン④を選択し、会話ソフトをインストールした。
当然、そのインストールにも10分ほど時間を要した。


会話ソフトのインストールもどうにか終わり、ようやく正座しているアンドロイドの正面に座って会話を行ってみる。

「ただいま」

アンドロイドはキュイ、と音を立てて首をひねり、こちらを向いて俺を認識すると、さきほどと同じように話し始めた。

『おかえりなさい、ご飯にしますか、お風呂にしますか?』

そう言ってにこりと微笑む。俺はその甘い微笑みにいよいよ我慢できずにその場でアンドロイドを押し倒した。
そりゃそうだ。なんだかんだと理屈をつけたが、結局はこのために買ったのだから。
そのまま服を脱がせようとすると、ピーッ、と甲高い音を立ててアンドロイドが硬直する。おいおい今度はなんだ?

『疑似性行為を行うには、別途ソフトウェアをインストールする必要があります。あなたは18歳以上ですか? はい か いいえ でお答えください』

またかよ。しかし幾らこっちがイラついてもインストールしないことには始まらない。俺は「はい」と答えて、インストールを指示した。
アンドロイドは中途半端に倒れて足を開きかけた状態でソフトウェアをインストールしている。かなり間抜けな光景ではある。
しかし、これが終わればいよいよだ。おれはじりじりとしながらインストールが終わるのを待っていた。

しかしだ。

再びピーッという警告音が鳴ると、アンドロイドはこんなことを言い出しやがった。

『この機種は当該ソフトウェアに対応しておりません。インストールを中断いたします』

……ふざけるなよ。俺は思わず拳を握りしめて、よっぽどぶんなぐってやろおうかと思ったが、しかし壊してしまっては返品もできない。

せっかく意を決して買ったのに、どうやら対応機種を間違えたらしい。
こいつを返品して買い直そうと思ったのが、よく調べてみると、対応機種はさらに一桁値段が違っていた。
禁欲生活を年単位でしばらく続けなければ、とても手が出そうにない。


俺はすっかり力が抜けてしまい、その場にへなへなと座り込んでしばらく呆然としていた。


どれだけそうしていただろうか。


俺は間抜けな姿勢のままのアンドロイドを座りなおさせて、いくつかの操作と、ソフトのインストールを行った。


数日後。
俺は仕事を終えて、疲れた体を引きずりながらアパートのドアを開ける。途端に煮物の煮える甘じょっぱい匂いが鼻をくすぐった。台所に立っているアンドロイドがこちらに気がついて声をかけてくる。

『おかえり。今日もお疲れやな。ご飯、出来とるで』

俺は部屋に入ってスーツを脱ぐと、会話パターンを変え、料理ソフトウェアをインストールしたアンドロイドが作った夕飯が並ぶ食卓に向かった。白いご飯に、味噌汁、焼き魚。それに暖かそうな湯気を立てる煮物が並んでいるのを見ながら、どっかりと座布団に腰を下ろす。箸を掴んで煮物を口に運ぶと、絶妙な味付けのジャガイモが、口の中でほろりと崩れ落ちた。

俺は次々と食卓の料理を口に運びながら考える。

……まあこれも、温もりのある生活と言えるんじゃないだろうか。期待していた温もりとは違ったものの、これはこれでなんだが満足してしまっている自分がいるのだった。


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