見出し画像

口は目よりも物を言う


人々が定常的にマスクを身に着けるようになってずいぶん経つ。

最初の頃こそ皆一様に無地のマスクを身に着けていたが、人は飽きるもの。
だんだんと柄物のマスクを着ける人が増えていった。やはり最初はファッションに敏感な女性たちが率先して柄物のマスクを身に着ける傾向にあった。

人と違うもので個性を表現しようとするのは自然の流れ。それはだんだんと先鋭化していき、あるところでこれに着目した企業があった。

その企業は元々LED等の電子機器などを取り扱っていたのだが、これを好機と捉えて取り扱いに習熟しているLEDをマスクに仕込んで派手な電飾付きのマスクを販売し始めた。

最初のうちは流石に奇異の目で見られており、物好きだけが購入していたのだが、とある世界的な女性ミュージシャンがこれに着目。
マスクを身に着けてのミュージックビデオが注目を集め、彼女が私生活でも身に着けていると公言すると世間の注目は一気に集まりマスクは飛ぶように売れ始めた。

そうすると必然的に2匹目のドジョウを狙う企業が現れ始め、一気に市場が広がると競争原理によってマスクはどんどんと多機能になっていった。


今では無数のマイクロLEDを仕込んだマスクが安価な値段で流通し、人々はシチュエーションに応じてマスクに任意のグラフィックを表示させて
コミュニケーションの手段とするようになっていった。

そうすると、気になってくるのがメイクとの相性だ。
マスクをいかに際立たせるかというのがメイクの主眼となり、いまでは目元にほんの少しアイラインを入れる程度の控えめなものが主流となっている。
人々の感情表現はマスクが主に担うことになったのだ。


そんな時代の話である。


初のデートに遅刻した男性は焦った様子で駅前を見渡した。
時刻は午後3時過ぎ。

女性から聞いている目印は「パンダ」とのことだったが、どうにもそれが見当たらない。焦ってここまで走ってきたから、だらだらと流れ落ちる汗を必死で拭いながらあたりを見渡す。しかしマスクにパンダが表示されている女性はいないようだった。いきなりの失態である。

クマを表示させた女性ならいるのだが、あれは違うだろうと思っていたら、
よくよく見ればクマかと思ったマスクの柄は、白黒反転したパンダの柄だった。思い切って声をかけてみる。

「あの、もしかして鈴木さんですか?すいません、私、加藤と言います」

すると女性はマスクの表示をにっこりと笑ったものにして答えた。

「あ、加藤さんですね。お待ちしてました。鈴木です」

マスクの表示を見る限り、遅刻をしてまったものの、相手の機嫌は良いようだ。加藤はほっとして話を続ける。

「すいません、遅れてしまって。あの、今日は映画のチケットを用意してあるんです。実はもう時間がないので急いで行きましょう」

加藤は焦った様子で鈴木の手を掴んで走り出した。鈴木はいきなり手を引っ張られて足がもつれそうになるが、焦っている加藤は構わず走っていく。
映画館についたのは上映時間ぎりぎりだった。
そこでようやく加藤は鈴木を振り向くが、大きく肩で息をついているものの、マスクの表示はうきうきとしたような星がちりばめられている。

加藤はチケットを取りだしながら先んじてホールに入っていく。鈴木も慌ててついて行く。

映画はスプラッタ系のホラー映画だった。
鑑賞中は席が離れており、また上映中のマスクの点灯は禁止されているため、鈴木の表情は加藤からはよくわからなかった。

映画鑑賞後、早めの夕食を取ろうということで加藤が連れてきたのは近くのファミレスだった。

久しぶりの映画鑑賞に盛り上がった加藤は矢継ぎ早に映画の感想を述べていく。鈴木はそんな加藤の話をマスクにニコニコとした口元を表示させながら黙って聞いている。加藤は彼の話を黙って楽しそうに聞いてくれる鈴木をいたく気に入ったのだった。

マスクの表示を見るに、彼女も楽しんでくれているらしい。
これはいけるかもしれないぞ。加藤は内心で呟く。

食事も終わり、加藤はにこやかに次の予定を打診する。

「どうですか、この後は二人でゆっくりお酒でも飲みませんか」

しかし鈴木の口から出てきたのは拒否の言葉だった。

「いえ、私はここで失礼します」

加藤は呆然として鈴木を見る。どうしてだ。マスクにはにっこりとした笑顔が表示されているのに。
鈴木は加藤の視線に気がつくと、マスクを外して表示を見る。
彼女がマスクを外したことで、加藤は初めてマスクの下の鈴木の表情に気がついた。彼女は眉間に皺を寄せて口元を歪ませ、明らかに嫌悪の表情を浮かべていた。

「あらやだ、壊れてるわ、これ」

ぽい、とテーブルにマスクを放り投げると、鈴木はハンドバックから予備のマスクを取りだしながら、一度も振り向かず歩き去っていくのだった。


更なる活動のためにサポートをお願いします。 より楽しんでいただける物が書けるようになるため、頂いたサポートは書籍費に充てさせていただきます。