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KH1992
2020年8月30日 13:28
誰が言ったか、冷めの秋風。付き合う男女の仲は秋雨。九月に至ってもこの身を冷やさぬ周囲の風は、だだっ広いキャンパスの熱風をかき混ぜた後、私の心の隙間を苦もなく通過、散々弄んだ挙句、暖められているのは身体のみ──先輩と私の関係性を、物語っている様に思う。 先輩から、秋風についての小話を教わった。秋の字を『飽き』と掛け『飽き風』、つまり、男女の仲が離れやすいのが、この季節なのだ。それには三つの解釈
2020年8月25日 12:06
『関一雄 様 あたしは今日、部活に出ません。数年前に父を亡くし、母の手一本でここまで大きくなったあたしは、この街を出る事すら叶いません。そして、愛すべき貴方は、遥か遠くの東京等という都市に行こうとしてらっしゃる。その目を輝かせて、こちらに訴え掛けるさま。あまりに酷く、残酷な仕打ちだと思い......。 もしどうしても旅立たれるというのなら、あたしにも考えがあります。あたしにも、意思というモ
2020年8月24日 12:12
「一雄、ちょっと聞きたい事があるんやがな、その熱心に動かす右手を止めてくれんか」 晩飯が終わり、居間にて漫画のページを捲る私の元へ、寝巻き姿の父が静かに寄って来た。多少大きくもある服から出た、細く長い四肢。年老いてもなお皺一つない手足は、確かに皆が言うところの『色白』であった。「お前、高校出たらどうするつもりや。他の所みたいに畑も持っとらん、漁船を操る才能も、ウチの家系には誰も与えられとらん
2020年8月23日 19:55
決してこの街のシンボルとは成り得ぬ鉄塔。ベランダから眺める青々とした緑の巨魁に一つ佇む鉄塔は、それでも悠然とした姿で、私たちの生活や日々揺れ動く感情というものを捉え、今は夏の空に浮かぶ積乱雲に圧倒されながらもただ寂しく、ただ静かに、立っているばかり。 昔からこの港街に住む漁師たちは、この鉄塔に『北方』という名をつけ、波が激しくうねる冬場漁に於ける街の目印として、皆大声でその愛称を叫んだ後、小
2020年8月20日 13:47
「教鞭を取って三十幾年、私が想像もしない様な時代になったと、日々感じ入る次第ではありますが、まさかこんな事態となるとは......」 八月も下旬に差し掛かろうとしていた。夏は年々その色を濃くするように、気温と時季を増長させ、各々のシャツを侵した染みが、暑さと連動して幅を広げて行った。 喫茶店の冷房はぜいぜいと息切れた音を出すのみで、正面に座ったK先生を除けば、手を扇ぎ生温い風に頼る客がその大
2020年8月18日 23:07
少し冷え過ぎた店内。薄い上着を羽織る君の哀れみを孕んだ視線が、ワイングラスを通して半袖の僕まで届いた。冷房が効き過ぎている。目前の君が洒落込み過ぎている。テーブルに置かれたロウソクの火は、僕の心と共にゆらゆらと揺れ動いている。 新たな客が入って来ては、彼らが連れて来た湿気は薄い霧となって壁伝いに上がって行く。そんな空気を掻き混ぜるファンは、乾いた音を立てずに回っていて──思考が一回転した後、
2020年8月13日 18:36
特に君の姿を想像した時、こんな未曾有の事態の中においても一際の輝きを放ち、世の為、土地の為、未だ尽きそうもない患者達の為に、そのあまり強そうにも見えない身体を投げうっているを、ひしひしと感じるのは我が弱さか。 小学校、同じ校舎にて学びを共にした仲ではあったものの、果たして我々が当時身に付けた作法、感じ取った空気というのは、今もなお、身体を駆け巡る血として存在しているものなのだろうか。そんな疑
2020年8月9日 20:30
ここまで揃いの良い親戚を持つというのは、十代の思春期を迎えた当時の私にとって、不幸以外の何物でもない様に思えた。 GWや夏休み、本来であれば友人や彼女との淡い思い出を作るべく、右に左にと奔走していただろう、かけがえのない時間。携帯のメール受信音を認めれば、嫌でも浮き足立つ我が心。だが喜びを噛み締める暇もなく、私を失望の淵に突き落とすのは、決まって母の一言だった。「GW(お盆)の三日間、岡
2020年8月6日 08:44
首筋から鎖骨にかけてを、一筋の汗が通る。それにより目を覚ます僕は、誰にも咎められる事のない小宇宙への切符を手にしたのである。 普段持ち出すリュックやポーチ、ジャケットなども必要ない。ひとたび軽装に身を包めば、やがて聴こえるあのリズム。風鈴、TV、ラジオに夏風、加えて子供が走る音。廊下で陽気にステップ踏めば、汚れた靴でもなんのその。黒い革靴、嫉妬をするが、お前には少し荷が重い。特に、天気が良い
2020年8月4日 08:04
過去の焦り、葛藤。誰かを想えば、伸ばした手よりすり抜けた感触。嫉妬、卑屈。そして、振り返って見えるそんな光景は、お前の心に深い爪痕を残して去った。 若者よ、若者よ。何を考え、何に嫌気が差すのだ。何を拾い上げ、何を捨てるというのだ。お前が大事そうに抱いた優美な魂、その胸の内に秘めたる我儘な自尊心、一点の曇りなき眼差しは、未来の自分をこんなところにまで連れて来てしまったのだぞ。 そうだ、若