歴史を検証するとき、自分の嫌いな解釈も進んで取り込んでいく。 愛国者はリベラリズム、リベラリストは愛国主義を。 世界中のみんなが、嫌いな話も真面目に耳を傾ける。 そのとき、きっと世界はひっくり返る!
ディープフェイクが簡単に作れるようになったから、「何が本当か嘘かがわからない世界」になった。 じゃあ、「その人の価値観において良いことと悪いこと」=「モラル」に価値が出てくるのかなぁ。 「モラル」は結局、どれだけ「一貫性」を持っているか。 善悪じゃない。
マルクスガブリエルの新実存主義は、少し齧っただけで21世紀を生き抜ける。 宗教と政治、歴史の謎を丁寧に紐解き、自分がどう生きたいかを説明できるようになる。 まじですごい。
自由な人だけ恋に落ちることができる。そうでなければ暴力になってしまう いいですか、物事には 「絶対的な無意味さ」などない 同時に「絶対的な意味」もない それを知れば自由になれる (マルクス・ガブリエル ドイツの哲学者) パン教室頑張ります (*^^*)fight!
この世には一瞬間を拡大して 人生に勝る価値を抽きだすコトの できる人がいる。 ソレを芸術家と謂ふ そして、キミがそれなのだ
我々の灰色の脳髄は 知らぬ間に CMと広告と"その他諸々の情報洪水"によって グチャグチャなのではないだろうか
キリスト教をルサンチマンで転換したニーチェを アウトサイダーでウィルソンが転換したのである
『死ぬよりマシ』という考えは我々に希望を与えてくれる。 だが、この考えが機能するのは「死んだ方がマシ」が機能していない間だけだ。 『死ぬよりマシ』を維持するためには、我々は“生”を無条件に肯定しなければならない。
私たちは自分の感情と「同一化・一体化」してしまう。 身体のどこがか痛むと「”それ”が痛む」という。「”ぼく”が痛む」とはいわない。 ところが幸福だと「”ぼく”は幸福だ」といい、気がめいると「”ぼく”は気がめいっている」という。
用心深い現実主義的なオプティミズム
自由であることには何の意味もない。自由に『なる』ことはこのうえなく素晴らしい